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date :2015年10月

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秋はきらいです

書斎の机の横に
父の遺影がある
遺影は あたりまえだが 動かない
けれど毎日その表情はちがってみえる

心に やましい隠しごとがないとき
心に 醜いわだかまりのないとき
良い仕事をして帰ったとき
父よ
あなたはあんなにはっきりと ほほえんで
ぼくを迎えてくれる

今日のように
わけもなくふさぎがちな夜などは
ぼくはこわくて遺影を見ることができない
怒っていはしまいか
悲しんでいはしまいか

なんの理由もないのに
気分がふさぎがちなのは
やはり 病気のせいなのだろう
やはり 今年もくるのだろうか

あの無慈悲な荒波が
また
また やってくるというのか

苦心惨憺
虚飾ではなく
ほんものの
血と
汗と
涙で
築きあげた
この 生活を
また ぶち壊しにくるのか

逃げたい
いや、逃げない
いや、逃げることなどできない

秋はきらいです
父よ





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夏のお葬式

夏はわたしに
たくさんのものをくれました

わたしは夏のなかで
いつまでも くるくると 踊りました

はげしい暑さと
はげしい雨と
はげしいやさしさに つつまれて
わたしは夏の子となりました

いま
夏はどうやら死にました
家の猫は そろそろ毛を長くたくわえはじめ
妻は風邪をひきました

いま
秋のひそひそ声を聞きました
すぐそこまで来ているのがわかります
わたしはさみしくなりました


こごえる手を
胸の前でしずかにあわせ
逝ってしまった夏に 祈りました





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虐待するもの

猫を殺すな


自分よりよわい生き物をいじめるな
血に飢え
暴力に耽り
悲鳴に酔っているその姿を
俺にわずかでも見せつけるな
もし見たならば
俺がおまえを
同じ目にあわせてやる



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葛飾pm6

DSC_0141.jpg

あっちの土手を歩いているのは
ぼくの知らないひとか どうか
それをぼくは知らない
しらないことの平和をおもう
しらないことの幸いをおもう





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アレルギー

妻は
人間アレルギー
異次元に住みながら
顔だけを 人間世界につきだしている

扉のすきまから
夜が
侵入してくるのにも似ている
のそり のそりと
顔をのぞかせている

そうしてけなげに
人の声を聞き
こたえをかえしているものだから
ときおり無理が生じて
レストランや電車や
人混みのなかで
額にナイフを突き立てられるような
感覚におちいって困惑している

それは
「なんとかシンドローム」ではない
本人ですら
その違和感を言いあらわせないのだから
妙な医者がでてきて
あるかなきかの病名をこねくりだすまえに
ぼくはそれを
人間アレルギーと名づけたのだ

それは
花粉症やなんかと似ていて
その日 その日
許容量がどうやらきまっていて
それを超えると
からだの違和として影響するのだと ぼくは思う

だから彼女は
異世界に住んでるのだと思う

顔だけがこの世に間借りしている
純粋なその眼だけが
ゆらり
ふらり
宙に浮いている




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ブログのおもしろさ

あー
しくじった
そういう文章に
拍手がつくこと

おー
こりゃ好きだなー
という文章が
スルーされること

これは
どちらも
本当におもしろい



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現代詩賞11

「文芸思潮 11回 現代詩賞」に
下のみっつの詩が入選したむね、今日通知がありました。


狂人静養日記

何度目の春

負け犬


なにがきっかけだったのか、思い出せませんが
八月に投稿したものです。
詩を投稿したのは初めてだったので
本選に残れただけで、十分な結果となりました。

このみっつの詩を
いまのぼくはもうこの道のはるかうしろに置き去りにしており
前へすすんでいます。
新しい自分の詩にあえることが楽しみです。

今日の通知で
これまでの詩全体がひとつの「まとめ」にはいった気がします。

さて、もう出かけます。
次の詩を探しに。
心のもっと深いところへ。




選考委員の諸先生がた、ありがとうございました。
また来年、お目にかかります。





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見ている

その美しい尾をふりまわし
仲間と戯れているのか
尾長

庭園のなかの
人工の滝の
とどこおらず
たまらず
流れていく水をおいかけて
仲間と大きな声で
鳴きかわすのか
尾長

池をはさんだ
さびしいベンチに
曲がった腰を
ちょこんとのせて
一心に
カメラの液晶をのぞきこむ
老人

一瞬できえさる
尾長のダンスホールを
切りとるように
シャッターをおした
老人

そのうしろ
道をはさんだ
ベンチで
それを見ている男
これがわたし

尾長も
老人も
わたしのいる場所からは見えている

それを見ている
わたしを見ている
この視線はなんだろう
わたしにわたしが
くっきりと
はっきりと
見えている





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休日

書斎に長くいると
外に飛びだしたくなる

風を
鳥の声を
陽のひかりを
雲のあつみを
花々のかおりを
一身に感じる
ある日は
好きな音楽を聴きながら
踊るようにあるく

疲れてベンチにすわると
せき止められた言葉が
氾濫しそうになる
そうすると
今度は
書斎にはいりたくなる

休日の午後
自分はなんて自由なのかと
ひとりでわらう





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日記10-27

感情の起伏がゆたかになっているこの頃。
でもそれは病気の症状ではない。
きもちよいほど、すっかり、病気のことを忘れている。
いま、こうして書いていて思い出すほどに。

ただ、単純に日々の生活が
濃密になっているということだと思う。
刹那に全身全霊をかたむけながら
同時にすべてをいつでも棄てされるような
そんな気分でいることが最近きもちよい。

今月から、休日になると区内のプールにかよい
朝の二時間たっぷり泳いでいる。
泳ぐのは中学生以来なので
まずは思い出すことからだった。
水中に入ったときの、あの全身を包む圧。
そのなかで動く、歩く、泳ぐ。
最初はそれだけだった。
小学生のころ大会にも出たのだけど
やはり子供のころに覚えたものは忘れないのだな、と思った。
そこに32歳の人生経験が加わり
「泳ぐこと」に運動以上の意味がつけたされた。
「水に逆らわないこと」
それは全身から、精神面まで、
すべての余計な力をぬいて
豆腐に包丁をいれるように、水の中をかいくぐっていくこと。
これは禅定に近い。
というより動く禅、なのだと思う。

それが生活にも、仕事にも大きな影響を与え始めている。
「脱力」
力をぬいてみて、はじめてわかるものが多いことに驚いている。

思えばいつでも体中に力をいれて
眠っているときにも眉間にしわをよせ
野良猫のような目をして生きてきたのだった。

その力を、ぬいてみた。
なにかが、変りはじめている。
その胎動のおとが、いま、心地よい。





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ひとり

社会のお役にたてなくてごめんなさい
それでもわたし、生きているんです。




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くものくも




一晩でとても立派な巣をこさえたけれど
翌日にはもう一糸もなかった
だれかに薙ぎはらわれたのでせう
あのくもはどうしているかしら
踏みつぶされたか
それともどこかでまた巣を営んでいるか




名前もしらぬあのくも


この威容


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日記10-31退職

怒りは
おもい泥のように
心に沈んでいく
ためこむほどに
おおきな
おおきな反発をうみ
爆発するだけだ

それが病気のせいかどうかは
ともかくとして
ぼくはそうして
感情を爆発させて生きてきた
怒りは破壊に直結することを
ぼくはもう知っている
それが
汗をかきかき築きあげてきた地位や信頼を
山谷こえてはぐくんできた友情も人間関係も
ときに家族の絆でさえ
すべてをこなごなに粉砕し
白紙にもどしてしまうことを
ぼくはもう知っている
それまでの努力も
つみあげてきた成果も
なにもかもを壊し
ただやるせない倦怠と
怒りのものうい残り香のみをのこして
霧散していってしまうことを
ぼくはもう知っている

何度も何度もくりかえしてきた
そのたびに深く反省し傷つきもし
今度こそはと誓った
それでもだめなのだな

人より感情の量が極端におおく
抑制のきかない男
我慢や忍耐を美徳とする教育の中で
たたかれるように育ってきたから
なんでもため込んで
爆発をくりかえしては、白紙からやり直す男
救えない男

かわいそうな妻






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手紙

拝啓、国家さま

秋です
秋には大量の葉が
まちかどのいたるところで舞うでせう

あきらめるという
静かなたたかいを
舞う葉のいちまい、いちまいが教えてくれています

樹木はひっそりと
その身につけた葉をおとしていきます
弱い葉をつけたままでは
厳しい冬を
こえることができないからです

人は
そこに
あきらめるという所作を
学ぶことができます
あきらめて、なお
進むという生き方を学ぶのです


ただし
国家はそうあってはなりません
もしそうしなければ
国家が冬をこせないのであれば
どうぞわたしから殺してください
しずかに
闇にほうむるように
精神を病んだ、詩人かぶれ
社会的価値など
これっぽっちもないおとこです
ひとふりでパサリと落とせませう

さあ



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百年後

1945
何があったか
誰もがもう忘れている


百年後
とはいわず 一年後
安保デモがあったことなど
すっかり忘れ去られている
百年後
当事者たちは
ひとしく
みな永眠し
かの論争の名残をのこす
なにものもない
百年後
人間が汚辱にまみれながら
なお生き残っているならば
また新たな闘いにあけくれながら
一方でまた
そのふたつの掌をあわせて祈り
そのこぶしをふりあげて叫び
平和を希求しているのだらう
百年後
人間が
その闘いの記憶が
生き残っているならば






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夢の盗賊

一度死んだ父を
もう一度ころされた
なんという怒りだ
父はいわれなき二度目の死をあじわった

この事件は先日からつづく
ゆめのなかにおける
あの一連のいたましい不愉快な事件と
裏で密接につながっていた

奴らを後ろ手に数珠つなぎに縛りげてしまうまでは
ぼくは鬼となることも厭わないだらう




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逃げきれぬ

このごろは
詩もよまず
書きもせず
とくに思いもせず
暮らしていた
それでも
詩は
ぼくの人生に
ぴったりとよりそい
まとわりつき
ふりはらうことができない
だいぶ
好かれているのだな と
こそばゆい心持のなかでおもう

詩はぼくの影なんだろう
どこへ行ってもついてくる
では
光はなんだろうか

鬱の
絶望的なくらやみのなかで
わずかな光がうみだす
もろい影の頼りなさや
はかなさや
うつくしさ
その光の正体とは
いったいなんであろうか


そんなこともわからぬまま
今日もぼくは
ぼくの影法師をめでる





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色のなくなる日

珊瑚の死に絶えるほどに
海が海でなくなれば
水色という色はなくなっちゃう

空気がよごれ
空が宇宙をうつさなくなれば
空色という色はなくなっちゃう

世界から水色がなくなっちゃう
水道水の色にかわっちゃう

死んだらひとしく閉じるまぶた
生きてる間に なにを見るか
死んだらまっくろ
だから今日みあげるこの青空
すみきった
とびきりのこの水色





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一期一会

Neroさん、どこ行っちゃったかな
もう帰ってはこないのかな

ピピネラさん、どうしているかな
もう帰ってはこないのかな

ノブさん、忙しいのかな
また革命の話をきけるかな

あたらしく会えた
ここでの友人
大いに語り合った
ここでの友人

ああ
さみしいけれど
仕方ないよね

噛みしめるひとつの言葉





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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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