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date :2015年08月

  • 2015.08.07(金)

日記8-3

毎日、暑すぎるほど、暑いです。
暑い、というより、熱い日々です。

毎朝五時に起きて
弁当つくって
コーヒー飲んで
レゲエを聞いて
テンションあげて
仕事にでかけて
頭の先からつま先まで
水につかったように
汗にまみれて
帰ってきてばたんと寝て
起きたら、朝

そんな日々の繰り返しのなかでも
ふとひとり
詩を
書いています

青空のノートに
あるいは草むらのノートに
透明のペンで
書いています

ここにも書きたいけど
明日も熱くなりそうなので
とりあえず
こんな感じで生きています

ご報告でした。





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詩禱

あ、
この焼けただれた顔は
一九四五年八月六日
その時広島にいた人
二十五万の焼けただれのひとつ

すでに此の世にないもの

とはいえ
友よ
向き合った互の顔を
も一度見直そう
戦火の跡もとどめぬ
健やかな今日の顔
すがすがしい朝の顔を

その顔の中に明日の表情をさがすとき
私はりつぜんとするのだ

地球が原爆を数百個所持して
生と死のきわどい淵を歩くとき
なぜそんなにも安らかに
あなたは美しいのか

しずかに耳を澄ませ
何かが近づいてきはしないか
見きわめなければならないものは目の前に
えり分けなければならないものは
手の中にある
午前八時一五分は
毎朝やってくる

一九四五年八月六日の朝
一瞬にして死んだ二五万人の人すべて
いま在る
あなたの如く 私の如く
やすらかに 美しく 油断していた。
『挨拶――原爆の写真によせて』
石垣りん




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陽炎


環七は烈火の海
陽炎の海
排ガスにうもれた都市
それらをすりぬけて 精神病院
ゆらり ゆらり 陽炎のむこうに
ぼんやり立っている自分を幻視する
ぐにゃにぐにゃに曲がって蒸れて
それはうつに沈んだ姿に似ている

いまのぼくは陽炎のこっちにいる
いまのぼくはまるでこの青い空のように
広く
際限なく
すみきっている







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あしもとで
くるったように
蝉がないていた

かたほうの
はねが
こわれている
むらがる
ありたちに
ていこうするにも
さけぶ いがいの すべが ないとみえる

いきながらに
くわれ
たすけをもとめているのだろうか

ひとであるわたしに
そのさけびは わかりようもないのだけれど
そのさけびに
わたしはせんりつを おぼえた

それは
いっこのせいめいの
破裂する
さいごの
ばくはつおん
だったろうか






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蟷螂

かまきりと遊んだ

日陰でやすんで
あせを涼風にかわかしていると
ひとつのかまきりがやってきた
ちこちこ
ぼくのあぐらの膝のほうへ

その姿が
あまりにかわいらしいので
たまらなくなって
ちょこんと その小さな頭を
小指のさきでつついてみた

かまきりは
半歩だけ退いて
その斧のような両手を
雄々しく広げた
執拗にくりだす
ぼくの小指のジャブの連打を
美しいほどすばやく
合理的な 最小の動きでかわしつづけた

たまに指先が頭にあたろうものなら
猛りくるって
そのふたつの斧を頭上にふりまわす
ははは
と笑いながら
ぼくはいつまでもかまきりと遊んでいた


暑い午後
煙草をふかしながら
かまきりと遊んだ
そのちいさな命の
退かない生き方に
その不退転のファイティングポーズに
ぼくは心底
感動し
敬服していたのですよ

また遊んでください






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今度はこない

めんどくさいことや
いやなことに
しかめつら
つばはいて
毒づいて
さえない気分になっているうちに
一日が終わってしまうなら
一度しかない人生が
そんなふうに
あっけなく終わってしまう

ある日
ある時
不意に
強引に
有無を言わさず
ぼくらはみんな 死んでしまうというのに
それがわかっているのに どうしてこのうえ
今を生きることができないというのか

昨日も
今日も
あらゆる生き物たちが
その身をもって
死を教えてくれているぢゃないか


今度うまれたら
だなんて
そんな莫迦をいうのは
もうよしませう

自分を満たすものひとつ
たったひとつ探しませう
そして
それだけのために生きませう

そら
もう笑顔






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秒活

忙しいだなんて言い訳はよして

忙殺?
秒殺?

そんなのぜんぶ 言い訳ぢゃない
この一秒を生かして
この一秒に生きて頂戴

毎秒 全力でたのしんで
それから死んでいって頂戴
じゃなきゃママも
あんたを産んだ甲斐がないもの





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異国

溺れるほどだ
このひかりの量は
見上げれば 純度100パーセントの 青
遠い異国にたどりついたよう
夏はこれ ひとつの国だらう

この空の向こう
姉の乗った飛行機は
遠くハワイへ向かっている
ぼくはパスポートをもったことがない
ここにいて
空を見ている
めぐりつづけるこの季節と
言葉だけがパスポート






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みっつの顔

ぼくの昼は
この二本の腕と
二本の脚とで
すこしでも良い仕事をし
すこしでも多くのお金を稼ぐこと
そればかりを
考えて
行っているのです

ぼくの夜は
妻との語らいや
家族との夕食
ねこと遊んだり
疲れをいやしたり
明日に備えて準備をしたり
訓練をしたり
一日のおわりを祝い
楽しむことばかりを
考えて
行っているのです

ぼくの
一人でいる時間には
たとえばそう
いまのように
一人きりでいるときには
詩のことばかりを
考えて
そしてこう
書いているのです

ぼくにはみっつの顔があるのです
そのどれもがぼくそのものであり
そのどれをもぼくは愛しているのです

昼の休憩時に
夜のふとした空白の時に
詩は
ぼくのこころに
そっとしずかに
やってくるのです
ぼくはいつでもその時を
たのしみに
待っているのです







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そのわけ

そのわけは
とても簡単です

ほめられたいのぢゃない
おどろかせたいのぢゃない
みとめられたいのぢゃない
もうけたいのぢゃない
うらやましがられたいのぢゃない
だれかのためぢゃない

そのわけは
ぼくが
ぼくであることを
あかしするためであり

そのわけは
ぼくがそうしたいからなのです

そういうわけで
ぼくは
詩をかいているのです





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しろくろ

よく言われるように
是か非か

人に問われれば
わたしは沈黙するでしょう
是と非のあいだに
白と黒のあいだに
0と1のあいだに
右と左のあいだに
無限の世界があるからです

そのすきまのポケットのような世界に
わたしは生きてきたのだし
そうして生きてゆくのだし
そのまま死んでゆくのだし






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土曜日

土曜日なので
植木屋は
六日間の疲れをいやすために
週に一本と決めたビールを飲んだ

うつくしい琥珀色をまずながめた
それからビールに軽くおじぎを
そして六日間頑張った自分を
走馬灯のごとく おもいかえしながら
一気に飲んだ

ごく
ごく
ごくり

六日間
忍耐に結んだくちびるが
腕力に噛みしめた奥歯が
はあっと開き
ビールの香りとふかい息を
肺の底の底から そとへかきだした

それから
しばらくぼうっとする

やがて
すっかり眠りにつくまで
植木屋は来週の土曜日のことを
思ったり
思わなかったりするのだった






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煙草

煙草を買い忘れてしまった
いまから買いにいくのも面倒だ
そんなときぼくは
二階にあるぼくの机の引き出しをまさぐって
普段とはちがう銘柄の煙草をとってくる
これは父ののこした煙草だ
これが最後の一箱だ
父が吸うために買っておいた 最後のひとつだ
ずいぶん前に買ったのだ

来月は
父の三回忌
父が吸うはずだった煙草を吸いながら
父の息子だった時代のことを
なんとなく思い返している

あの人が生きたために
ぼくが生まれた
姉が生まれ
妹が生まれた
そして姉は男児と女児を生んだ
めくるめく
生の連鎖に
みぶるい ひとつ

父の最後の一言を
聞き取ることができなかった息子は
あのときの父の苦しみにゆがんだ顔を
まだ
まだ
鮮明に思い出しては
そのたびに うっ と胸をつまらせている
それは煙草のせいではあるまい






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弔詞

ぼくらが戦争を語るとき
どこかしら滑稽さがはみだしてくる
戦争のさなかを生き、あるいはそこで死んでいった人たちの
言葉を借りて語るしか
ぼくらには、方法がない。

また石垣りんさんの詩をのせたい。
祈りのような、この詩を。



『弔詞 ―職場新聞に掲載された一〇五名の戦没者名簿に寄せて― 』

ここに書かれた名前から、ひとりの人が立ちあがる。

ああ あなたでしたね。
あなたも死んだのでしたね。

活字にすれば四つか五つ。その向こうにあるひとつのいのち。悲惨にとじられたひとりの人生。

たとえば海老原寿美子さん。長身で陽気な若い女性。一九四五年 三月十日の大空襲に、母親と抱き合って、ドブの中で死んでいた、私の仲間。

あなたはいま、
どのような眠りを、
眠っているだろうか。
そして私はどのように、さめているというのか?

死者の記憶が遠ざかるとき、
同じ速度で、死は私たちに近づく。
戦争が終わって二十年。もうここに並んだ死者たちのことを、覚えている人も職場に少ない。

死者は静かに立ちあがる。
さみしい笑顔で
この紙面から立ち去ろうとしている。忘却の方へ発とうとしている。

私は呼びかける。
西脇さん、
水町さん、
みんな、ここへ戻ってください。
どのようにして戦争にまきこまれ、
どのようにして
死なねばならなかったか。
語って
下さい。

戦争の記憶が遠ざかるとき、
戦争がまた
私たちに近づく。
そうでなければ良い。

八月十五日。
眠っているのは私たち。
苦しみにさめているのは
あなたたち。
行かないでください 皆さん、どうかここに居て下さい。
石垣りん






どうかいつまでも
ここにとどまりつづけ
わたしたちを叱ってください
あなたがたの死の上に
無自覚にあぐらをかいて
怠惰な平和に
ほうけている
期待外れのわたしたちを
どうか叱ってやってください




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日記8-29

秋がもうすぐそこまで来てる。
カラフルで厳しく楽しい季節に
お別れを告げなくてはいけない。
さよなら。夏。
今年もぼくにたくさんの恵みをくれた。
そのはげしい太陽で
そのはげしい風雨で
ぼくは成長できたかしら。

秋は嫌いではない。
誰かがいうように「過ごしやすい」し
一仕事しても汗などかかない。
それに物足りなさを感じたとしても。
次々と葉を落とし、休眠の準備をする樹々。
乾いた風に舞う、落葉のうず。
嫌いではない。
街から緑がじょじょに減ってゆくその季節を
決して嫌いではないのだけど。

秋は、冬をすぐに連想させる。
夏から冬へのバトンが秋だ。
夏の戦いは、色鮮やかで楽しい。
冬の戦いは、モノクロで厳しい。
暑さと戦いながら、一枚一枚、服を脱いでいくのが好き。
まるで羽化へと脱皮をくりかえすみたいだから。
寒さと戦いながら、一枚一枚、服を着こんでいくのが嫌い。
夏に得たものを、失っていく気がするから。

秋、冬を
好きになれないのは
そのあとに春が待っているからだ。
ああ、春!
この地獄の一季。
夏が好きなのは、春が終わったと感じるからだ。
秋が好きになれないのは
春への下り坂に入ったと感じるからだ。

ぼくは今年の夏に、はたして
来年の春をのりきるだけの充電ができただろうか。
そんなことはわからない。

秋が終わって、冬が終わって
春がくるまで、わからない。
今年こそは、と思いながら
毎年、春におおきく転ぶ。
それでもやっぱり思う。
今年こそはって。

ぼくの脳髄のそのサイクルが
ぼくの人生にいったいどれだけの影響を
及ぼしてきたか
そしてこれからさき、及ぼしてくるのか。
そんなことはわからない。

とにかくいまは、残りの夏を全身で吸い込み
秋から始まる長い戦いに
身も心も準備しはじめているのだ。






そういえば
また蜂に刺された。アシナガバチ。
この時期の蜂は凶暴です。
六月に刺されたときより数倍腫れあがって
一日休まざるを得ませんでした。
みなさん、茂みの近くを行くときはお気をつけて。





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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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