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date :2015年09月

  • 2015.09.01(火)

50年
咲く


それは
繊維であまれた
造花ではない

一日を
懸命にあみこみ
つむぎ
咲かせる
いのちの花

やがて枯れる
そのうえで
何度でも言う
何度でも言う

花は
今にしか
咲かない

明日には咲かない
昨日にも咲かない

今を
懸命に
生きる
人の
胸に
花は
咲く






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日記9-24

忙しくしていて、遠ざかってしまっていた。

昨日、生活改善の第一歩 (いや、大げさだな。要は大掃除)
がやっと終わって
いま、極限までスマートにした書斎にいる。
余分なもののない環境というのは、一見さみしくも見えるけれど
心がものに迷わされることがなくなるって、やっぱりいいなあ。

「今日はいそがしくて疲れたから、これは明日かたづけよう」
そういった先送りの堆積にうもれているうちに
明日もなにも見えなくなってしまって
そうこうしているうちにポックリ死んでしまうのだ。

それだけはごめんだ。

4連休が終わる最後の日に、ふと思った。
連休中はずっと大掃除をしながら「はやく仕事したいなあ」
なんてぼやいていたのに
いざ最終日に、「え?!もう終わり??」と小さく叫んだ。
人生もこれとまったく同じじゃないのか。
目の前の一度きりの生を、なんとなくだらだら生きて、
まあ明日にしようよ、とか
ああそのうちやるよ、なんて言ってるうちに
ひょっこり死がやってきて、え、もう終わり??
それが人生なんだと、思った。

理想は、いつ死がやってきても笑って逝けることだけど
そう簡単なものでもなさそうだ、と考える。
どうすればそうなれるか、考える。
生きること以外に、答えが見つからないのだ。
生きて、生き抜くこと。
太陽のように、自分の熱で、自分を燃やし続けること。
死ぬまで。
それはつまり
死の準備をすること。
それは決してネガティブではない。
笑って逝くための準備なのだから。
笑えれば、それはやはりポジティブなんだろう。
だから、今日を笑う。
仲間と、家族と、友と。


世界に、なんにも、厭なことなどなかったんだ。
それはすべて、生に怠惰なぼくをうつす鏡だったのだ。


ぼくには人より少しだけ時間がない。
いまのぼくは「寛解期」という状態だけど
そのうちきっと「鬱」がくるだろう。
もっと厄介な「躁」がくるかもしれない。
そうするとぼくの時間は、ひとつかみ
ぐいっと、空白の向こうに放り投げ棄てられてしまうから。
だから、人より少しだけ、「今」が大事なんだ、と思う。

病気が教えてくれたこと。




ここにある今。
それだけに集中して、
ともに行く人と
手を取り合って。



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疑問

詩が言葉を呼ぶのかしら
言葉が詩を呼ぶのかしら



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人間反対

戦争というのは
ひとつの結晶にすぎない

老人をいじめる人のこころの
幼児を殺す人のこころの
自分だけが助かればいいというこころの
自分だけが繁栄したいというこころの
自分とは違うものを憎むこころの
自分のいいなりに従わせたいこころの
自分の子供だけがかわいいというこころの
自分の利益をまもるために他者を排斥するこころの

教室でおこる暴力を「いじめ」という
世界で起こる暴力を「戦争」という
どちらも暴力で
そこに大小の区別はない
すべて暴力は
脆弱な人間のこころのくすんだひだの奥から
こぼれてくる
かなしい
とか
さみしい
とか
くやしい
とか
死んぢゃえ
とか
そういうこころの結晶なのだと思う


だから言う
戦争反対ではなく
人間反対と




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隣人

おおくの人がおそれている
知らないから
わからないから
精神病院ときくだけで
こわがる
さげすむ
それは
自分とは関係のない世界のように
忌みきらう
それは知らないから
それはわからないから

わたしは
病院にいるとおちつくのだ
ロビーに 受付に 廊下に
これだけおおくの人がいて
わたしと似たような病をもち
わたしと似たような闘いのなかにあることに

採血や、エックス線の室を通りすぎながら
「二階 作業療法室」の看板をみながら
入院患者のちどりあしを見守りながら
かつてここにいて
くるしみにのたうちまわった自分を思い出しながら
わたしは 長い旅をおえて帰宅したわが家にいるかのような
深い、静かな息をはくのだ

やがてまたここに入るときがくるかもしれない
けれど
決してそれは不安ではなく
不満にも思わない

ただ、快い
この気持ちをなんとしょう

同病相憐れむ
傷をなめあう獣たちのように
わたしはこうしてあなたたちの傷をなめよう
舌がヒリヒリ 麻痺したとしても
生ある限り、なめつづけよう
おなじ病の隣人たちよ




電車にのって席にすわったとき
喫茶店で珈琲をたのしんでいるとき
わたしはあなたたちのそばにある
健常者のみなさん
わたしは精神障碍者である
わたしはあなたたちの隣人である
たんすにも金庫にもおしこむことのできない
狂気、狂人は
今日もあなたのすぐそばにあり
意欲している
呼吸をしている
わたしはただ苦しむ
わたしはただ必死で生きる
それは
あなたたちと 何もちがわない
わたしはあなたたちの隣人である。





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言外

詩をかきこむために
どこへでも
持ち歩いている手帳に
まっしろな一頁がある
それを見つけて
ひとりよろこぶ

「これもひとつの詩だらう」



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安保んたん

あんなに盛り上がったのにね
彼らはどこへ行ったのかな
日常へかえっていったのかな
こづかい稼ぎにはなったのかな

ちいさな日本の
さらにちいさな首都で
大きな声をはりあげた
それが正義とでもいわんばかりに

おおぜいが
群れて
笑顔を抑えきれずにそこかしこでちらりと見せつつ
激しく怒り、憤ってみせた

彼らに拡声器をあたえたのは
莫迦な政治屋なんかぢゃあない
タレント崩れの莫迦な政治屋
あるいは政治かぶれの莫迦なタレント
生きている人間にたいして合掌するような大莫迦野郎が
「戦争反対」だなんてね

彼らに拡声器をあたえたのは
「人間はアニマルぢゃない」という神話だ

理由さえあれば
アリだって、ハチだって
戦争をする
人間こそ万物の霊長、などとうそぶいて
その亡霊のような考えを根拠に
その摂理から人間だけは自由だと
思い込んでいるならば
「ヒト」は滅んでいくだろう

「日本人」なんてくくりをもって考えるから
ものがちゃんと見えないのだ

政治でも外交でもない
人権とか憲法とか、関係ない
そんなの、何の話だ? いっさい関係ない
人間存在、そのものの問題だ
生物の
宇宙の話だ
ヒトは人を超えていけるか
という話だ

それはつまり進化だ
どんづまりの現状がそのよい証左だ
壁にぶちあたることではじめて
動物は進化してきたのだろうから
そしてそれができないならば
淘汰されていくのが自然なのだから
新しいヒトとなるか
滅びるか
その二者択一


口先だけのヒューマニズムにはもう飽き飽きしてんだ




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無題

あっちも正しい
そっちも正しい
みんな正しい

正しいって なんだろか
みんなが 血眼になって さがしては
手に入れたら 二度とはなすものかと
歯をくいしばったり
腕をふりまわしたり
がちゃがちゃ わめきたてたり

ふーん

そんなにいいものなのかしら
そんなに価値があるのかしら

「わたしは正しい」と 口に出した瞬間に
ほら
自分で敵をつくっているよ
ほら
自分で迷子になっているよ





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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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