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断片、わらえれば

ぼくは全身が腐ってぐずぐずに溶けていくのを
なんとか阻止するべく
台所にほうりなげてあった果物ナイフで
ぼくを断片的にきりとって捨てていくことにしました。

あの夏、あの冬、あの春、あの秋
それから
あの雨天、あの晴天、あの曇天、あの嵐の日に
見た
ぼくの断片を
えぐりとり、たたきつけ、ふみにじり、
ここにさらして、びかびかに乾くまで放置し
眺めて笑ってやろうと思うのです。


活かす死、殺す生。


あの夏。

ぼくは植木屋でした。
彼もまた植木屋でしたが
彼はそれ以外に様々な顔を持っていました。
ブレイクダンスができるし
スケボーもスノボもできるし
ギターも弾けるし、幼少からピアノをやっていたから音感も冴えてるし
黒人ばかりのバーでプロ顔負けのダーツの腕も披露してくれました。
ぼくと同じ中卒で、年も2つくらいしか離れていないのに
あらゆる職種を経験し、各地を放浪して様々な体験を積んでいるのです。
バッグ一つでヨーロッパを縦横無尽に旅するなど
ぼくは考えたことすらありません。
そんな彼が、小笠原のちいさな島から、
生まれ故郷のU市に帰ってきて植木屋をはじめたのです。
それでぼくはいま、彼と一緒に働いているというわけなのです。

彼との最初の接点は「植木屋」
その次が「シュールな言葉遊び」
二人して、でたらめな言葉でもって無理やり
会話を成立させようと遊ぶのですが
これがほんとにおかしくて、おかしくて。
それでだいぶん、仲良くなったのです。
その次が「死生観」でした。
これは接点というより、逆ですが。

あの日は、空気を重く感じるほど暑かった。
毛布を何重にもくるんで肩からかけて歩くような
「暑い」を超えて「重い」のです。
ぼくと彼は、二人で軽トラに乗り
現場から次の現場へ、移動していました。
相変わらず馬鹿な話で、げらげら笑いながら。
丸太のような腕を褐色にもやして
シャツをまくり上げ、トラックのエアコンを最大にして
夏を謳歌するように。
その時、彼がぼくの病気について尋ねてきたのです。
ぼくはわかりやすく簡単に説明し、
自殺への衝動と、自殺未遂の話もしました。
彼はそれを否定しました。
彼は日本国内でも事例の四件しかない
難病にかかっていたのです。
それも10代の遊び盛りのころに。
そのころ、ぼくは自分が何をして暮らしていたか
思い出そうとしましたが、恥ずかしいのでやめました。
彼で5人目であるこの難病は生存率が極めて低いもので
4人中3人の方が亡くなっていたのです。
彼が生き残ったことで、生存率は変わりましたが
それだけではなく、彼のその後の生き方をも
変えたのではないかと、ぼくは思いました。

後日、とある駅前で朝までふたりで呑んだときに
その病気のとき彼の母親がどれだけのことをしてくれたのか
泣きながら教えてくれました。
いつでもふざけて笑っている彼が
親子丼のたまごの上に、ぽたりぽたりと
涙を落しながら、生きててよかった、
生きているのは母ちゃんのおかげだ、と泣いたのです。
結局その親子丼は、二人とも、夜が明ける前に
どこかの路地裏に吐いてしまったのですが
それでもあのときのことは忘れることができません。

だから、死ぬなよ。
死のうとするなよ。
と彼は言いました。
その真心の、あたたかい人間の言葉を前に
ぼくはなんだかうれしくなり、そうだね、とは言いながらも
決して伝えきれぬものがこのぼくの病気にはある、と
心の中でうちひしがれていました。
彼は生を賛美し、適当を愛し、死を純粋に恐れています。
ぼくは違います。
生は、ぼくを苦しめる原因であり
死は恐怖ではない、ということです。
死ぬことは怖いが、生きるほうが苦しい、という日が
その逆の日を圧倒しているということなのです。

真夏の炎天下、どこまでも日焼けした腕やほほ、
流れ続ける大粒の汗に、きらきら輝く濡れた髪、
はてしなく突き抜けるような、馬鹿みたいな青空の下で
ぼくらは本当に神の子の兄弟のように、笑った。
30歳にして、無垢が帰ってきた。
15歳の時、山梨の、山奥深くに捨ててきたあの無垢が
帰ってきたのです。
ぼくは無垢を抱きしめ、撫でてやり、そいつに顔をうずめて
大声で泣き出したくなるほど、うれしかった。

でも、わかりあうなんてことは
結局は幻想のようなものなのです。
こと、このぼくの病気に関しては
誰にも伝えられぬし、わかってもらえないのでしょう。
彼と過ごす時だけ、ぼくはぼくの病気を忘れますが
結局はいつもと同じ時間に薬を飲むし
無理をすればすぐに鬱に呑みこまれる。
その時も彼はあの生命賛美の楽園にいるけれども
ぼくは一人、失楽園に鳴くのですから。

彼の生への賛美が
美しい旋律でぼくの胸に迫ることは事実です。
そうあれたら、と思ったことも白状します。
挑戦もしました。
でもやはり、ぼくには生を賛美するなど、できないのでしょう。
この一刻、懸命にいきることだけで必死です。
障害物競走のように次々襲ってくる段差を
正確に見抜き、飛び越えたり、くぐったりするのです。
失敗すれば転ぶだけではなく
スタートラインまでひきずり戻されます。
ならば、走り出すことも、もしかしたら無駄なのかもしれません。
じっと、スタート付近でじっと、待っていればいいのかもしれません。
この生の終わりだけを、ただ、じっと。

それは、ゆるやかな自殺。
生きる苛烈に、身を焼き焦がして
煩悶する日々の何がいいのでしょう。
何をするにも、ぼくは人よりうまくできない。
ぼくは、生を賛美するだけの根拠をもたない。

それでも
それでも
それでも、彼と出会ったことで
ぼくの人生観はかわり
笑うことが増えたのです。
それはそれだけで、よしとしようじゃないか
そう思うのです。


笑えるなら、それがどんな状況であれ幸せなのですから。
さあ、笑いましょう。
病気の渦のまんまんなかで
呵々、笑いましょう。
さあ、笑いましょう。
けなげで、みにくい、くさりかけの
自分を笑ってしまいましょう。



全部、なかったことにしてください。



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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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