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category :雑記

  • 2013.10.04(金)

(笑)

妻とふたりで漫才や落語をみているときに

ぼくがあはは、と笑うと

いま、どこが面白かったの?

と聞かれることがある。

いや、説明はできるけど

面白い理由は伝えられない。

だって、間というものがあって、

それは小説や詩歌の行間のようなもので

それは空白のスペースであって

それは言葉じゃないのだから。


第三者のぼくからも、説明は難しいのだから

壇上の人が聞かれたら、と思うとぞっとする。

結局、おなじネタを繰り返して

こういう意味です、とやるしかないだろうね。


古今亭志ん生がすき。

妻はぼくとまったくちがうところで笑う。

ダウンタウンでも、とらさんでも

やっぱりちがうところで笑う。

お互い、流されてわらうことがない。

笑いは、自由だね。

TVのとってつけたSEの笑い声がきらい。

というか、こわい。

はい、ここで笑ってくださーい

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Zarathustra

君は君の友にとって、
清い大気、孤独、パン、薬であるか。


Nietzsche


Zarathustraかく語りき
友について のなかの一文。


友について 冒頭

「ひとりの人間がわたしの身辺にいるのは、常に多すぎる 」
ーーそう独り住むものは考える。
「1×1は、長い間には、2となる!」

これにも、どきっとしたんだ。

ひとり、自分と向き合い思案にふけるこころは

いつしか1×1=2となる。

つまり、こころの分裂だ。

だから友というのは、第三者なのだと。

『第三者は、ふたりの対話が水底に沈むのを阻止するキルクである』

あまりに多くの水底があるゆえに

ぼくらは友を恋うのだ。


友というのは鏡だと思う。

友は常に、自分をうつしている。


ブロ友などの、ネット上の友人を

変だという人も多くいるけど

そんな人は、文通を忘れているんだろうね。

これはなん世紀もまえからある交際の一形態だのに、ね。


misaさんのブログ読んでて

久々に枕元にあるニーチェを紐解いてみたんだ。

やっぱり、いいな、ニーチェ。

ぼくは世間で流行るといやになっちゃうクセがある。

だからしばらく、読まなかったけど

それじゃあ、もったいないね。

読書の秋、だしね。


ああでも、今日はこれくらいして寝なくちゃ。

明日はムスメのれーちゃんを迎えにいくのだから

早起きしたいのだ。
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レフ・トルストイ


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名前は知ってた。トルストイ。

有名だもの。

ロシアの文豪で、戦争と平和、アンナ・カレーニナ書いたひとでしょ。

でも、あれ、そういえば、読んだことないや。

で、まずこれを読んだ。

「イワンのばか」

青空文庫にあったから

ねこと寝ながらケータイで。

トルストイ、すごくいい。

このひとと、ぼくは、とても似ている気がする。

魂の色が。

興味がでて、ほかの作品をググる。つまみ食い。

どれもよさげ。

次は何を読もうかな。
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雨のちねこ

雨のなか、動物病院へ。


ムスコのちゃーくんと

ムスメのれーちゃんと

しばしのお別れ。

血液検査も異常なく、手術の書類にサインして

先生にお願いして帰ったのだけど

うしろ髪、ひかれまくり。


隣の薬局で、昨日の処方䇳だして

デパスもらって

ひさしぶりに惣菜屋さんによって

ねこのいない家で妻とふたりでごはん。

ゆっくりたべれたけど、やっぱりさみしいね。

邪魔者がいないっていうのは。



昨夜もぜんぜん眠れなかったから昼寝して

起きて片づけをして

そうこうしているうちに

動物病院から連絡。

迎えにいく。



摘出した精巣と卵巣をみせてもらった。

くやしい思いだ。


れーちゃんはお腹を開いてるから、今日はお泊り。

ちゃーくんも一緒に…?と聞かれ、考えたけど

もんのすごくないてたから、早足で連れて帰った。


家に帰ると

ちゃーくんうろうろ、入念なパトロール?

布団をだして、おいですると

走ってきて、ぴったりくっつく。

それからずっと、そのまま。

今日はこれでいいや。

今日はもう終わり。

他には何もしない。


心細かっただろうね。

さみしかったね。

22時間食べれなかったから、おなかもすいてるし

はじめての麻酔も、採血もあったしね。

つかれたね。

よく眠る。

いつもより深い眠り。

もう、こんな思いは、この先しないからね。

大丈夫ですよ。

そばにいますからね。

死ぬまでお世話しますからね。




生きてく理由、もらってるなあ。






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COLOR&MUSIC

今日は休日。

勉強は相変わらず、すすまないままだった。

くやしい。

猛烈な眠気と、うっとうしい頭痛のために

半日、布団の中にいた。


妻が帰ってきたので、簡単なごはんつくって

二人で食べる。

お散歩がてら、西葛西の病院まで

一緒にいく。

医師にありのまま、状態を伝えるのって

ほんと難しい。

今日は混んでたから、よけいに。

先生も忙しいだろうからと

あまり長々 話せなくなる。


今年の 夏に、さんざん苦労して断薬した

薬を、また服用することになった。

離脱 期間があまりにきつかったから

できれば飲みたくなかった。

前の診察からひと月、状態はよくならない。

飲んでみよう。

いまは、このうつの重い流れを断ちきりたい。



診察おえて、ひと駅むこうにある実家へ。

父に線香。

里子おかかと遊ぶ 。


ほんと、ぼくのまわりは女のひとばかりだ。

実家へ行っても母、姉、妹

義実家へいってもやはり、母と姉二人。

ぼくの母は三姉妹だし、妻の 母は四姉妹。

でも、これが当たり前だった。

男友達より、女友達のほうが

いろいろと楽だったな。

おかげで思春期に、性自認がおおきくよろめいたけど

まあ、ぼくは、どうやら男の子だ。

でもやっぱり、気のしれた女のひとたちの

キャッキャッ話す声をきいているのは

とても心地いい。

なんてこと、思った。



そのあと、母が車を出してくれて

家までぼくらを送りがてら

うちの猫と遊んでった。久しぶりに妹もきた。

うちの猫は、明日手術する。

去勢、避妊。

これは、やはり、つらい。

ぼくの身勝手を押しつけるのだからね。

でも、決めたんだ。やるって。

手術されたあと、どんな顔でぼくを見るのかな。

ひどいことするんだよな。

ごめんね。

ごめんなさい。





人生に色彩と音楽を

忘れてはいけない。

無色、無音の日々が ながくつづくと

ぼくは容易に枯れる。

ことば、いろ、それにおんがく。

これが、ぼくには大事。

つち、みず、たいようのひかり。

ああ、千年いきる樹木の

ほんの一瞬にすぎない

今日という一日が

ぼくにはなんて重いのだ。

丁寧に、生きなさい。


色彩と 音楽を

忘れてはいけない。



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コクリコ

返却前日になって、いそいで観た。


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いやあ、予想に反しておもしろかった。

むしろ、ちょっと泣いてたし。

原作は「なかよし」で連載してた漫画だったんだね。

ぼくは「りぼん」派だったから、知らなかった。

最初、つまんないかも、と思いながら見てた。

音楽とか、雰囲気が、駿監督とは全然ちがうのに

絵が一緒だから違和感…。

高畑監督のときは、絵も若干ちがうような気がするんだけど…。

脚本も駿さんなのに、監督がちがうとここまでちがう空気がつくれるんだあ。


なんとなく見てて…

「カルチェラタン」の登場から一気に面白くなった。

あとで原作しらべて見たら、これは映画のオリジナルらしい。

カルチェラタンといえば、学生運動。

作中の学生たちの独特の言い回しがいい。

三島由紀夫と東大全共闘のやりとり思いだした。

「諸君!」とか言って。

時代もそのへんの設定かな。それよりすこし前くらいか。

でも結局、とことん「恋愛もの」で

ぼくのすきなジャンルじゃないんだけど…

たまにはいいなあ、って思った。



冒頭、ひなげしの花を飾ってるあたりが印象的だった。

コクリコって、フランス語でひなげしのことなんだね。

ひなげしといえば、虞美人草でしょ。

だから悲恋かなって予想したけど、そこはジブリだね。

ラストは、大団円、胸キュンでした。


手嶌葵は文句なしにイイ。だいすき。
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楽しむこと

高杉晋作じゃないけれど

おもしろくして、生きていきたいなぁ。

昔、あるともが教えてくれた。

「仕事なんて、つまらないものだよ。

それを、どう楽しむか、なんだよ」

彼はいま警視庁に勤めてる。

ぼくからみたら、もっともつまらなさそうな職場だ。

体育会系だし、命令は絶対だし、汚い慣習が多いし。

でも多分楽しんでるんだろうなぁ。

数年前に船橋のバーでちょっと飲んだときは

体格よくなってて驚いたなぁ。

「サラリーマンと一緒だよ。

営業成績、あるしね」

なんて苦笑してたの思い出す。

もう刑事になれたのかなぁ。


彼は仕事について言ってたのだけど、

多分、人生についても同じような見方なんだろう。

楽しむために生きてる、ようなところがあった。



うつとか、そううつとか抱えてると

人生楽しめないのかな?

気分次第というけれど、その気分をコントロールできないから

困ってるんだ。

ぼくの場合、精力的に、積極的に生きてる時のほうが

病状としては危ないのだから、厄介だ。

ぼくは、うつより、そうの時のほうが怖いんだ。

だから、静かに楽しむ方法を探してるんだ。

穏やかに、ニコニコ

どんな波がきても、楽しめる

芯のつよさ。

それが手に入ったらなぁ。

最近は薬でごまかしてる部分あるけど

いつかしらふで、この穏やかさを手にいれて

それを維持することができたらなぁ。


人生には、波がある。

つねに。

大きいか小さいか、

早いか遅いか、

予知できるか唐突か、

違いはあっても

波はつねにある。

すくなくとも、ぼくはそういう人生を

生きてきたんだ。


この先、どんな波がくるか、わからないけど。


もまれても、もまれても、

決してぶれない芯が

ぼくにあればなあ。


楽しく生きたいなぁ。



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風邪ひいちゃった

台風すごかった。

古いわが家は、暴風にガタガタ震えてかわいそうだった。

裏庭に植えた紫陽花とフイリヤブラン、水没。

水はけわるいなー。

でも、ふたつとも、元気。

いまはよく晴れた日光あびて、かぜにそよそよ、気持ちよさそう。

嵐のあと、晴れがくること、やつら知っているのだ。


早起きが苦ではなくなった。

というか、感覚を思いだしてきたのだろう。

勉強は、まだまだ、追いつかない。

いいんだ。追いつかなくたって。

できる限りのことやってるから、いいんだ。

人生のみちはひとつじゃないのだ。



今日は起きて、ねこふたりの体をくしくしグルーミング。

毛が舞うこと。

ぼくの動物アレルギー、なんか、どんどんよくなってく気がする。

ひとしきり遊んで、ねこさんたち寝ついたので、これから勉強。


ああ、いい天気だなあ。

どっか、出かけたいなあ。

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うめの花

今日はここ一ヶ月で一番早起きだったかも。

勉強もじっくりできたし。

焦ったってしょうがないから、とにかく一歩ずつ。


勉強の前に、体動かすために庭の掃除してたら

鉢で育ててるうめに花がついてた。




どこかでソメイヨシノも咲いたんだっけ?

狂い咲きってやつですね。

葉っぱ落ちるの早かったからかな。

ここんとこあったかい日が続いたから

あ、もう春なの?って、咲いちゃったんだね。

でも、今度の台風で、散っちゃうな。

まあ、月に叢雲、花に嵐。仕方なし。

「花にあらしのたとえもあるさ

さよならだけが人生だ」

これはたしか、井伏鱒二。



ぼくの花はいつ咲くのかなあ。

花芽はもう、ちゃんとできているのかなあ。

じきやってくる大きな嵐にも耐えうる根が、いまほしい。



どぶにおちても根のあるやつは、か。

いつかはハチスの花とさく、 か。

意地をはってもこころのなかじゃ、か。

泣いているんだニイサンは、っとくらあ。

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おもうこと多い休日

気分が落ちこんでるときにいつも観る映画がある。


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この二本たてつづけにみて、就寝は朝の五時に…。

あらら。やっちまった。

でも、まっすぐ生きることに疲れたらこの映画なんだ、ぼくは。

大笑いして、ちょっと泣いて、気分すっきり。


で、今日は久しぶりの散髪も行って

気分転換バッチリ。

で、勉強のはずが、前から見たかった映画も借りてきてたんで

それをまた、二本、たてつづけに観てしまった。

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大のジブリファンなのに、なぜかポニョだけ観てなかった

とにかく終始、ポニョとソウスケがかわいくて、かわいくて。

絵本みたいな作品だなあと思った。

きっと、一回だけじゃだめで

何回も観るほどに、深まっていく映画じゃないかしら。


もうひとつは、

ブロ友のshin36aさんが記事にしていた、東京原発。

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東京に原発を誘致しよう、からはじまる。

ものすごい映画だった。

あなたは原発に賛成ですか、反対ですか。

「どちらでもない」は、賛成に含まれますよ。

それでいいんですね?と問われてるようなおっかなさ。

福島の事故より前の作品。

作中、福島の原発、とか、地震による影響、とか

どきっとするキーワードたくさん出てくる。

確かに、新宿のど真ん中に原子炉つくる、ってなったら

どちらでもないなんて言ってられない。

大金をかけて、地方の環境を破壊して

東京で湯水のごとく垂れ流している「電力」について

考えざるを得ない。



時間をつくって、少しずつでも勉強して

「傍観者」をやめようと思った。

地震は天災だけど、ある意味で原発の事故は人災だったわけだから

ぜったい風化させちゃいけないものな。

だって、「当時代人」のぼくらが忘れちゃったら

未来に宿題押し付けることになっちゃうもんな。

「なんで、あの時代の人たちは、目の当たりにしておきながら

なにもしてくれなかったんだ?」という負の連鎖は、どっかで止めなくちゃ。



勉強して、いつか、原発への意見をここにかくよ。

そのときは、もう傍観者じゃないよ。

行動するよ。

一国民として。

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闘争か逃走か

勉強が遅れている。

ほんとうに、遅れている。

巻き返すには、いままでの何倍も勉強しなくては

とうてい無理だ。

何倍も?

いままでだって、楽勝だったわけじゃない。

辛勝、いや、引き分けのことだってあった。

わるい頭で必死にしがみついてきたのだ。

それなのに、いままでの何倍も、だって?


ここで、弱い人間であるぼくには

ひとつの選択肢が、浮かび上がってくる。

逃走。にげだすのだ。

つまり、諦めるのだ。

もともと、ぼくには、高すぎる壁だった。

父の死もあったし、病気の再発もあった。

正当ないいわけは、そろっている。

いいわけは、そろっている。


さあ、どうする?

闘うか?

それとも逃げるか?


百万近くの学費と、これまでの努力を

その一瞬間にすべて、水泡にかえてしまうこの選択肢が

どうしてこんなに魅惑的なのだ。

もっとも楽で、もっとも簡易で

もっとも安心でき、もっともはやく悩みを解決できる。

収入も、いまならすぐにもとに戻せるし

妻の負担もなくなるだろう。

ご近所から妙な目で見られているのも知っている。

仲のいいひとは、実情をしっているが。

なんて簡単ですばらしい策だろう。



さあ、どうする?

闘うか?

逃げるのか?







この問が、ずっと頭の中をめぐっていた。

でも、答えは簡単だ。






闘う。

迷った時は、困難な道をえらぶ。



あきらめないこと、つづけること。

それが努力だとすれば

ぼくの努力はこれからはじまるんだ。


今を生きるというぼくの信念は

ときに刹那の享楽にながされることがある。

今を生きるというのは、そういう意味にも変換できるからだ。

でも、それはちがうんだ。

いまの自分にだせる全力を、乾坤一擲

障壁にぶっつけつづけることなんだ。

富士山をちいさなスコップで切り崩そうとするような

身の丈しらぬ愚かさだ。

笑っちゃう。

でも、あきらめずに掘り進めたら

いつか富士山だって平らげられる。

そう信じることが、ぼくの勇気。

どのみち、「未来」なんてものはつねに不確定。

考えるに及ばない。まったくの無意味。

時間の無駄。



今に集中すること。

魏諷じゃないが、いま、ここに、生きる。

いま、自分が、ここから始められることだけが

人生だ。


未来なんてこわくない。おそれるな。

あんなもの、ぼくがつくらなくちゃ、訪れないんだから。

未来を決めるのは、いまのぼくだ。

臆して逃げだせば、不安や恐怖から逃れられるなんて思うな。

その先にも、恐怖はかならずある。

かならず追いつかれる。


戦うしかない。

直視するしかない。

そこで倒れたっていい。

それ以外に、納得できるみちがない。

今を創ること、いまのぼくにしかできない。




がーーーーーーーー。

やってやる。

やるしかねえっ。



逃げてたまるかぁーーーーーーー!!!!




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三歩

三歩目の今日も、ちゃんと朝起きれた。

これで三日坊主には、なれたわけだ。

そして明日は休みなわけだ。

休み=勉強の日なので、今日がぼくの日曜日だ。

ということにしちゃって、日中はドラマを見ていた。

本当は見たい映画が一本あるのだけど、給料までがまん。

ねこと遊んだりケンカしながら、YouTubeで「ライアーゲーム」みてた。

おい、いまいいとこなのに、なんで消すんだよ、なんて。


ライアーゲーム、すきだなあ。

リアルタイムでも見てたけど、シーズン2なんて知らなかったぜ。

映画にもなってたのね。

松田翔太、すきだなあ。龍平もいいけど。

演技のうまいへたは、どうでもいいですな。

雰囲気がいい。親父さんのせいかな。

設定もすごくすき。

嘘つきだらけのだましあいのなかで

疑うことを知らない純朴な女の子が…

おもしろい。

疑うことを知らない、から

信じることをやめない、にかわっていく過程がいい。

そうなると、もう「ばか」とは言えない。

パラノイアじみた、信念。

それをかわいい女の子が演じてるから、柔らかく伝わってくる。



バイトはさいきん忙しい。

やっぱり、忙しいほうがいいな。

疲れるけど、そのほうが勉強もはかどるから、ふしぎだ。

給料明細、もらってきたから

明日はTSUTAYA行こうかな…。ウヒヒ


しかし、暑いな。




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@南千住

ぼくは、じつは

工場フェチであります。






なんの工場か、わからないし、基本的に調べもしません。

勝手に想像します。

この建物は、何かの目的のためにあり、

合理的に設計されており、

いろいろな名称がついたそれぞれのパーツからなっているが、

ぼくにはまったく、わからない。

それがたまらん。

一種のヘンタイかしら。

スマホの画質の良さに

またぞろ撮影ダマシイがうずきだしたので

謎の工場シリーズ、はじめるかも。


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二歩

今日も、朝起きれた。

寝つきが遅く、3時過ぎてしまったけど

なんとか9時前には起きれたぞ。

明日もできれば、とりあえず、三日坊主の達成だ。


起きて今日はお庭の掃除。

桜の鉢をかえたり、もみじをすこしだけ剪定したり。

古くなった竹を分解したり。

ついでに、お隣さんちのまえもかるく掃除。

太陽のしたで体動かすのって、やっぱりきもちいい。

裏庭の掃除は明日にとっておいた。

これで明日も、起きる理由ができた。


そのあと、二階にひきこもって、講義のつづき。

一コマ三時間はあるから、この頃のリズムでは2日でやっと

一講義おわれるくらい。

まあ、少しずつ、前のペースに戻っていければいい。





ポカポカ陽気に

カーテンがふわふわ、風がきもちよくて…

勉強には、大敵?

いや、それは、贅沢病だな。




ねこたちと一緒に昼食をとって、まったり。

うーー。

この昼下がりのねこから出てる

一緒に寝ようぜオーラに、ぼくはめっぽう弱いのだ。

すこしだけつきあって、また二階に行くからね。

ほんと、すこしだけだからねっ。



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一歩

今日は朝起きれた。

ちっちゃな前身、おおきな一歩。

と、いうことにしておこう。

金属アレルギーのために、左手首がやけどのようになってる。

たまにものすごい掻痒におそわれ、そのたびかきこわすからだ。

なので、久しぶりに皮膚科へ。

うん。朝から外に出る用事があると、やっぱり調子いいな。

とはいっても、そうそう用事なんてないしな。

ここは、アイデアだな。

帰ってから、勉強。父の机で。

よしよし。

あせらず、ここからジリジリと、もとの調子に戻していくぞ。

なんせ、だいぶ遅れてしまって、課題山積してるからなあ。

でも、自分は追いこまれてから本気だすタイプだからな。

焦るな。焦るな。




バイト前の時間を使ってブログ。

昨日バイト先の近所で金木犀の香りが漂ってたから、撮ったのだけど…




スマホ慣れしてなくて、何度やってもピンボケ。

花にかお近づけて、くんくんやってたら、

公園で休んでたおばあちゃんに笑いかけられちゃった。

いいにおいだよねぇ
ほんとだねー
もう秋だねぇ
秋だわねー

なんてやりとりしてたら、あわや遅刻寸前。

急いで出勤しながら、おばあちゃんのやさしい眼を思う。

あのまなざしは…

ぼくはすいぶん長いこと生きてきたつもりだったけど

ああいうおばあちゃんからすれば、まだまだきっとこどもで

「かわいいおとこのこ」程度に見えるのかしら。


偉そうな、おとなぶった言動を慎もう、と思った。

すなおに、生きていきたい。

秋に葉を落とす、庭の梅のように。

秋に花かおる、あの金木犀のように。



ねえ、知ってる?

「いまの若い人に金木犀のにおいかがせると

トイレのにおい、っていう」らしいよ。

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考えごとー。

現実と言い、リアルと言う。

(リア充なる言葉も発明されてる)

リアルって、バーチャルの対義語?

それとも、生活全般のこと?

ぼくは、妻もいるし家のローンもあるから

リア充になるの?

でも、現実のつながりでは不足を感じてるから

ブログを使って表現しているし、そのなかで友達もできた。

ネット空間でしか表現できない人の、対義語がリア充なのかな。

でも、リア充ってさ…

そんなひとって、ほんとにいるのかな。

ま、これは余談なのだけど。



今日は自分にレッテルを貼ってみようと思う。

家庭でも、学校でも、職場でも

ぼくは人に貼られたレッテルを剥がすことばかりしてきたけど

今日は思うところあって、それを自分で貼ってみる。


ぼくは、自分をかえりみて、「現実主義者」だと思う。

家のローンもあるから、どうしたってそうなる。

貧乏だし、はやりの「ワーキングプアー」だと思う。

だから「拝金主義者」的な部分もある。


でも、理想論を、ブログにぶちまける「理想主義者」だし

財布のなかは空っぽでも、それに不満を抱いていない。

現実も、財貨もとても重要視しているけど

そればかりじゃないと、考えている。


ひとがひとにレッテルを貼るとき

片方の横顔だけをみて、片方のレッテルを貼る癖があると思う。

ぼくはそうして貼られたレッテルを、ひっぺがすか、

もう片方の手にもってる、そっちのレッテルもぼくによこせ、と言いたくなる。


ぼくは共産主義の理想に興奮したことがある。

でも、天皇陛下をないがしろにすることは許せない。

無政府主義いいね、って思いもあるし、

でも、民主主義なんていやだ、と思ってる。


ぼくは左?それとも右?

どっちでもないはずだ。


◯◯主義で、ひとはくくれないんだ。


ぼくはぼくだし、ぼく以外の名前を持たない。

そういうと、ふむ、それでは「個人主義」だ、という。

でも、ぼくは、ぼく個人の利益より、家族の利益を重要視する。

うむ、ならば、「家族主義」だ、という。

でも、家族の利益より、多くの家族の利益を重要視する。

それよりも大きな社会の利益を重要視する。

さらに大きな共通の利益を重要視する。

さて、人はそろそろ

こんな男に「夢想家」「理想主義」というレッテルを貼りたくなる。


じゃあ、それも貼っておこう。

ついでに「馬鹿者」と「世間知らず」も貼ろうか。

「青二才」と「文学青年」も貼っておこう。

あるもの、じゃんじゃん、貼ってしまえ。


レッテルだらけだ。

顔も埋もれているし、服の代わりにレッテルを着ている。

右にも左にも動けない。

でも、脳には貼れない。

心には貼れない。

こころには、ありのままのぼくがいる。


「ぼく」を「わたし」を様々にいえばいい。

どう言ったって構わないじゃないか。

それが社会性だし、それがリアルだ。

レッテルなんて、どんどん貼ってしまえばいい。

それを隠れ蓑にして、悪さすることだってできるさ。

「代議士」だとか「名士」だなんてついたら、もってこいだね。

なんなら、名刺にも書けばいい。

百科事典みたいにぶ厚くなった名刺を、

革の名刺入れにどうやっていれるか見てみたい。



誰が何と言おうと

ぼくはぼくでしかない。

レッテルを貼ればいい。

十把ひとからげに、束ねて呼べばいい。

時代に集約すればいい。

そうすればするほど、ぼくはどんどん自由になる。

ぼくは、どんどん、自由になる!


夢想家がえがく理想は

「いまだ現れていない現実」に過ぎない。

未実現だから、笑う。

やってみろよ、って笑う。

できっこないさ、って笑う。

ぼくも一緒になって笑う。

だよねーw

無理だよね、ぜってーむりw

でも、やるよw

やってみるよ。

ダメでもかまわねーよ。

やらないより、ずっとマシだよ。


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今日も、ノブノブさんの記事を読んだ感想を。

本当は、彼のブログのコメント欄に投稿するつもりだったのだけど

なんどやっても、まとまらず、長くなりすぎるので

記事にした。

だから、ノブノブさん以外はスルーでいいんですw

長いし、あんまり意味もない文章になりそうだから。



書き終えて。

これは文章じゃなくて

恥をかいたようなものだと。

でも、投稿しよっと。

これはぼくの日記なんだから。
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ぼく2.0

うちの猫さんのおなか具合が

やっとよくなってきた。

育ち盛りだ、といってご飯をあげすぎてるかも

と先生に注意されて猛省。

食事制限したら、いままでの薬の効果もあって

いいうんちがでてくれた。ヨカッタ…

そのかわり、ぼくもしばらく食事を制限する。

ぼくの監督不行届きだからね。

一緒におなかすかせてる。



父の死をきっかけに気分が塞いでいるが

これは「更新」なんだろうと思い当たった。

ぼく2.0に向かって

様々なプログラムを組み替えたりしているのだ。

じゃあ、抗うのをやめて

流れに勢いつけてやってみようか。

これ、本当にいるのか?とか (ね、misaさん)

これはぼくにとってどんな価値があるの? とか

これっていますぐやるべきことじゃね? とか

棚卸だよね、自分の。

すごく過不足いっぱいでるのだろうけど

それでいいのだ。

仕切り直しだもの。

ゆっくりやるかあ。焦らずに。(ね、ノブノブさん)


そして適度に、ちから抜いてやってみるかあ。

頑張らないことを頑張れ、ってすすめられたし。(ね、Neroさん)



一時停止。

停止はべつに、わるいことじゃありません。

ぼくの道は、整備されたハイウェイじゃないので。

ぼくは、ぼくのみちのパイオニアなので。

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袋の中身に目を向けてみよう

おじいさんを助けるために

ふみきりにとびこんで逝ってしまったお姉さんのNEWSをみて

ご飯食べながら涙。

献花をよせる人たちの姿をみて、また涙。

こういう話をきくにつけ思う。

捨てたもんじゃあないな、って。

いろんなことが、ね。



いま、机の前に座り、思う。

勉強できることの幸せを思う。

現実的に多くのひとが協力してくれたからこの環境がある。

この国に生まれたから、という先天的な理由もある。

ときの政府はどうあれ、この国を尊敬する気持ちは消えてないから。

ぼくがもしシリアでうまれ、いま志学の青年だったら?

ぼくの生い立ちが、大農場の奴隷の一人だったら?

妻が、別の女性だったら?

父母が違っていたら?

植木屋の二年がなかったら?


いまのぼくを肯定すること、感謝することは

いままで出あった全ての人への感謝に似ている。

これまでの、先人たちへの感謝に似ている。

側にいないひと、もういないひとに感謝するとき

その姿は、祈りに似ている。


ぼくにとって、勉強は楽しい。

楽しいものを、たとえ色々な事情があったにせよ

圧力のように思ってはいけない。

そんなの、もったいない。

やりたいから、やるのだ。

ぼくの人生、いつだってそうだった。

やりたいことをやってきたし

これからも、そう生きるのだ。





ぼくのふるいPCが、やっと重い腰をあげてくれたので

講義をスタート。

いまのぼくがいけるところまで、行け。

這ってでもいいから、前へ。


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ついていかない。

うー。

頑張りたい。

もっと、頑張りたいっっ。

でも、体があたまが動かない。

障害、という言葉の意味を痛感する。

ちくしょう。

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かぎっこ

朝起きて、のっぺりとした寂しさに包まれた。

今日は奥さん、休みだと思っていた。

仕事の日は、ぼくより出るの早いから

玄関先まで見送るのだけど

今日は起きたらいなかった。

ああ、仕事にいったんだなあ、と

空っぽの布団眺めてたら、ふと子供のころを思い出した。


ぼくはかぎっこだった。

(死語かな?いまもかぎっこっていうのかな)

たいていの友達は、家におかあさんがいた。

だから鍵なんて持って歩かない。

かぎっこの家は、親が片方しかいないか

共働きとかで、子供がかえるころ、まだ誰も家にいないのだ。

なくすといけないから、鍵は首からさげているのだ。

なくせば、玄関の前で親の帰りを待つしかない。

ランドセルを玄関先にほうりなげて、遊びにいってもいいけど。


親のいない時間、あれ、寂しかったなあ。

ひとりで、さめたお弁当食べてたなあ。

自由とか、孤独とか、思わずに

ただひとりで、待っていたなあ。



子供に見えて、大人に見えないものってあるんだな。



鍵は大事な財産を守るためのものだろうけど

あれは拒絶でもあるんだよなあ。

それって何かに似ている、と思うけど

寝起きのあたまには続きが思い浮かばない。

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将来、というやつ。

将来、未来ってさ

来る、来るっていいながらさ

一度もきたことないんだよねえ。

いつも、来るぞ来るぞ、どまりでさ

あ、未来がきたなって確かな瞬間、ないんだよねえ。


結局、「 今」の連続で。

「明日」だって、得体がしれなくて怖いけど

朝がきたら、「明日」はきえてなくなっていて

結局、そこには「今日」しかなくって。


「今」のぼくは、よく「明日」の予定をたてるけど

明日の予定のなかに「明日の予定をたてる」っていう予定はいれてないんだ。

でも、気がつくと考えてる。


将来、なにになりたいの?って

ちいさいとき、いろんな人に聞かれたけれど

ぼくはいつまでたっても、ぼくのまんまで

きっと、ぼく以外の何かには、なれそうもないのだ。


でも、それでいいのだ。


未来なんて、いつまで待ってもきやしないのだ。

だっから、あっるいて、いっくんだねって。

一日、一歩。

三日で三歩。

三歩あるいて、二歩さがる。


だから、たくさんのひとが言ってるじゃない、「今でしょ!」って。

あれは、真理じゃない。

ぼくにはそう思えるのだ。


生きて、悩んでるのは今。

明日が不安で、泣いてるのは今。

でも、歩こうって

歩きだそうって思うのも、今。

歩こうと決めたのも、今。

じゃあ、いつその一歩をふみだすの?


ちいさくていいのだ。

人からみたら、動いてないような

ちいさな動きでいいのだ。

自分が、わかっていればいいのだ。



「明日の自分」は

つまりは寝て起きたあとの「今の自分」なのだ。

当たり前だね。

でも、その当たり前が、大事だと思うのだ。


なにが言いたいのか…。


つまり、いまの自分、オッケーということ。

どんな無様な姿でも、ばかみたいにフラフラしてても

苦しくてのたうちまわってても、うかれて騒いでても

それは、今しかない今の自分だから

全力で肯定するのだ。

横にふろうとする首を、無理にでもたてに

うんうん、って肯定するのだ。

それは、今すぐにやれるはずなのだ。

できるできないじゃなくて、やるかやらないかでいえば。



いまここにある、自分を、ぜんぶまるごと肯定して

明日もよく生きるために

今をいのちがけで生きる。

それしかないんじゃないかしら。


マークトウェインも言ってるじゃん。

私は人生の苦難を味わってきたが、
実際に起きたのはほんのすこしだった。




なんとも雑な記事。

いそいで書いたからなあw

後日、修正しよっと。
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初めて読んだ宇宙の本

かこさとし(加古里子)さんをしっていますか?



とこちゃんはどこ(こどものとも絵本)とこちゃんはどこ(こどものとも絵本)
(1970/07/01)
松岡 享子

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「とこちゃん」はかこさんが絵を担当しています。

だるまちゃんとてんぐちゃん(こどものとも絵本)だるまちゃんとてんぐちゃん(こどものとも絵本)
(1967/11/20)
加古 里子

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からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))
(1973/09)
加古 里子

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幼いころ、これらの絵本が大好きだった。



今日、宇宙という本を読んだ。

宇宙―そのひろがりをしろう (かがくのほん)宇宙―そのひろがりをしろう (かがくのほん)
(1978/11/15)
加古 里子

商品詳細を見る



久しぶりに、脳みそに衝撃をうけた。

本文はすべてひらがなで、難しい表現はいっさいないのに

バカなぼくでも、宇宙のすごさがよくわかった。

ノミなどの小さな虫から、冒険ははじまる。

地球の外にでて、太陽系の外にでて

銀河系の外にでて、アンドロメダをはるかにのぞんだとき

涙がでた。

胸が震えた。

すげーってなった。

そこまで知り得た人類がすごいのか

ただ宇宙がすごいのか

それをぼくにもわかるように伝えてくれたこの絵本がすごいのか

なにやら、ぜんぜん、わからないのだけど

すげーって、なったのだ。


手塚治虫の火の鳥を読んだ時に似ているけど

ちょっとちがう。


とってもいい本に出会えた。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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ひとつずつ。

昨日は沈んだまま眠り

朝起きてしばらくほうけていた。


午後いちで、病院へ。

ぼくの主治医は名医だと思う。

これまでのことを話し、最近のことを話す。

先生の話を聞き、処方をもらう。

実家へ向かうバイクのうえで、

ひさしぶりに、フラットなこころに戻った。

太陽のあったかさと、乾いた風が、きもちよかった。


実家で書類をやっつけておかかと遊んで

帰ってきてうちのねこと遊んでる。

勉強しなくては

じゃなくて

勉強したくて、ウズウズしてる。

でも、今日は、今日こそは早く眠る。

久しぶりに睡眠薬をつかう。



変えられないもの。

過去。
起こってしまったこと。
事実。

変えられるもの。

自分のこころもち。
それらを、どう受け止めるか、という選択。
自分の現状。
これからの行動。


変えられないものを嘆く時間はない。

変えられるものに集中したい。


頑張れば、なんとか自分を変えることができるんだろう。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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ダウン(9-27)

おっきいな。

この波は、なかなかおおきい。


昼過ぎまでは、あたまもピカピカに冴えていたのだけど。

旧友との再会もあったし、いろいろ書きたかったのだけど。

こりゃ、ダメだ。

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忠節ということ。


ノブノブと国取りごっこ -皆様の読解力に支えられたブログ- 遊びだよ、遊び!(って昭和か!)



ノブノブさんのブログはおもしろい。

考え方、見方というのは千差万別。

いつも刺激的。


今日もその「国取りごっこ」の記事を読んでいた。

考えることをやめていた脳みそにはいい薬…

いや、ちがうか。

考えてはいたのだ。

でもそれを披瀝することを、やめていたんだ。

だけど、今日は久々にやってみようか。


(トラックバックを使ったのは、単にきかっけとなったノブノブさんのブログを

紹介したいからで、今回のノブノブさんの記事に賛成も反対もありません)



権力者と大衆

この図式がぼくは感情的に、きらい。

権力者、大衆、なんなんだろう、この言葉は。

それって、どちらも人間じゃないの。

ただ、立場の違いでしかないんじゃないの。

それとも、神と人ほど、ちがうものなの。

会社で権力に平身低頭、あたまをさげてまわり

家にかえって奥方にふんぞりかえって酌をさせる。

それって、どちらも人間じゃないの。



そもそも…

権力者は、どうして権力をもっているの。

みんながそれに賛成したからじゃないの。

大多数の人が、彼に賛同したからでしょう。

ならば、大衆も彼の味方でしょうに。

彼のステークホルダーなんでしょうに。

それならやはり、権力者とともに栄え、ともに滅びるのがスジじゃないの。

「人の生きるスジを踏みはずしてでも、自分を守る」って

それは大衆が声高にさけぶ「権力者の欲得」の図にうりふたつじゃないの。

だから、つまりは、どちらも人間なんでしょう。


「権力者はずるい」という人おおいけど、大衆の狡猾さだってある。

権力者がひとたび失脚したとする。

するといままでかれを支持していた人たちが

「実はあれは無理じいだった」とか「我々はやつに騙されていたんだ」とか

簡単に手のひらを返すじゃない。

それでも人なの? って思わずにいられない。

(いいえ、それこそが人なのかもしれない)


雑なたとえかもしれないけど…たとえば

戦中戦後の報道において、朝日新聞さんの論調がまったく違うという。

でも、当人たちは、あれは検閲のために仕方なくー、なんて言う。

そんなもの、言い訳にもならないんじゃない。

検閲あったって、どれほど追及厳しくたって

いいたいこといって、言い続けて、それで拷問されて死んでしまった人だっている。

そうしなかったのはなぜ?

社会正義より、家庭の幸福をとったんじゃないの。

それでいいじゃない。

でもそれって、世の中の権力者のしてるいわゆる「私腹を肥やす」の図と、

どこかちがうの?


米英を鬼畜と言ったその舌の根もかわかぬうちに

東条は戦犯、あいつもこいつもA級戦犯!って叩いたのはなぜ?

アメリカのひとがそういうのはわかるよ。

怨と自己弁護と利益がそうさせるのでしょ。

でも、東条ていどの権力なんて、たかが知れていたはずだよ。

その権力だって、もうとっくに米軍にはぎとられているんだから

それなのに、無体だよ、あんな裁判も報道も。

もしかしてさ、そのときあなたがたの「権力者」は

もうとっくに米英にとってかわってたのじゃない?

だから今度はそっちにおべっか、っていうことじゃないの。

だから石田三成を嗤うのかな。

時勢が読めない、とか言ってね。

ぼくは感情として、石田三成の方がすきだ。

判官贔屓ではないんだ。

ぼくは忠節の話をしているのだ。



大衆がまつりあげる権力者、という姿も歴史上に多くあるでしょう。

そしてその権力者を、また別の大衆が引きずりおろす場面もあったでしょう。

それじゃあまるでサクリファイスじゃないか。


ぼくが生まれてから見てきた世界では

マスコミとよばれるひとたちが、情報の上流をつかんでいると思う。

(ノブノブさんの言うとおり、情報で戦争できる世の中で)

なのに、かれらも大衆なんだって。

新聞記事やNEWS報道と、ツイッターやブログがおなじってこと?

ちがうんじゃないの。

とんでもない権力をもっているじゃない。


ようは、あれですか。

弱者ぶりたいのですか。

日本人は判官贔屓が多い、と未だに言われているし。

自分はか弱い大衆で、強権に虐げられていますと、いいたいのですか。

誰かのせいに、しておきたいのですか。

おセンチな、くさい小芝居じゃないの。


話それるけど、原発だってそうでしょ。

最初は科学の進歩だって、喜んだのでしょう。

有効利用だって。

湯川秀樹は「慎重に」と抗議してたけど、大衆の力でぐいぐい進めて

そしてみんなでそれを享受してきたんじゃないの。

豊かな電力を、甘受してきたんじゃないの。

いまになって、責任者でてこい、はないんじゃない。

地震であんなことになるまで、原発反対って言ってた人ってどれくらいいるの。

マスコミが連日報道するようになって、肩書のある人たちの意見にさらされて

蒲焼でもやくようにさっと手のひら返した人ってどれくらいいるの。

自分たちで決めたことじゃない。

自分たちで、けじめつけるしかないでしょう。



いたずらに長くなってしまったけれど…

要するにさ、

自分を大衆って言ったらダメじゃない。

それは責任の放棄じゃない。

個人主義が流行ってるっていうけれど

それなら個としての責任をしっかり背負わなければ、いけないんじゃない。

個として、意見を変えるなというんじゃないんだ。

意見は変わって当然。

大衆に流されて、まげるな、って言いたいのだ。

それなら、まげない独裁者のほうが、ぼくはいい。

その権力者を支持するかどうかは別の話だけど。



うーんと、つまり…

家族主義、個人主義のぼくとしては

個も公もぼやかしてしまう「大衆」という言葉が

またそれを隠れ蓑にしようとするひとたちが

きらいということ、でした。


なあんだ、一行で済んだじゃん。




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雨月物語




はなっつらのにんじん、である。

今日の昼、行きつけの古本屋で見つけた。

剪枝畸人こと、上田秋成・著「雨月物語」

Amazonの便利さもいいが、あれはどうしてもすぐに欲しいときにつかう。

基本、本とはめぐり合わせを大事にしている。

ずいぶん長いこと、待っていた。

やっと出会えた。

ばななんさん、これ、恋に近いんですよ、ぼくにとって。


雨月物語のなかに(巻の一) 菊花の約というものがある。

これを、読みたかったのだ。

買ってきた本を読む時間はいくらでもあった。

けど、あえて、開かずにおいた。

今日の自分のベストまで、勉強できたら読もうと思っていた。

はなっつらのにんじん、である。

いひひ。

これから読書タイムです。

まずは「菊花の約」を!

讃岐に配流された崇徳上皇を題材にした「白峯」も

とっても魅力的だけど、これは明日の分のにんじん。

腹八分目が一番、と最近教わったばかりだ。


読書の秋は、出社時間二時間遅くなったりすればいいのに。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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夜型

植木屋でよかったこと、それは

早起き、ゆえに早寝。

いまのバイトは遅番で昼間たっぷり時間があるから

勉強するのにいい、と思って選んだのだが

結局ヨルガタになりつつある。

帰宅して風呂にはいって、いまから勉強。

どうも、昼間は腰をすえて勉強できなくなってきた。

でもいまは、こうして机にむかえることが、最優先。

しばしヨルガタでもしかたあるまい。


岡崎へ長期出張していた義兄弟(兄貴分)が今日帰ってきた。

明後日久しぶりに会う。

それがここ数日のこころの支えになっていたのだ。


ああ、楽しみだなあ。

たくさん、話すんだ。



今夜のBGMはFranz Schubert. Piano works

変ホとか変トとかいろいろある、どれも意味はさっぱりわからないけど

聞いててここちいい。



アントニオ猪木は、いいこと言った

「やはり、トレーニングしかない」

やりつづけること。これにまさるものはないんだろう。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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ジリジリすすむ

昨夜、久しぶりに飲んだ薬にふらつきながら

ひるに実家から届いた父の机を整理した。








引き出しには、いまのぼくくらいの頃の父の写真と形見。

ちと、感傷的すぎるけど、しばらかはしかたない。

この気持ちをごまかすほうが、こころに負担をかけるから。





茶とらのちゃちゃくん。本がだいすき。


今日は昼まで起きれなかった。

けど、この机のおかげか、自然と二階へ行き、机に向かった。

仕事までの数時間、勘を取り戻すために、テキストを読み返した。


なんとか、学習再開の糸口をつかめたか?


妹から、毎日、おかかの画像が送られてくる。

これは嬉しい。






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あーあ。

だめだ、だめだ。

無理するな。

やることはやった。ぜんぶやった。

体調は悪くなる一方だ。

気分は沈む一方だ。

躁と鬱が

ぐちゃぐちゃにまざりあって

落ち込んでいるのに神経はするどくとがって

四六時中イライラしている。

なにもてにつかない。


無理するな。

明日にでも病院へいこう。

なんど再発したっていいんだ。

くるならこい、だ。

なんどだって、立ち直ってやる。


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海賊王

一度とだえてから勉強スイッチがうまく入らない…と

ここ2,3日、がむしゃらにあがいていたけれど

今日はすこし、俯瞰でみれた。と思う。


焦ったって仕方ない。

自分の現在地が確かにかわったのに、今までと同じ地図じゃダメだし。

今日、新しい地図に書き換えることができた、と思うのだ。





やっぱり、何するにしても

目的意識が大事だ。ぼくにとっては。

それを確認することが、必須だ。

毎日だって、やりすぎじゃない。


目的のための、資格取得であって

その資格取得のための、勉強なのであって

資格取得が目的ではないし

まして勉強が目的であろうはずもないわけだ。

それがうまくできない日が続いたといって

落ちこむ必要はまったくないのだ。



行きたいのは、この山のはるか彼方。

この山の先に、どれほどの山が、谷があることだろう。

先へ行けば、いま目の前にあるこの山なんて

ほんのちいさな丘のように思いだす日がくるはずなのだ。


ぼくの尊敬する男がいった。

つまらねえ冒険なら、おれはしねぇ!!!

うーん。格好いい。

ほんとそうだよ。

山あって、谷あって、洞窟あって、いばらの道があるから

おもしろいんじゃないか。








今日のおかか。




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おかか、その後

うちのねこがふたりしてゲリPで

朝から病院いったり、おしもの世話したり。

動物と会話できたらいいのに、ってこういうときだけ

都合よく思う。

クスリ飲んで、ちっちゃな体で一所懸命たたかってる。

頑張れ。


午後、実家へ。

父に線香をあげがてら

先日妹にあずけた里子「おかか」ちゃんの様子をみにいった。
















保護したときは目ヤニだらけで

顔中くしゃくしゃだったが、すっかりよくなった。

妹と母に甘えている姿をみて、ほっとした。

強い子だ。

過酷な体験は、命を強くするのだな。

いや、強いから、過酷に生きぬいてこれたのかしら。


父の遺骨を前に、えりを正す。

しっかり、生きよう。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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きびしー

まる一週間以上、勉強がストップしていた。

今日は休みだったので、ちょっと頑張ってみたが…

かなりきつい。

頭も筋肉と一緒だな。


ちょっくら、筋肉痛で動けなくなるくらいまで

追い込んでみようか。

超回復、ねらういしかないね。

ふむう、しんどい。



がんばれ、自分!!

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最強の敵

昔、堤幸彦のドラマが好きだった。

なかでも、「ケイゾク」が一番。

竜雷太がかわいくておもしろかった。あ、中谷美紀も。


最近それをYouTubeで全話みれること発見。

ちょっとでも暇ができれば見てるから、妻がIpadに嫉妬してる。


なもんで、昨日は勉強あまりできなかった。

今日はひとり休みだから、とことん、やろう。

すくなくとも一週間以上のブランクを埋めたい。


んー。甘いもんほしいなあ。

いや、だめ。

洗顔、散歩、帰ってきて勉強!

じゃあ、散歩がてらコンビニで、チョコでも…

だめ!勉強すすんでから。

独学はひとりでこんなやりとりをすることが増える。


古谷実の名言を思い出す。

人類最大最強の敵、「めんどくさい」

こいつとどう戦うかが重要なんだ。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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ブログであそぶ。

ブログのおもしろさ。

最近、これに気づいた。


日記は、10年以上前からつけている。

父が十年日記というものを贈ってくれた。

一日数行。一冊十年分。

それが終わったあと、つい、自分でも買ってしまった。

たぶん、死ぬまで書くだろう。


ブログも日記だが、見るひとがいるので、かけないこともある。

ある程度、言葉も選ぶ。これはコミュニケーションの訓練。

人のブログを読む。これは読解力ではなく、相手のこころをくむ訓練。

単純に、いろいろな人がいろいろな人生を生きていて

悩んだり喜んだり、葛藤している姿を垣間見る、おもしろさ。

そこで様々な自分を発見することができる。

思ってもみないような意見を聞くこともあるし

自分はまだまだだなあと痛感することもある。


実際、友人とあって話すときは

最近どう?からはじまり

お互いのその後のできごとにまず興味がいく。

家を買ったよ。とか

あいかわらずフーテンだよ。とか

今度パリにいってくるよ。とかね。

それから、今後の話をする。

おれはこう思う、いやおれはこうすべきだ、とか。

あと、この頃では、政治の話や、世界情勢の話…。

正直、あんまり面白くないのだ。


昔は、ともだちといえば、毎日のようにあっていた。

だからほんとうにたくさんの話をした。

人生観や価値観はひとそれぞれちがう、ということは

そういった青春の「おしゃべり」の中から発見するのだろう。

そこで傷ついたり、怒り狂ったりするのだ。


としをとると、政治の話をしなくちゃダメかい。

いいじゃねえか、おしゃべりで。

どっかのオピニオンのコピペだろう。

そんなもの、胸にしまっておけよ。

じゃなきゃ、ブログにでも吐き出せばいい。


バカっぱなしをしようじゃないか、ダチなんだから。

ダチはいつまでたっても、「御友人」になんかならないって。



今度、久しぶりの友とあう。

いつでもバカみたいなおしゃべりで、笑いあう友だ。

お互い、30を超えてもまだ中学生のように夢を語り合う。

その人と会うと、修学旅行のような気分になる。

そういう友は希少で、とても貴重だ。



そういう、話ができるのも、ブログのいいところなのかもなあって。

かっこつけてばかりじゃ、面白くないからね。


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自分と自分。

日常へかえった。とはいえ

やはりまだまだ本調子にはほど遠い。

とにかく、眠れない。


やっとまどろんだと思うと不快な夢にやられ

跳ね起きてしまう。

まあ、しばらくの我慢だ。


眠れずに考えていた。

厄介な宿題を、明日の自分におしつけることなく

生きていくには、どうすればいいだろうか。

明日の自分、一ヶ月後の自分、

一年後の自分は、いまの自分にくらべて

うんと成長しているはずだ。

だからこれくらいのことはできるだろう、といって

仰山の宿題を明日へ明日へ、おしつけてしまいがちだ。

一年後、それをやるのは結局「いまの自分」なのだ。

じゃあ、いつやるのか。


今でしょ。



とどのつまり、今しかないのだ。

だから、ぼくは今後、目標というものをたてまい。

もちろん、目指すゴールは揺るがずにあるが、

それを来年のぼくや、再来年のぼくにおしつけることをやめるのだ。


いま、ここにあるぼくがすべてだなのだから

目指すゴールのために努力するのは

○年後のぼくではなく、いま、ここにあるぼくだけだ。

将来、どうなるか、それは○年後のぼくには責任がない。

いまのぼくにある。



うーん。

こう書いてみると、しごく当たり前のことのようだ。

ゆうべは「大発見!」と思ったんだけど。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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日常へ。

久しぶりに朝寝をした。

だらだら、寝そべっていたのではなく

まじめな、ちゃんとした睡眠だった。

なんというか…

生きるために眠るのだな、ということが

わかるような気がした。


午後、一週間ぶりのバイト。

台風すぎて晴れわたった今日の青空のしたを

キコキコ、自転車こいでいると

ああ、こうして日常へ帰っていくのだなあ、と

すんなり実感させられた。


入社からまだ一ヶ月のバイトなのに

忌引ももらったし、御香典までいただいた。

あくまでも勉強に専念するために選んだ仕事だったが

これからは出し惜しみせず、全力で貢献しようか。

どちらにしても、同じ時間働くのだし。

今回、父のために、会社の貴重なお金を割いてくれたのだし。

報恩、という道だけは、踏み外してはいけないよな。

などと思い、すこし仕事のスタンスを変えた。


小売業は10年。

本気で取り組んできた。

大きな成功もあったけれど、最後に大きな失敗をしてやめているから

(それは双極性障害という病気のせいも、やはりあるのだろうけれど)

そのためか、本気で取り組むことを躊躇していたのだが…

やってみようか。


失敗するたびに、大きくなってきた。

三年前の大失敗に、いまだに萎縮しててどうする。

勉強とのバランス?

なに、気にするな。

どちらも100%やればいいのだ。

それができたとき、ぼくは200%のぼくになっている。



さて、ぼちぼちいくかぁ。




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なこよっかひっとべ。

しっかりしろよ。

みんなを心配させるなよ。


約束をはたすぞ。

一日、一歩でいい、約束にむかって歩けよ。


しっかりしろよ。

いつまでもうじうじするなよ、男だろ。

父さん生きてたら

でっかいげんこ、ふってくるぞ。

そのあと、きっと、ないちゃうぞ。

とうさん、戦いきってつかれてるのに

残されたもんが、そんなんじゃあ

いつまでたってもやすめやしない、って

きっとかなしませるぞ。


なあ、もう、動けよ

頭も、心も、体も

動きだしてくれよ。


泣かないってきめたのに

ずっとがまんしてたのに

骨になっちまったとうさんをみて

わんわん泣いたろう。

みんな、心配そうに見てたろう。


なんで、泣いたんだ。

骨になっちまったとうさんを見て

ああ、もうどこにもあの人はいねえんだな、って

やっとわかったからなんだろう。

もうわかっているんだろう。

自分を守ってくれたあの大きな屋根は

台風でとばされるように、彼方へすっとばされてしまった。

あつい夏の陽も、さむい冬の風も

これからはぜんぶ、この一身でうけとめて

あの人がしたように、こんどはぼくが屋根となり壁となり

家族をまもっていくのだぞ。

それがわかっているなら

もう無理矢理でもいいから、歩きだせ。

しっかりしろよ、なんだってんだ、みっともねえ。

ちゃんとあご、あげろよな。

前をみろ。

しっかり見ろ。

できるよ、大丈夫。

とうさんの息子だから。

死んでしまった人にいつまでも頼るなんて

そんなのだめだ。


感謝だけを空にたかくあげて

かなしみはリュックにぎゅっとつめこんで

とにかく、前に、歩きだせ。

あるけ、

はしれ、

とべ。

とびながら、なけ。

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散乱のまま

落ちこんでいるわけではない。

ただ、迷路で左右がわからなくなったような。

かなしいわけではない。

ただ、厚いくもがのろのろと、頭上にわだかまっているような。

悔しいわけでもないのだけれど。

ただ、きつねに化かされた旅人のように、時間のなみまにほうけているのだ。


じぶんを、赤ん坊のように無欲だともおもえば。

30年の積もった汚れに、歯ぎしりしたいおもいもある。

無垢のまま、生きていけないものだろうか。

ただ誠実に、いのちのままに、生きていけないものだろうか。


じぶんはいつ、死に至るのだろうか。

その時じぶんは、かれのように、きれいな顔でいけるだろうか。

あすの宿題のことも忘れて

空にとけこんでいったかれのように。


じぶんを信じていきれるだろうか。

じぶんは信じる価値があるのだろうか。

もしも、じぶんを信じられないとしたら

他の何かを信じることできるのだろうか。



わらいのちからはつよい

かなしみをうすめてくれる。

だけど、ごまかしちゃいけない。

かなしみを、ごまかしちゃ、いけない。


きのう、骨になった。

きょうはどこでなにをするのか。

あすはどこでなにをおもうか。

ぼくもいずれ、かならず骨に

なっていくとわかっていながら

ふたつならべた手のひらからは

苦しみのほかを見いだせぬ。


いわく、生くるくるしみ、死ぬ恐怖。

ああ、ちっともちがう、そうじゃないのだ。


花がじぶんをハチであればと思うだろうか。


ぼくはそれが苦しいのだ。



迷っているわけではない。

困ってないし、しずんでもいない。

ただ、停滞し、時の擦過していくのを

見守る一日が終わっただけ。



どこへいこうか

地図はまたも、白紙になった。

背中の荷物がひとつ増え

どろぬまのなかで脚だけが急く。

両手は過去にふさがれて

両目は光にくらんでいる。



でも、生きてる。


それは、よろこびでもかなしみでもない。

使命でも試練でもなんでもない。

ただ、生きてる。

そして跳躍をもとめてる。







よく生きたい。





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どらまつるぎぃ。

久しぶりのバイト。

休憩室でタバコをふかしつつ

自らの再生を思う。

手塚治虫のえがいた火の鳥のように

僕も何度となく我が身を焼いて

その火のなかで新しい産声をあげてきた。

再生は、不死鳥だけの

特殊な能力ではない。

絶望のそこのそこまでいって

絶望のうらがわまでいって

なあんだ、といって

帰ってくるのさ。

うふふ、とわらって

あたらしい自分を祝うのだ。


もうすこし。

もうすこしだ。



外に出ると

いやがおうにも、自分の役割を思い出す。

どらまつるぎぃ、とひとり呟く。

自己陶酔?

結構。

酒じゃ酔えない。

ああ、今夜あたり

雨がふればいいのになぁ。




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なにもするな

イライラと不安感が募る一方。


我慢はしてきたが、無理せず、

セデコパンを一錠だけ飲んだ。

こういう日はなにもしないほうが良い。

バイトまでの数時間、

すこしでも眠ろう。


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双極性障害

デュロキセチン、これはSNRIという

いわゆる抗鬱薬。


サインバルタという、商品名でぼくは呼んでいた。

それにトランキライザー、睡眠薬を

おそよ三か年、のみ続けていた。

医師の診断は、双極性障害2型。

いわゆる躁うつ病というやつだ。

どうしようもない躁状態と鬱状態をくりかえす。

くりかえす、疲弊し磨耗していく。


双極性障害と診断される前は

別の病院で、単にうつ病という診断であった。

結果的に、これは誤診で

処方されたうつ病の薬を飲み続けたことで

症状は悪化した。

そこへ、公私ともにいきづまる事件が頻発。

それらは躁状態のときにしでかしたこと

つまり、自業自得でかえってきたもの。

周囲のすべてのひとを傷つけたと思う。

前にも、右にも左にも動けなくなり

睡眠薬60錠ほどと酒をあおって自殺をはかった。

が、失敗。

担ぎ込まれた病院での記憶はほとんどない。

気がついたときには、当時勘当状態だった実家にいた。

むさぼるように、眠りこけた。


病院をかえて、診断と処方が一変した。

それから、躁うつとのおつきあいがはじまった。



植木屋の仕事にめぐりあうまで、

ぐずぐずとバイトをしたり辞めたりしていた。

樹木や草花をあいてにする植木屋の仕事で

ぼくはかなり救われたのだと思う。


朝早く起きるようになり

一日中外で体を動かして帰ってくるから飯も食える。

睡眠薬もよく効くようになり

毎日よる八時には眠っていた。

親方も先輩方も下戸だったので、酒の誘惑もなかった。

これは相当の幸運だった、と今になって思う。

タバコだけは、いまもやめれていないが。

とにかくそうして日々大量の汗を流しながら、

樹木や草花にかこまれて、まずは酒への依存を断っていった。


それは素晴らしい日々だった。

よる眠れるということが、本当に嬉しかった。


薬の副作用で、午前中、どうしてもボーっとしてしまう日があった。

そのたび、親方にものすごい勢いで叱り飛ばされた。

荒療治だとは思うが。

結果的にはそれも奏功した。

絶対誰にも話さなかったが、あんまり悔しいので

薬のことを親方に話した。

それがよかったのだと思う。

知ったからといって、態度を変えるような人ではなかった。

でも、持病を話せる相手と仕事をすることは

精神衛生上、悪いわけがないだろう。


高い木の梢で作業中に、頭がふらつくこともあったし

ダンプの運転中にもあった。

だから毎日、本当に必死だった。

でもそこにも救いはあった。

いままでの職場のような陰険なストレスがなかったことだ。

仕事のストレスは、みんな、日の光のしたに明らかだった。

現場では怒号を浴びるが、終われば、誰もすがすがしく

同僚の悪口をいう奴らは、そこには1人もいなかった。


なにより、植木屋の仕事は、ぼくの性にあっていた。




主治医も、それを認めてくれた。

仕事の細かい内容や、そのときの感情や、影響などを

毎回話しあった。

双極性障害についても、じつにわかりやすく教えてくれた。

自分はいま、病気なのだ、と自覚することができた。

そしてそれは時間をかければ、よくなっていくのだと

信じることができた。

先生が、とても誠実な人だったからだ。


先生と親方への感謝は、生涯わすれない。


医師が違えば、職場が違えば、ここまで快復しなかっただろう。



今年の春に、断薬に成功した。

これは、かなりの悪戦苦闘だった。

服薬さえすれば、離脱症状はすぐ消える。

それがわかっているから、苦しんだのだ。

頭がふらつき、日になんども嘔吐した。

でも、信じて戦うことができた。



人によって傷を得て

人によって支えられながら

傷は癒えていった。

どこまでも、人にまみれた数年だった。


この話には結論もない。

あえて話の筋も気にしない。



いまも、戦いは続いているし

これからもつづく。

でも、永遠ではない。

ぼくが死ぬまでの話だ。

死が、救いであることは、いまも変わらない。




このごろちょっとつかれてしまうことが続いて

昨日、トランキライザーに手が伸びそうになった。

治療はもう終わっている、と自分に言い聞かせた。

フラシーボのように気軽に飲んではいけない。

酒に逃げそうになるのも抑えた。



けど、たまに、すべてを投げ捨てたくなる衝動が

依然、ぼくのなかにはある。

ダメなほうへ、ずるずるとはいおちて行きたくなる。




人生に解を求めるな。

そんな幻想に振り回されるな。

自分のことばかり考えるな。

どんなに目を凝らしたって、そこに光はささない。

契機は外にある。世界にある。

世界を自分の内側に置くな。

誤魔化すな。

茶化すな。



正しいものなんてない。





うーん。

しばらく黙ろう。


歯車が、かみ合わなくなってきた。



めまい、と思ったが、これは地震か。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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涙のパン。

涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の味はわからない。

If you’ve never eaten while crying you don’t know what life tastes like.
ーーーJohann Wolfgang von Goethe


ドイツの詩人、
ヨハン・ゲーテの有名な言葉。

別に小難しいことじゃない。

実感として。

下町の赤提灯でしこたま酔っ払った大工の棟梁が、くだまいていわく

「一人で泣きながらよぅ、手酌酒もしたことねえやつなんかによぅ

人生の、酸いだの、甘いだのが、わかるかってんだよ、おぅ

なぁ、飲もうぜ兄ぃ!…飲もうぜ」

そんな言葉だ。


人生の妙味はそこだろう。

かなしみやいかりで、食欲がなくなることはあるが、

それでもいま生きてるということは、

めしを食って、命を繋いできたからだ。

死ぬほどのかなしみやいかりのなかで

涙をとどめ得ぬまま、めしを食らう。

暗闇のなかで、目だけがにぶくギラつく。

明日を睨みながら、

あるいは憎悪のなかで、

あるいは嫉妬のなかで、

あるいは屈辱のなかで、

狂うほどの感情の洪水のなかで、それでもめしを食う。

いますぐにでもしんでしまいたいほどやつれてなお

生きてやる、という、絶望的な本能が咀嚼をつづける。



そんな体験のことなのじゃないか。

ここにはひとつの、徹底的な真理があるように思う。

当たり前すぎて、哲学の話題にも(あまり)のぼらない。

生きるために、絶対必須な、「食う」ということだ。


(一度脱線して、長々書いたが、おもしろくなかったので削除)


自分がどれだけ深刻にぐずぐずしていても

生きようとする強烈なものが、自分の中にはある。

強制的な力でもって、ぼくらを生へおしかえす力がある。

それが命ならば、

ぼくの命は、ぼくとは無関係に存在している様にさえ思える。


いわく、

「人は皆、生かされているのじゃ」

誰に?何に?

お百姓さんに、というなら首肯する。

が、この言葉はどうやらそういう意味ではない。

自然に? なんぼ自然が偉大だといっても、お百姓さんがいなければ

コメは食えぬ。

神に? ははっ。


右の耳でこのような声を聞いていれば、

必ず左の耳がまた別の声を聞く。

いわく、

「人はパンのためのみに生きているのじゃない」

そうだろう。それは当然じゃないか。

キリンは首が長いだけじゃない!と、そんな得意そうにいうことかいな。

(またもや、脱線。もう、いいや。脱線してこそ)

「生きることは食うことじゃ」

まだ遠い。

「食うために働くのか、働くために食うのか…」

これはシェイクスピアではない。

新橋の、ガード下の、吐瀉物だらけの、汚いラーメン屋で、

安い酒に頭が割れんばかりに痛みながら、つぶやく男のdeception




わるふざけになってきた。もうやめよ。


食うことは、恥ずかしいことじゃあ、ない。





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今日でさえ遅すぎる

明日はなんとかなると思う、愚か者
今日でさえ遅すぎるのだ
賢者はもう、昨日済ませている



Tomorrow I will live the fool does say
Today itself's too late
The wise lived yesterday.
ーーーCharles Horton Cooley




うーん。

この言葉聞くたびに、グサっとくるなあ。

もし友人に言われたら、友情が壊れるか、さらに尊敬するか。

言葉というのは、おなじ言葉でも、いつ、誰が誰に、どのように言うかで

全く違うものだが、この言葉はその極みじゃないか。

激励にもとれる。

場合が場合なら、これはもう、罵倒の言にもなる。

だからこそ、効くのだろう。

良薬、口に苦し。

良いクスリとは、反面、毒にもなり得るのだ。



今日でさえ、遅すぎる。

ミもフタもないように聞こえる。

でも、戦友からの強烈なビンタ、のような優しさがあるように感じる。

なぜだろう。




それじゃあ、今日、おこなったとしたら?

明日のぼくは賢人、ということになる。

この言葉は、前を向かせる。

今日よりも先に、目を向けることを強いる。

今日、断じてこれを行えば、

明日の自分は賢人なのだ。

賢人たれ、という、これは励ましの言葉だったに相違ない。

明日になって、遅かったと後悔するのは、あまりに悔しいことだし

昨日やっておけば…とこれまでの人生で何度思ったか知れない。


昨日の尻拭いを今日しているようでは、

明日は今日の尻拭いをするはめになるのだから。

だから、そうならぬための、今日。

明日、もっと創造的で主体的になれるための、今日。

そう思うと、今日という日の価値が、

過去より未来より、ずっと重く貴重なものになる。


糖衣につつまれたのみやすいクスリもよいが、

口に苦い言葉の効用というのは、やはり大きいな。


ついだらけてしまうときに、思い出したい言葉のひとつ。




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休日は。

休日は昨日までのご褒美?

それとも明日への栄養かしら。

前者は消費の一週間。

後者は創造の一週間。だとしたら。

どちらも同じ時間の累積だけど、

その人生はおおきくちがう?

むかし、仕事人間になって心身不調になったころ、

明らかに前者のご褒美的な休日を過ごしていた。

逃げ込むように、休日という防空壕にすべり込んだ。

爆撃のように感じた仕事の圧力も、

いまはもう感じない。

仕事は、そんな怖いものじゃないのだ。

会社はいつでも辞めていいのだ。

ただ、自分の仕事を貫くのみだ。



朝起きて、猫にごはん。

さて、今日はどこの復習をしようか。

…ちょっと待て。

昨日決めたじゃないか、何もしないと。

いや、むずかしい。



今日は考えず、思うことにする。

今日は行わず、遊ぶことにする。

それが、明日からの一週間に、栄養となればいい。



だらだらせず、しかし、カタヒジはらずに。

内面と向き合うことに時間を使えたら、いいなあ。

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ふたつめの山

なんとか、予定どおり学習をすすめ、

今日ふたつめの山をこえた。

これで、簿記二級の範囲が半分終わった。

次はいままでの商業簿記とは一味ちがう工業簿記を。

それが終わったら簿記一級の範囲に入る。


自分で立てたスケジュールだから、なんとしても

予定どおりに、と思い、少々無理をした。

体力は問題ない。理解もまずまず。

なんだか、芯がすこしだけ、磨耗してしまったかな。

まだ新しい教材も揃っていないし、…今日くる予定だったが…

明日は無理に机に向かわず、のんびり安息に一日を使おうか。


休日のために人があるのではない

人のために休日があるのだ。


そうだ、そうしよう。

どこか、水元あたりの公園で、木々に囲まれておにぎりでも食おう。

暑いだろうから、氷をめいっぱい詰めた水筒に、

よく冷えた麦茶を持っていこう。

植木屋の仕事に未練があるわけじゃないが、

外で働くことは、やっぱり人間に何がしかの贈り物をくれる。

そんな気がするなあ。



ずっとテキストとにらめっこばかりじゃね。

人間が面白くなくなっちゃう。


よーし、明日は一瞬たりとも計算しないぞー。





万人のうえにひとしく安らかな休日のあらんことを。

ソーメン。



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土星に輪っかなんてない。

新しい知識を得る、と

人間は賢くなるのか?


土星に輪っかなんてない。

と知ったのはいつのことだったか。

知らなくて良かった、と興ざめたのをはっきり憶えている。


知識は、たぶん、賢さとは関係ない。

金と一緒で、道具に過ぎないのではないか。

道具だから、ないよりあったほうがよかろうが、

それをどう使うか、ということが重要なのだ。


当然悪用できる。だから

ありあまる知識と金を持った、ばかもの。

という連中だって、当然いるのだ。


大事なのは、知識をどう使っていくか、という

良識というか。

知識を結晶させていく、智恵というか。

そこが肝心のような気がする。


ただ、知識の量のみでよしあしをはかろうとすれば、

人間は誰も、コンピューターに勝てない。

「調べればいつでもわかるものを覚えておく必要はない」

と言ったのはアインシュタインだが、

かれは偉大な科学者かも知れないが、

かれの膨大な知識の使い方は、あれでよかったと思えない。

核の脅威は、いずれ誰かの手によってもたらされたものかもしれない。

アインシュタインを責めるのはお門違いかもしれない。

けど、人間程度の浅知恵で

踏み込んではいけない知識の領域だったのではないか。

だって、核爆弾に対向して世界を平和に保つ智恵を誰ももっていない。



一日、一日と、勉強を積み重ね、

知識の吸収を楽しむのはいいが、

おいちょっと待て、じぶん。

人間、肝心なのは知識じゃないぞ、と。

どう使うかだぞ。

知ってるからなんだ、偉くないぞ。

どう使うかだぞ。

と、ふと思ったのだ。


試験に受かるための勉強じゃない。

そのあとの、貢献という夢に向かっているのだ。

ぼくはばかだから、こうして時々、軌道修正をする。

ばかだから、すぐ修正できてよい。

人類は、頭がいいばかだから、手におえない。

それもとてつもない集団の塊で、ずるずると動くから

軌道修正が容易じゃない。

でも、その先には断崖か絶壁しかない。

それでもなんとか、修正しよう。

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わるもんの美学

ぼくのすきなわるもん。

たとえば、

キリスト教における、ユダヤ人。

政府軍に対する、革命軍。

仙水忍やクロロ=ルシルフル。

モンスターのヨハンや、20世紀少年のともだち。

いわゆる「わるもん」には、美しさがある、と思う。

悪といわれる側、主人公によって最終的にはけちょんけちょんに

やられてしまう側の、悪玉達に、激しい思いを持っていた。

幼い頃、三国志にはまったが、

いわゆる主人公の善玉・劉備ではなく、悪玉のドン・曹操に傾倒した。

董卓や呂布のほうが、おもしろかった。

少年ジャンプが、当時の小学生の間ではバイブルだったが、

ぼくは悟空よりベジータ、幽助より仙水が好きだった。


人の心には、善悪がふたつながら備わっているという予感があった。

決して悪玉は悪だけではなく、

善玉は善だけであるはずもない、という予感があった。

勧善懲悪の物語は、こわく思っていた。

鬼ヶ島の鬼たちの言い分は、完全に黙殺されているのが不可解だった。



それはすぐに体験として証明された。

小学低学年のとき、

クラスでもトップクラスに入る成績の男が、

(仮にKとしよう)

教員には従順で、いわゆるイイコとして何の問題もない

「優秀な」Kが、教員の見ていない所で

脳に障害をもつYちゃんを、バカにしたおしていた。

ばかな仲間を集めてYちゃんを取り囲み、下衆な言葉を吐きかけ、

女子がとめようものなら、さらに調子づき、こづきまわす。

たまらず、Yちゃん、手を出しちゃった。

そいつはしりもちついて、勢い机やらいすやら倒れて

大騒ぎ。

ざまーみろ、とぼくは舌をだしていたが、

その日、教員に注意されたのはYちゃんの方だった。



Yちゃんは、赤ん坊のころ一度心臓が止まった。

お母さんは必死で祈った。医師も頑張って手を尽くした。

Yちゃんは、息をとりもどし、大きく泣いた。

お母さんも泣いた。医師は万歳した。

それだけで、Yちゃんは、すばらしい。

だけど、脳に障害が残って、

会話がなかなかできない。

話すことは支離滅裂で、授業中も勝手に離席するし、

キテレツ大百科のコロスケが大好きなのはいいが、

お母さんに書いてもらったコロスケの絵がなくなると

不意にコロスケーってわめくから、そのたび授業もとまるし、

教員は実際、手を焼いていた。

でも、特別学級ではなく、ぼくらとおなじクラスで一緒に授業を受けていたのは、

お母さんからYちゃんに贈られた、最初の試練ではなかったか。


とにかく、Yちゃんは叱られ、Kは叱られなかった。

その日を境にYちゃんは、クラスでいじめられるようになった。

それまでは、「なんとなく邪魔な存在」程度だったが

それが明らかにかわった。

ぼくは頭にきて、下校のとき下駄箱の前で、

その優秀な生徒Kをなんどもなんどもぶっ飛ばした。

当然、教員にばれてこっぴどく叱られた。

親にも叱られた。

親にはYちゃんのことを話したが、教員には言わなかった。

Yちゃんは、それ以降、ずっとぼくの側にいて

(コロスケの絵をぼくに書かせ続けたので、

いまでもコロスケだけは目を閉じても描ける。)

ぼくも、クラスから浮いた。

ぼくは、ケンカも強かったし、勉強もできたから、

いじめられなかったが、

わけもなくKをぶっ飛ばしたということで、

教員たちから変な目でみられるようになった。

そして、その優秀なKは一連のことで何も注意されることもなく、

むしろ被害者づらで(これはぼくのせいだが)

あいかわらず、クラスの中心にいた。


Kこそが叱られるべきだ、と思い

教員に一連のことを話した。

そこで失望した。

わるものは、ぼくだったのだ。


Yちゃんが授業の邪魔をするから、優秀なKはそれを注意した。

注意されたYが逆上して暴力をふるった。

だからYを叱った。それで解決したのに、

お前がわけもなくKをぶっ飛ばした。

その上、しばらく大人しくしていたYを

甘やかして、また落ち着きのない子にしてしまった。

お前は一体、なにがしたいんだ?

あまり教師を困らせるな。


ぼくは、親の教えを守っただけだ。

義を見てせざるは勇なきなり、だ。

最初に、暴力をふるったのは、Kだ。

ぼくは親から、言葉の暴力というものを教わったのだ。

Yちゃんは、言葉で返せないけれど、おかしいと思ったから

やつを突き飛ばしたのだ。

でも、やつは言葉の暴力をやめなかったし、

まわりのバカたちは調子にのっていじめに加わろうとした。

目には目をだ。

何が悪いのだ。

第一、困らされるのがいやなら、教員になんかなるな。


反論は、教員のため息に呑み込まれた。

バカらしくなって、切り上げた。



鬼ヶ島の鬼たちにも、

きっとなにかの言い分がある。

むやみに征伐していいものか。


Yちゃんは、決してわるくなかった。

でも、ぼくも、正しくなかった。

それなら、わるもんでいい。

萌え出したばかりの、自分の美学に気づいた。

それでは、わるもんでいい。



ぼくには、ぼくの規則があって、

それを破ってはいけない、とぼくが決めたのだ。

だから、そのためにわるもんになることは、避けられない。


そんな必死の決意が、世のわるもんの心のどこかにも

あるような気がするのだ。









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頭ショート寸前につき

自己紹介(長め)バトン

Q1 名前を教えてください。
A1 偕誠館主人
Q2 その名前の由来があれば書いてください。
A2 幼い頃の夢から
Q3 誕生日を教えてください。
A3 610 時の記念日
Q4 年齢を!
A4 30
Q5 血液型は?
A5 A
Q6 性別を。
A6 男
Q7 身長は?
A7 173cmあたり
Q8 体重は?教えられる場合でいいです!
A8 アベレージ70
Q9 右利き?左利き?
A9 右
Q10 髪型は?
A10 短髪くるくる
Q11 視力良いですか?悪いですか?
A11 ど近眼
Q12 メガネかコンタクトしてますか?
A12 寝るとき以外
Q13 足のサイズは?
A13 27cmくらい
Q14 好きな色!
A14 黒、白
Q15 嫌いな色は?
A15 嫌いな色?
Q16 家族構成を!
A16 妻、2猫
Q17 ペット飼ってる?
A17 うん
Q18 好きな人いますか?
A18 たくさん
Q19 好きな人のタイプは?
A19 人間がかわいいひと
Q20 告白したことありますか?
A20 あるよ
Q21 告白されたことありますか?
A21 あるともさ
Q22 好きな芸能人はいますか?
A22 ダウンタウンかな
Q23 好きな歌手は?
A23 昔はたくさんいたなー
Q24 好きなアイドルは?
A24 いたことないなー
Q25 好きなアニメは?
A25 放送当時のエヴァンゲリオンかな
Q26 好きなマンガは?
A26 レベルE(しらんべw)、蒼天航路、20世紀少年
Q27 好きなドラマは?
A27 ケイゾク好きだったー あれ以来ないですねー
Q28 良く見るテレビ番組は?
A28 おはよう日本
Q29 良く聞くラジオは?
A29 ないねー
Q30 好きな小説は?
A30 太宰治、三島由紀夫
Q31 ポスターとか壁に貼ってる?
A31 ううん
Q32 好きな季節は?理由もどうぞ。
A32 秋。落葉がすき
Q33 好きな時間は?(朝、昼、夜など)
A33 夜。元気もりもり
Q34 好きな動物は?
A34 ねこ
Q35 好きな曲は?
A35 高田渡さんとか
Q36 CD何枚もってる?
A36 あったかなぁ
Q37 DVDは何枚もってる?
A37 ゴッドファーザーくらいだな
Q38 好きな食べ物は?
A38 ごはん!と、ごはんにあうもの
Q39 嫌いな食べ物は?
A39 フルーツほとんどすべて
Q40 自分の短所は?
A40 きみじか
Q41 では自分の長所は?
A41 あたまがわるいところ
Q42 好きなスポーツは?
A42 全身と脳みそフルに使うやつ
Q43 好きなゲームは?
A43 ないねー
Q44 もしも一つだけ願いが叶うとしたら?
A44 美しい星に移住
Q45 好きな数字は?
A45 偶数はかわいい
Q46 今、習い事何してる?
A46 会計士のお勉強
Q47 部屋はキレイですか?
A47 常にキレイ
Q48 今、これに答えているときの体勢は?(寝転んでいる、座っているなど)
A48 会計士のテキストを広げて、その上で…
Q49 好きなゆるきゃらいますか?(非公認でもOK)
A49 そらもう、「ほりきりん」でしょう(しらんべw)
Q50 好きなキャラクターは?
A50 レベルEバカ王子とか
Q51 自慢できること!
A51 友人の人間の質の高さ 数はとても少ないけど…
Q52 最近見た映画は?
A52 ショーシャンクの空に
Q53 これから見に行く予定の映画は?
A53 ないねー
Q54 年上好き?年下好き?同年齢好き?
A54 年は気にしてないなー
Q55 今、誰かと付き合ってますか?
A55 妻がいますので…
Q56 付き合ってる人に!付き合ってどれくらい経ちますか?
A56 妻が…
Q57 尊敬する人は?
A57 たくさんいるけど…南方熊楠かなぁ
Q58 夏といえば・・・?
A58 麦わら!ひまわり!かき氷!
Q59 秋といえば・・・?
A59 おちば!やきいも!ボヤ騒ぎ!
Q60 冬といえば・・・?
A60 ゆき!電車!とまる!遅刻!
Q61 春といえば・・・?
A61 ひたすらねむいねー
Q62 嫌いなタイプは?
A62 あほのひと
Q63 何でもいいからグチってみてください。ストレス解消してください!!
A63 太っちゃったー
Q64 ライブやコンサートに行ったことありますか?
A64 あるよー
Q65 ある人は誰のに行きましたか?何回くらい行きましたか?
A65 友達の
Q66 ない人は行きたいですか?行くなら誰のに行きたいですか?
A66 サザンとかたのしそー 頭からっぽになれそう
Q67 子供を産んだら名前は何にしたい?男女共に教えて下さい。
A67 妻ちゃんにまかせます
Q68 自分の名前好き?
A68 いまは好きだね
Q69 どんな名前が良かった?
A69 太郎とか
Q70 好きな声優さんとかいますか?
A70 緒方恵美さんすきだったー
Q71 好きな俳優さんは?
A71 俳優になるかな? 土方巽
Q72 好きな女優さんは?
A72 麻生久美子
Q73 最近何にお金を使った?
A73 学費…
Q74 頭は良いですか?
A74 ばかですね
Q75 祭には浴衣で行きますか?
A75 半纏にねじりはちまきだい、べらぼうめっ
Q76 好きなジュースは?
A76 ウェルチ
Q77 好きなスポーツメーカーは?
A77 ないねー
Q78 好きなスポーツ選手とかいる?
A78 いないねー
Q79 今、何時何分?
A79 15時くらいじゃん
Q80 好きな天気は?
A80 雷雨 泣いちゃうほどの豪雨 すんげー嵐
Q81 何しているときが幸せ?
A81 いい仕事をしたあとに見合わす顔と顔
Q82 趣味は?
A82 読書、ごろ寝、お散歩
Q83 特技は?
A83 お金がなくても遊べる
Q84 電車にのってるとき何してる?
A84 本読むか、寝てるか、線路見てる
Q85 今更ですが性格は?
A85 もう想像つくのでは
Q86 将来の夢は?
A86 こんなスペースで語り切れませんて
Q87 マンガ何冊位もってる?
A87 たっくさん
Q88 小説は何冊位もってる?
A88 たっくさん
Q89 いつも何時ぐらいに寝てる?
A89 最近は2時くらい
Q90 何時ぐらいに起きてる?
A90 9時くらい
Q91 勉強好き?
A91 すきだねー 学校は大きらい
Q92 最後に!変態ですか?
A92 変態です
Q93 やってくれてありがとうございます!!
A93 いえいえ
Q94 次に回したい人の名前を!
A94 松本人志
Q95 本当にありがとうございました!
A95 こちらこそ、いい気分転換でした!ありがとう!

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いっやあ、もうお腹いっぱいです

金土は勉強の日にしてましてー

終日テキストと見つめ合うのですがー

あたまおかしくなりますねー

東大、早大卒の友人は

みんな頭すこし変なのですが

なるほどって感じですねー

受験勉強って頭変になるんすねー

あははー

これを、あの遊びざかりのころにやってたなんて

みんなすげーなー

いや、ほんと

偏見が一部、融解したようです

頭でっかちは、すきじゃないけど

受験勉強を十代に頑張った人を

見直しますね

多くの人がそうなのだろうけど



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雑感 池ノ端

用事で上野に来たので、不忍池によった。
蝉のこえと、テナーサックスの演奏が聞こえる。
なにやら知らないが、悲しげな曲をやってる。

こめかみから、ほほ、あごへと、汗が伝わって心地よい。
近所ではまったく聞こえない蝉のこえが、
夏を演出している。
ひとりで、時間まで、ここで待とう。

目の前には、乱暴なほどに繁茂する蓮の葉。
そのすきまに、居心地悪そうに、いくつかの花が咲いている。
花盛りは終わったのだ。
もう、葉をどんどん大きく広げて、
しっかり栄養をつくらなくてはならないのだ。
むかし、平日の昼間に、つくりかけの小説の続きを考えながら
東京駅のビジネスマンの海のなかを歩いていたときに
感じた、あの居心地の悪さだ。
きりぎりすだって、きりぎりすなりに働くことができるのに。

この時期の植物は有益な葉ばかりを大きくして、
根をまだ太くしようと、根をもっと拡げようと、
生存競争に努力を惜しまない。
隣のやつより、高く伸びなくては、
限りある日光によくすことができず、
そうなれば、栄養を稼げず衰えていき、
衰えれば、さらに背丈は伸びなくなり、
やがて、周囲の陰に隠れて、枯れていくしかないからだ。

友人が受験勉強にやっきになっていたころ、
ぼくは彼らを軽蔑した。
人生にはおもしろいことがたくさんあるのに、
なんだって君たちは、来るひもくるひも
勉強ばかりしているのか。
彼らはいま、東大で研究をしたり、
弁護士として第一線で活躍したりしている。
あのころ、ぼくらの背丈はさほどかわらなかったのに。

彼らはいまのぼくを見て笑うだろうか。
微笑みの裏で軽蔑するだろうか。
できれば、そうあってほしいのだが。


右から左へ、左から右へ
流れるように人が通りすぎている。
8月の午後。
無性に泣き出したいような、
そんな感情がワクワクと込み上げてきて、困惑。


貧しくても清く。
報われなくとも正直に。
バカにされても誤魔化さずに。
生きていこう、と思った。

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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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