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日記9-24

忙しくしていて、遠ざかってしまっていた。

昨日、生活改善の第一歩 (いや、大げさだな。要は大掃除)
がやっと終わって
いま、極限までスマートにした書斎にいる。
余分なもののない環境というのは、一見さみしくも見えるけれど
心がものに迷わされることがなくなるって、やっぱりいいなあ。

「今日はいそがしくて疲れたから、これは明日かたづけよう」
そういった先送りの堆積にうもれているうちに
明日もなにも見えなくなってしまって
そうこうしているうちにポックリ死んでしまうのだ。

それだけはごめんだ。

4連休が終わる最後の日に、ふと思った。
連休中はずっと大掃除をしながら「はやく仕事したいなあ」
なんてぼやいていたのに
いざ最終日に、「え?!もう終わり??」と小さく叫んだ。
人生もこれとまったく同じじゃないのか。
目の前の一度きりの生を、なんとなくだらだら生きて、
まあ明日にしようよ、とか
ああそのうちやるよ、なんて言ってるうちに
ひょっこり死がやってきて、え、もう終わり??
それが人生なんだと、思った。

理想は、いつ死がやってきても笑って逝けることだけど
そう簡単なものでもなさそうだ、と考える。
どうすればそうなれるか、考える。
生きること以外に、答えが見つからないのだ。
生きて、生き抜くこと。
太陽のように、自分の熱で、自分を燃やし続けること。
死ぬまで。
それはつまり
死の準備をすること。
それは決してネガティブではない。
笑って逝くための準備なのだから。
笑えれば、それはやはりポジティブなんだろう。
だから、今日を笑う。
仲間と、家族と、友と。


世界に、なんにも、厭なことなどなかったんだ。
それはすべて、生に怠惰なぼくをうつす鏡だったのだ。


ぼくには人より少しだけ時間がない。
いまのぼくは「寛解期」という状態だけど
そのうちきっと「鬱」がくるだろう。
もっと厄介な「躁」がくるかもしれない。
そうするとぼくの時間は、ひとつかみ
ぐいっと、空白の向こうに放り投げ棄てられてしまうから。
だから、人より少しだけ、「今」が大事なんだ、と思う。

病気が教えてくれたこと。




ここにある今。
それだけに集中して、
ともに行く人と
手を取り合って。



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No title

 人はひとりでは生きて行かれない、と言います。
 それは経済的生活的依存という意味のほうが現在は強いのかもしれませんが、もともとは人格形成に関与することであったはすですよね。
傷つけることも傷つくことも、奪うことも奪われることも、与えることも与えられることも等しく「生きている」という実感を生み出すために存在するものです。
 僕たちは、きっとそうすることでしか自分を確かめる術を知らないのでしょうね。
 憎むことで人を意識し、愛することで人を意識し、悲しむこと喜ぶことで感情の動きを意識している。
 そして、死に出会うことで自分の生に安堵する。その相関が命というものの定めなのでしょうね。
 もっと真剣に受け止めなくてはならないのに、大概は昨日の風に化けてしまうのです。

otosimonoさん

コメントありがとう。


>  人はひとりでは生きて行かれない、と言います。
>  それは経済的生活的依存という意味のほうが現在は強いのかもしれませんが、もともとは人格形成に関与することであったはすですよね。

本当ですね。いつのまにか経済的生活的な意味合いに使うことがおおくなりましたね。

> 傷つけることも傷つくことも、奪うことも奪われることも、与えることも与えられることも等しく「生きている」という実感を生み出すために存在するものです。
>  僕たちは、きっとそうすることでしか自分を確かめる術を知らないのでしょうね。
>  憎むことで人を意識し、愛することで人を意識し、悲しむこと喜ぶことで感情の動きを意識している。
>  そして、死に出会うことで自分の生に安堵する。その相関が命というものの定めなのでしょうね。
>  もっと真剣に受け止めなくてはならないのに、大概は昨日の風に化けてしまうのです。

そうですね。
きっと、命というのは相関そのもののことを指していて
一個の肉体にひとつの命、ということではないのかもしれませんね。
例えば、今夜いただくお米にしても
農家さんの汗と、太陽の光と、豊穣の土と、米を炊く火と
それを食するわたし、という関係性の一連をいのちと呼ぶのかしら、と思います。
そうすると、ぼくの死も、ぼくだけのとっておきの秘め事ではなくなります。
トリックのようではありますが、そう思うとさみしさがまぎれるきがします。

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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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