0312345678910111213141516171819202122232425262728293005

date :2015年04月

  • 2015.04.18(土)
  • 4-18

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

復帰とけが

先週木曜日に、仕事復帰。
思ったより動けたけど、ひざに違和感があった。
三週間の静養のあいだ、ずっと寝ていたし
運動もほとんどできなかったし
体重の増減も激しくあったから
ひざにしたら相当きつかったのだろう。

で、金曜。
仕事終わりにフットサルの練習。
じんわり汗かくまでウォーミングアップ、ストレッチ
コートで軽くジョギングして、さあ練習開始!の瞬間に
左ひざがポキッと音をたててズレるような感じになった。
動いてみると、激痛。
これが練習途中や終わり際ならベンチにさがったのだろうけど
開始直後だったから、我慢してやり切った。
でも、怪我の功名か、失点3で抑えた。(ぼくはゴールキーパー)
もう一人のGKは20失点くらいだったから
セーブ率はよかったことになる。
痛みに追い込まれていいプレーができたのかな。

土曜日は仕事を休んで、会社の花見。
起きてすぐ接骨院に行き、ひざを調整してもらう。
ボキっというすごい音と痛み。
でもそれですっかり軽くなった。
一日安静にしててください、と言われたが
断り切れなくて、花見だけでも・・・と参加。
風強く、上着を着ないと寒いくらいだったが。そこそこ楽しめた。

二次会はボーリング。
ぼくは右利きなので、左ひざが軸足になるわけで・・・
その左ひざをかばいながら投げるので
普段の半分も得点できなかった。
思い切り投げてるみんなをみて、かなり欲求不満。

三次会は居酒屋に移動。
一人合流、一人脱落。
わいわいやっていたけど、メンツがいつもと少し
ちがうせいか、あまり盛り上がらなかった気がする。
ぼくも疲れだけを引きずって
酒でさらに傷んだひざをひきずって帰宅。
帰ってトイレでげえげえ吐くとき
いつも思う、酒なんて二度と呑まないぞ!
でも、すぐにそれを忘れる・・・w


日曜はゆっくり休んだので
昨日月曜はすこしはましになった。
普段とあまり変わらない速度であるけるようになっただけ
ストレスはかなり減った。
まだまだ腫れもひかないので
脚は曲がりきらないし、伸びきらない。
日曜にはフットサルの試合があるから
はやく直さなければいけない。

今朝早くに電話があって
今日は雨のために作業ができないので
急きょ休みになった。
いいところへラッキーが転がってきたので
しっかり休もうと思う。


にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

タイトル不要

人には
どうしても理解できないものがたくさんある。
宇宙のなりたちだって、ヒトのDNAだって
理解できないものには
自分なりの解釈でもって、その溝を埋めようとする。

膝の痛み、というような小さなことさえ伝わらない。
まして自分自身でさえわからないこの心の痛みを
人に伝えきれるわけもない。
優しさとは、文字通り、人を憂う能力のことだと思う。

ぼくがこの一年、世話になってきた会社は
ぼくが植木屋の修行をはじめてした会社で
そこで勤めてるうちに再発し入院もしたのだから
ぼくの病気のことは知っている。
でもそれは「病気だと知っている」だけで
その苦しみや症状まで知っているわけではない。

体育会系の男だらけのその職場では
ぼくの病気をあえて笑いとばそうとしてくれた。
最初はそこに優しを感じたし、ぼく自身もまた
深刻に考えすぎないように、笑いとばせるように訓練した。
でも、それは次第に「ネタ」のように軽く扱われるようになり
ぼくは「あたまがおかしい」とはっきり言われるようになった。
それは、調子がよければ、みずから笑っておもしろおかしくもできるが
当然、コンディションは毎日いいわけではない。

三週間、外に出れなかった苦しみを
「三週間たっぷり休んだから元気だろう」と思ったのだろう。
静養明けから、かなりきつい日々だった。
仕事の内容にしても、そこで受けるダメ出しにしても
仕事終わりの(完全にプライベートであるはずの)サッカー練習においても
ぼくは一秒とて、心から笑った瞬間はなかった。

もう、ここの人間関係にはつかれた。
そう、ずっと前から思っていた。
それを妻ちゃんにつぶやくと、やめていいよ、といわれた。
主治医にもつぶやいたが、やめたほうがいいといわれた。
貯金はまだすこしある。
入院だってできる。
今一度、しっかり、休むことが必要なんだ。
たたき起こされるように復帰したのが、間違いだったんだ。
その判断ミスによって、消すことできない傷をみずから負い、
いまではもうあの会社には二度と戻りたくない
と、本気でそう思ってる。


今日の昼、雨があがったので
眠い目をこすってふらふらの頭を抱えて
会社の倉庫へ行った。
自分の道具と、足袋などを回収し、すぐに帰ってきた。
同僚の一人には礼服を貸しているし
もう一人には「進撃の巨人」を数冊貸している。
かれらはまた休んで、いつか帰ってくると思ってるのだろうが
ぼくはもう二度と帰るつもりはない。
入院はまだするかどうか迷っているけれど
かれらにはもう入院すると言ってある。
連絡をうけたくないからだ。
辛苦をともにした、ともに笑い、ともに成長してきた
仲間たちと、お別れ。
でもそうすることでしか、いまの自分を救えない。
これ以上、仮面の上塗りはできない。

きれいな月のでた晩の帰り道に泣きながらそう思った。
病院の診察室で、涙をこらえて先生に話しながら、そう思った。

入院するため、土曜(今日)の仕事と
日曜のサッカーの試合は出れません
入院は短くても一か月以上かかります

というような内容だけ昨夜、社長含む
数人の同僚たちにメールで伝え
折り返しかかってきた社長の電話は無視した。
いまは何も言われたくないからだ。
ぼくは社長に相当の恩義を感じてる。
その恩返しのために頑張った。
もう十分だと、思ったのだ。

世の中の
健常な精神を持ち合わせているすべての人に
声を大にして言いたい。
ぼくら精神病患者は
決して甘えていないし
必ずしも弱いわけではありません。
弱ければとっくに病魔に食われ死んでいます。
だから病気を持っていないあなたたちにくらべて
ぼくらが弱いと思うのなら、それは思い違いです。
こう考えてみてもらえませんか。
あなたの最愛の人がひどい死に方で亡くなった。
その翌日が今日で、いまここにいるあなたです。
へらへらできますか。
気持ちを切り替えて笑えますか。
それはできないことではないけれど
並はずれた精神力を要するでしょう。
ぼくらの憂鬱は、そのくらいのものであって
だから仕事も手につかず
笑えず、心はぐずぐずに泣き崩れているのです。
夕焼けをみてしみじみ心に感じるメランコリー。
そんなものじゃないのです。
常に自殺の衝動と戦い続ける
爆弾のようなメランコリーです。

そしてそれが、死ぬまで、断続的にやってくるのです。
波打ち際で砂のお城を作るような馬鹿なことを
必死でやっているのです、これまでも、これからも。
それが病気という宿命です。
もっと、波の届かないところにいきなさい、なんて
言わないでください。
それは、欠陥のない脳でうまれてくればよかったのに
と言うのと同じです。
病気はこの人生を支配しているのです。

蓄えた金も、健康な習慣も
築いてきた信用も、育んできた友情も
すべて洗い流して
遠く沖のかなたまで運び去ってしまう。
それが、ぼくの病気です。
そして波にあらわれた、血の気の引いたような砂浜に
また何かを刻み、掘り、築いていくのです。
徒労になるのではないか、
また波がすべてさらってしまうのではないか
という不安におびえ、唇をかみ、涙を流しながら!
それが、ぼくの闘病です。


ああ、それが
ぼくの一生です。




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

なぜ生きるだけがこうもつらい

生きているだけのことが
どうしてこうもつらいのか
手がふるえ
動悸が不穏なビートを刻んでいる

目をとじれば
ぐるぐると脳髄が
撹拌されるように
回転しつづけているのがわかる

眼球もまたぐるぐるまわり
うそかほんとか
えたいのしれない
幻影に惑わされてばかりいる

しじまに
アヴェマリアだけが聴こえる
しずかで強いアリアに耳をすましながら
手は脳と無縁かのようにタイプする

ひとつ深呼吸するたびに
肺にいっぱいの苦しみを
どう吐き出せばいいのか
途方にくれてばかりいる

目の玉は絶望に痛み
心はくさった果実のように
どろりと溶けだし原型をうしなう
こころの底にひきさくような悲鳴がある

いったいどうして
人間なんかに
いったいどうして
人間なんかに

こえはどこにも届かないし
だれにも響かない
妻以外には当分あわない
いまは孤独が唯一の救い



呼吸が正常ではない
不安にからめとられ
泣くことすらできない
呼吸が正常ではない


きづけば
夜が来ていた
たとえばそれは
夜盗のように



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

何か書く

仕事をやめて、静養にはいったとき
ある友人が
「暇があるなら小説でも書いたら
書いて見せ合いしようじゃないか」と言ってきた。
どうせ何もできないのだし
もてあますくらいならその時間をつかって
なにか書いてみようかという気になってきた。

なに書こうかな。
結局自分のことしか書けやしないのだけどね。

にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

アレン・ギンズバーグ

僕は見た 

狂気によって破壊された僕の世代の最高の人間たちを

飢え 苛立ち 裸で 

夜明けの黒人街を腹立たしい一服の薬を求めて

のろのろと歩いてゆくのを 

夜の機械の 星々のダイナモとの 

古代からの神聖な関係を憧れてしきりに求めている天使の顔をしたヒップスターたち

ある者らは 金もなく ぼろぼろのシャツを着て うつろな眼でタバコをふかし

寝もせずに 湯も出ないアパートの超自然的な暗闇で 都市の上を漂いジャズを瞑想していた



(「吠える」第一部の三行)

諏訪優訳 『ギンズバーグ詩集』 にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

脱力をしよう

東京はもうずいぶん、雨が続いている。
膝も治さなければいけないし、憂鬱も消さなけりゃいけないし
人生の次のコースを設定しなきゃいけない、
いまのぼくにとっては好都合なのかもしれない。

雨がやめば、近くの公園まで歩いて行って
長い階段を、息きらしてのぼり
木々の呼吸にあわせて、ミストのような雨を浴び
うーんと背伸びする。
はあっと吐き出すのは、酸素と二酸化炭素以外の何かだ。

新緑や、散りかけてる花びらをみながら
ぼんやり、頭をからっぽにしたり
妻ちゃんにあーだこーだ話しかけてみたり。
雨足がつよくなってくればぷらぷら帰る。


主治医の先生は、とにかくしばらく休養しなさい、と言った。
何も考えるな、と言った。
だからもうしばらくは、何も考えまい。
日々カレンダーについていく×印の数も
なかなかの脅威ではあるけれど、
それにしたって、まずは一度、自分をからにすることからだ。

なかなか難しいけれど、やってみよう。
スポーツをやってたとき、ぼくは脱力状態を好んだ。
野球のバッターでも
サッカーのキーパーでも
水泳のクロールでも
剣道の試合でも
力が抜けていれば抜けているだけ、勝率が高かったと思う。
自分で驚くくらい脱力し、
ここだ、という時に必要な筋肉を緊急動員させる。
たしか、そうやってたはずだった。

こころでも、それができるはずなのだ。
いわゆるリラックス、というやつだ。
びっくりするほど、脱力してしまおう。
ここだ、という瞬間が必ずくるから。
それまでは、ダラダラーと。

にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

切断ダリア

このごろよく聴く曲。
ストロベリーソングオーケストラ。




「見世物」とみずから冠するだけあって
最初にヴィジュアルにはまった。
眼帯した白塗りの少女、
「ムチステ」、あるいは「スケキヨ」のような
顔面包帯ぐるぐるまきのヴォーカル。
このヴォーカルのデスヴォイスは、まだ伸びしろがありそう・・・
何回か見てて、後ろで歌ってるセーラー服の女性に目がいった。
月影美歌さん。めちゃくちゃうまいなあ、と。きれいな高音。すてきだ。
歌詞は、あんまり好きじゃないけど
とにかくこの美歌さんの声にはまっているのと、
あとは映像が好き。
最後の血まみれで高笑いする絵は最高。
ああいう心象になったときにみると癒される。

心が不安定な時
頽廃やグロテスクの美が
それを癒してくれることは否定できない。
少なくともぼくにとってはそうだ。

美歌さん。

にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

4-18

物憂い。
億劫。
倦怠。
何も手につかない。

昨日は元気だったなあ。
近所にあるじいちゃん(と先祖たち)の墓にいって
敷地内のネズミモチという木の剪定したり、
お客さんをつかむためのチラシ作りをしたり、
大粒の雨の中、自転車を猛烈にこいで帰宅したり、
疲れたのかな。
そんな程度のことで疲れてしまうほど
体が弱ってるのだろうか。

今日は朝からものすごい好天だったのに
結局夕方、妻ちゃんが帰ってくるまで
外出もできなかった。

はあ、とため息ばかりこぼれる。
もう、病気なんていやだ。
病気のない世界にいきたい。
言ってもしようがないことだけど
言ったっていいじゃない。

もう、病気なんていやだよ。




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

闘うより抱きしめるほうがいいのかい

ワタシノビョウキ

ああ、膝が腫れ上がって熱を持ち、歩くのにも困難で
どんな姿勢になっても痛み、酒を飲んでも痛み、
ただ座ってるだけでも痛いときに、
まわりの人はその痛みにきづかない。
まわりの人が悪いのではない。
腫れた膝はジーンズの中に隠れているのだし
痛みはもともと共有できないものだからだ。

それだけのことも伝えられない。
ましてもってうまれたこの感情の
コントロールのきかないこの感情の洪水の
くるしさ、つらさを、どうしたって伝えうるものじゃない。

接骨院の長椅子にねそべって
「膝のここがこのように痛いのです」というほど気楽に
心のこの部分が痛いのです、といえるのなら話は別だ。
そしてその捻挫なり脱臼なりした箇所を
ゴキンと威勢のいい音たてて
はめなおしたり、調整したり
とにかくなんらかの処置ができるのならばね。

「本日の降雨量は時間あたり3mmでした
明日は2mmの予想です。
今週末は晴れがつづきますので、お花見にはもってこいです」
そんな簡単な予想ができたらな。
本日の憂鬱量は8mでした
明日は大きなダムが決壊するほどの激しい憂鬱と
落雷にまじって大粒のひょうと涙が降るでしょう。
明日も生きていかれる方は、傘よりも「諦念」を携帯したほうがよさそうです。
週末にはさくらの花弁が散りまどい、あなたの寂寥を煽るでしょう。
お花見、うかれた人々、酒、たくさんの顔、千鳥足、裏道の吐瀉、
すべてがあなたの心にゲリラ的なかなしみとなって襲うでしょう。
そうするともうあなたはいたたまれなくなって、走り出すでしょう。
戦後観測史上はじめての規模の、爆弾のような怒りの台風のまっただなかへ。
外出の際には、踏切、高層ビル、水量のある川、猛スピードの車両などにより
誘爆される濃厚な希死念慮に、十分ご注意してください。


膝が治ってきて、すこし歩けるようになってきた。
痛みも減った。足しげく接骨院に通い、
静養し、かつリハビリしたからだ。
でも、同じころに悪くしたこの胸の内はいまだに
日々鮮血で真っ赤に染まり
夕方ごろにはたまらない憂鬱と、希死念慮がおそいかかり
夜にはすっかり憔悴しきっている。
それなのに
ああ!
それなのに!
明日もまた一日がはじまるというのだから!
明日もまた一日がすぎてゆき
明日もまた一日が終わるというのだから!


「もううんざりだ」と一人吐き捨てたところで
雲の上から見守ってるなにもないぜ。
神に悪態ついたって、そもそも神なんていやしないぜ。
もううんざりだって、つぶやいたって
破壊に奔る若さもないぜ。
もううんざりだって、つぶやいたって
自慰ににげこむ若さもないぜ。
もううんざりだって、つぶやいたって
何も楽にはなりはしないぜ。
もううんざりだって、つぶやいたって
この乱れ撃つ胸の動悸に
かなうほどの言霊じゃないぜ。


「治らない病気だ」と告げられたとき
しっくりきたんだ、胸の奥で、
何かがよいしょと座ったんだ、
それは小気味いい調子だったんだ、
存外、悪い気もしなかったんだ、
だって、それはあまりにも幼いころから
ぼくのなかに棲みついていたものだったんだから、
それが元気な時は、ぼくは記憶をなくすほど、
狂ったように活動してたよ、
それがふてくされたときは、ぼくは記憶をなくすほど、
狂ったようにふさいでたよ、
六歳のころも九歳のころも十二歳のころも十八歳のころも、
いつでもぼくはそうだったよ、
舞浜で働いてた時も、
八重洲で働いてた時も、
庭で働いてた時も、
いつでもぼくはそうだったよ、
だから「治らない」と言われた時、
ぼくはすこし安堵したんだ、
人と違うのは、「病気のせいなんだ」って、
でも楽になどなりはしないんだ、
絶対にね。
楽になんてならないんだ。
今まで何度も自殺しようと思った。
それを試したことも。
入院もした。
ODなんて、何度したかわからない。
使いもしない80万のテキストを買ったり。
莫迦みたいに交尾ばかりしていたり。
ドラッグに頼り、幻覚世界に逃げ込んだり。
でもそのたびに、苦い経験を積むたびに、
ぼくは闘病において成長しているはずだった、
そんなもの、どうやったら信じられるんだ?
成長だって?
治らない病気を抱えて、ほんの1mmの成長や退歩に
一喜一憂して莫迦みたいじゃない?

つくづく思うよ。
十代のころのぼくは賢明だった。
命を燃やし尽くしてさっさと死のうと、思っていた。
ひょうひょうとして、柳に風といった恰好で、
短編を狂ったように書きまくり、
昼から強いウィスキーをあおったり、
恋人はたくさんいたし、なにより詩人だった。
「風が優しかった」だけで、自殺の立派な理由になった。
そして、そうあろうと努力していた。


狂乱の道から、
あの大きな大きな大きな道に、
「普通」と書かれたあの道に、
「一般」と書かれたあの偉大な道に、
「平凡」と書かれたあの至高の道に、
なんとかたどりつこうと必死でもがいた。
もがいてはたおれ、もがいては転んだ。
それを記憶のさかのぼれる限り、ずっと、
ずっと昔からいままでずっと、
ずっと繰り返したきたのだ。
何度もくじけた。何度も投げ捨てた。
いっぱしの「社会人」になったと思えば、
すぐにアレが再燃し、暴発し、狂ったように破壊して、
気がついたころには、すべて、塵のように粉々にされて
ぼろぼろ、ぼろぼろと、いつまでも涙を流しながら、
その塵を指でかき集めては、
悔しさに歯噛みし、唇をやぶって血を流し、
自暴自棄になったり、もう一度挑戦したり、
してきたのだ。これまでずっと。


ああ!!!

何も変わりはしないのだ。
成長なんて、ぼくにはなんのかかわりもない言葉だ!
あれは!ただの言葉だ!
ぼくは言葉をもう捨てる!
だって、意味がないんだ!!!
ああ!!
脳髄のなかに、無数の花火が見える!
あおじろいいかづちが脳をさっと横切り
右から左、上から下にスパークしている。
はじけとび、衝突し、またはじけ、
積乱雲のなかはこうもあろうかというほど
奔放に狂い走るこの電流だけが、
今日からぼくの「言葉」だ!

語るのをやめる。棄てる!
見つめるのをやめる。棄てる!
動かされるのをやめる。棄てる!
希望を棄てる!将来なんて犬のクソだ!
夢想を棄てる!夢なんて見ない!


ただ、ぼくは、おれを生かせ!!
ここに今生きて息している
この老人のような、男を生かせ!
社会のためにおれを殺すな!
将来のためにおれをおびやかすな!
「当たり前」のために、おれを裏切るな!
「常識」のために、おれを慟哭させるな!
「世間」のために、おれを狼狽させるな!
いついかなるときも!
かなしくてヨレヨレだろうと、
くるしくてフラフラだろうと、
イライラいかりまくっていようと、
メソメソ鼻をならしていようと、
それがおれで、それでしかない!


話すな!
ほえろ!!!!!!!!
ただ吠えろ!

人語は棄てろ。
おまえに人間社会など生きていけない。

ただ、葛飾の、愛する下町のなかにだけ
自分の住処を見つけたのだから、
そこにひっそりとした穴ぐらを見つけたのだから、
その中でしずかに生きろ。
自分の言語を、見失うな。

おれは吠える生き物だ。
愛ささやく人間とは違う。
夢うたう人間にはなれない。

ぼくは吠える。






にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

自殺とぼく

いまもある

かつて、ぼくの心の半分以上を占め
常にぼくを悩ましてきたもの

ひょんなことからやってきては、
ぼくの喉笛をつかんで言葉をうばい
目玉をくりぬいて視界をうばい
手足をもぎとって身動きできない苦境まで
ぼくを追いこみ続けてきたものが

哄笑、あざわらい
罵倒、侮蔑
自殺への思念

ものごころついたころから
自殺はぼくのすぐ隣にいた

思春期に、死はやがてぼくにも必ずおとずれて
ぼくのすべてを不意に、強制的に
シャットダウンしてしまうということに
はじめて気づいたとき
(あの、ぞくりとくる、何物とも比較できぬ種類の
ひんやりした恐怖に、はじめて気づいたときにも)
自殺はぼくのそばにいた

ドラッグの影にも
名前もしらぬ女性の裸体の影にも
皮のめくれた拳に
えぐられた口内の肉に
真っ赤に充血した目玉に
首筋や腋を吹き抜ける春の風に
タンポポの綿毛に
白く細いうなじに
吠え続ける老いた犬に
その口元のよだれと泡に
サボタージュの昼に遠くから響く始業のチャイムに
壊れてしまったウォークマンに
ぼろぼろのスニーカーとちぎれたシューレースに
車輪の欠けたスケートボードに
どこかから聞こえるトランペットの音に
母の帰りの遅い日の台所の蛍光灯にぶつかるハエに
恋人の宝石のような歯並びとそれを包む唇に

かつてぼくは詩人であり
そして一度死んだ
詩人は、その魂の無垢のために死んだ
その青春の保全のために死んだ
ばかげた夢想のために
とほうもない嫌悪のすえに
厭世感と希望を両手ににぎりしめて
軽々と
急流に身を投げ、死んでしまった

天使の羽はもぎとられた

俗塵にまみれたぼくが
いま望むのは
青春の復活ではない
天使の詩を殺すためだ
青春の懺悔を裏切るためだ
少年というには老けすぎたし
老いたというにはまだ早い
こんな宙ぶらりんのブランコに
ぼくはあらん限りの速度を与えたい

年齢からぼくは自由だ
社会からぼくは自由だ
誰にも遠慮などするものか
生きるために書き
書くために生きる


それが終わったと思ったら
その時は自殺だろう
幼いころからずっとぼくのそばにいたのだ
何度も交通事故を起こしたけど死ななかった
ヤクザ者の事務所に監禁されても生還した
度重なるoverdoseも越えてきた
なぜなら
ぼくは自殺する運命だからだ

指の、舌のおもむくままに
語りつづける
奴がぼくの目の前にその姿をあらわし
ぼくをエスコートしてくれる日まで
生きていくのだ


日々、耳元でささやくような自殺願望がある
少なくとも20年近く、そいつと一緒に暮らしている








にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

笹口騒音

楽しいならやめちまえよ
こっちは血を垂らして
命を燃やして
死ぬ思いでやってるんだよ
楽しいんだったらもう
やめちまえよ

頼むから



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

何度目の春

膨れ上がった青空の向こうの春に
目いっぱい手を伸ばしてみているけれど
春は街路のあっちから
舌を出してあざわらうばかりだ

斜めにさす午後の光線の落とす影に
埋もれちまった春を掘り起こさんと焦るけれど
汗のにじんだうなじから
滑り落ちながら莫迦みたいに哂っているのがそれ春だ


春のサーカス団だ
空中ブランコの桜、さくら!
トランポリンの虫たち、むしたち!
仔をうむ野良猫に、のらねこ!
首つる狂人、はるがきた!
春のサーカス団がやってくる
名前のないこどもたちをたくさん引き連れて
この街を去る時には、きっとまた
青っちろい顔したこどもたち
きっときっと増えてるはずだよ


病にふして打ちひしがれるぼくのもとに
友から帰ってこいの便りが届いたけれど
背骨から出てきた不安の小人が
血まみれになって震え鳴きつづける携帯の真似してふざけている

さらさらと春の川の流れの見えるところに
座り込んでしずかに眺めていたいけれど
頑なにひきつった筋肉に傷んだ膝が
うんと手前の丘のベンチに座らせただ車の流れをみせ続けている

車の流れはさらさらと川みてえに流れて
中原の詩をうたう友川の声に合わせて
火をつけたタバコが煙をおどらせて
そのまま、春に溶けていくのか
そのまま、空になっていくのだ

胸の中の悲しみも
そっとひらけば
そのまま空になっていくのだ

そのまま、全部春に溶けるのだ




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

毛布【思い出し書き】

少年はナイフをもって立っていた
右腕は、あんまりナイフを強く握るから少々疲れてきていた
どっしりとした重みのある時間がもうだいぶ経っていた
少年は、自室の押し入れの前に立っていた
古ぼけた、みすぼらしい押入れのふすまの前、仁王立ち
大分汗をかいたのだ
両肩から蒸気がもうもうとわきあがり
月影の部屋に一種異様なまじない効果をもたらしていた

少年はかねてから計画をしていたあることを
この月夜に決行したのだ
それは大胆な犯罪で、そして苦労の末の表現のひとつだった
ナイフはドイツ製だった
殺傷以外のなにものも目的としていない
という雰囲気が好ましくて
少年はこれを買った
おかげで彼の貯金はまったく底をついたのだが
そのことさえ誇らしかった
ナイフを贖った苦労の分、そのナイフにいくばくかの価値が
さらに付加されたというわけで
それは大変喜ばしい誤算だったのだ

少年は勃起していた
押入れをぢっと凝視し続けながら
それを彼は恥と感じた
若さのたぎる隆起が
ジーンズのなかで死んだようにおとなしくなるまで
彼はいくらでも待つつもりだった
荒かった息もだいぶ落ち着きをとりもどし
股間の隆起もなんとかおさまった

彼は何度も逡巡を繰り返し
狭い部屋の中を右往左往していた
ぶつぶつと不明瞭な
言葉ですらないようなつぶやきをもらしながら

何時間、そうしていただろうか
開け放しの窓からの冷気に
彼の汗はすっかり冷えていた
はっとそれに気づいた彼は
押入れをサラサラと開けて
がっと毛布をひっつかんだ
そのとき、目があってしまった
押入れのなかの少女と

不覚!

彼は叫んだが、それは大気を振動させることはできなかった
のどの奥のほうで、猫のようにゴロゴロとなっただけだ
彼は左手に毛布をつかんだまま、右手に臨戦態勢を指令した
やつれたセーラー服をまとった憔悴の少女は
ぼんやりとうつろな目を半開き
彼を見るやら、その向こうを見るやらしていた
その対峙がまた数分の沈黙とともにあった

作戦の遂行
これはもう、まちがいなく絶たれてしまった
恐怖するでもなく、怒りをあらわにするでもなく
ただぼんやりとこちらの方を眺めている
この美しい少女に
ぼくは負けたのだ
彼はそう思った

六畳間の真ん中の畳に
その「愛用」の刀のようなナイフをどすりと突き刺し
少女に向けて毛布を投げた
彼女がそれを受け止めるのを見ると
彼は静かにふすまを閉じた

とりあえず朝まで休もう

通りまで走って行って
誰かに保護されるまで騒げば
すぐに少女は助かり
少年は逮捕されたに違いない
少年は莫迦ではないから
そのぐらいのことはわかるはずだった
それなのにうかつにも
彼はそのまま突き立てたナイフのすぐよこで
寝息を立てて眠りはじめてしまった

やがてしじまに少年の寝息だけが存する世界となった

そろそろとふすまを開けた少女はつま先立ちになって
玄関へひたひた歩いていき
そっとドアを開け、あとは一目散に駆け抜けるだけだった
けれど少女は、自分のかけていた毛布を
少年の肩からひざまでかけてやり
その半分に、自分もくるまりにいった
背中あわせで、だいぶ暖かい寝床になった



なぜ、少女が逃げださなかったのか
筆者には納得できない。
だいたい思いだしてみるとこんな展開だったろうけれど
感性がまるで違うから、いけない。
これは十五歳の時に、初めて書いた短編の
「思い出し書き」なのだ。
当時のフロッピーも存在せず、原稿もない。
たしか、少年と少女の間に一往復だけの会話があり
それがこの物語に妙な納得感を与えていたし
これを呼んだ友人も、そこがいい、という者が数人いたが
そこが意味わからん、という者とがほとんどだった。
その会話が、どうしても思い出せない。
まるで別人の書いたものを思い出そうとしているようだ。
好きな作家のものなら思い出せそうなものだが。
あの会話がどうしても思い出せないのだ。


にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

狂人静養日記

布団からはい出る、ずるずると
たばこを燃やす、マッチはどこだ
曇った頭は室内見わたす
ぐるぐると、ぐるぐると

ぐるうぐるう
眼球の動き緩慢に

ドアノブをごく静かにまわす
家人はまだ寝ている
猫は起きてる
ドアは芝居がかりな音をあげてひらく

ぐるうぐるう
さえない脳が動きはじめる

いたい空を見上げている
眼球からおかされて
肺腑までとどくような
ぶしつけな朝の直射日光を

狂う狂う
ほら、またあの声ですよ
聞こえるでしょう
ほら、また
狂う、狂う
鳥ですか
虫ではないでしょう
鳩じゃないですか
狂う、狂う
ほら、鳴いてます
鳴いてます

聞こえない声を聴くものはキ〇ガイぢゃ

狂う狂う
ほら鳴いてます
遠くであれが鳴いてます
いまにも狂うと鳴いてます
なんぼ鳴いてもせんなかろうに
いっそ…



みなわたしにやすめとおっしゃいます
せんせいも、ともだちも、やすめとおっしゃいます
ひるひなかにこんなにのんきに
にわにみずまいていたら
へんにおもわれないかしら
あいつは狂人だって
おもわれやしないかしら
そよかぜにさえおののいて
たいようのしたで
ぬすっとみたいなめつきして
いいえそれでもやっぱりいやです
入院だけはやっぱりいやです

みんなわたしにやすめとばかりおっしゃいます
あせってはならんとおっしゃいます
わたしあせってません
わたしあせってません
ただ、ただ、
いられないのです
じっとしてはいられないのです
いまにもむこうのかどのほうから
狂気がこっちをのぞくでしょう
そのときいまのままはだかでいたら
ああ
そうかんがえてみただけで…
じきにくるのでしょう
もうじきくるのでしょう
そこがひとつのわかれめでしょう
わたしがわたしをうしなうかどうか
どうかみていてやってください
どうかみていてやってください



ほら、また!
聞こえる
とおくで誰かの鳴くのが聞こえる
くるうくるうと鳴いている!




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

胎児の独言

死ぬことは誰にだってできるけれど
誰でもが生きられるわけでもないみたい
死にぞこないのように生きるのか
生きぞこなってみずから死ぬのか

死はいつか必ずおとずれるというけど
生は必ずおとずれるとは限らないと思うの
生きてもいないままに
死んでゆくことだってあると思うのよ

そんなこといくらだってあると思うのよ

わたしが生きているのは
まだ死んでないからだわ
でも死んだらどうなるのかしら
終わりの瞬間て、いったいどんなかしら

思い出も、消えてしまうのかしら
それとも、情念だけが残るかしら
それはまるで幽霊みたい
それなら、生きてたって死んでたって一緒だわ

情念だけがふわりふわりと歩いている
流行の服着たって、爪をはなやかに飾ったって
皮膚の下に臓物を隠しもっていたって
結局、機能しているだけで、生きてはいないわ

わたしもまだ、生きていないわ
胎児の夢のなかに生きているのよ
あら、どっかで聞いたフレーズ?
ドグラマグラかしら

夢の中とおなじよ
生きる前に死んでいくことも
眠る前に目覚めることも
生も死も


にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

異境へ

頭髪をかきむしると粉雪のようなものが
際限なく降りかかるようになって三日目に
人間として生きるとは一体どういうことだろうか
と、君は考え始めた

くわえた煙草の先に火をつけることを忘れたまま
誰にもおそらく見つけられないだろうものを
見つけてしまったつもりで軽く狼狽した君
それは街路樹の楓の葉先の天道虫だ

楓の新緑と新しい天道虫
新しい朝日と傾いた鍍金工場
工場のなかで汗を光らせ働く黒人
太い腕の先の手袋が煤に汚れても彼の肌ほど黒くない

無垢な悲しみを君はいまもっている
さみしさはだめだ、あれはもう汚れっちまった
君の場合、まだ純粋なのは悲しみだ
雨のように光さす破壊するばかりのノスタルジア

最後は頭を破裂させて逝きたいと君は言う
考え続けていると脳が熱をもってきて
そのうち曇った痛みが右目の奥のほうからきて
破裂を予感させるもののそこまで考え詰めたことはまだない



無益な散歩と言葉遊びに
少年の頃の青白いうたをよみがえらせる企みに
透明なタクトをふりまわしながら

社会からつまはじきにされた少年の
復讐劇を
この快晴の誠実な空の下に誓う





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

生きる術あるまい

ひよわで敏感なこのこころを
潰しにかかるノスタルジア

風が吹くまま明日を夢見る
明日などこの手にあるでない
どこまで探しに行ったとて
捕まるものでもあるまいに

ほっぺたふくらましながら
涙でうもるノスタルジア

みずから憐れと思うから
ますます憐れになっていくのだ
みずから憐れと思うから
病魔にすきを与えちまうのだ

鏡見やり、風の色見やり
生きてけないとつぶやくノスタルジア

懇願しても泣いてすがりついても
取り戻せないものがある
すすり泣き、いつまでも悔みながら
唇、噛み破り、昨日を呪う

決して前を向くことはない
失われた数え唄に啼く堂々巡りのノスタルジア

美化された歴史のきらめき
汚して汚しておさまりつかない散らかった現在
おそれの固まり、悪夢、悪夢、ああ未来!
わたしの体はメランコリーでできている

わたしのふるさと
失われた風に叫ぶ、張り裂けちまったノスタルジア






にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

中也の詩

春の日の夕暮  

トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです

吁! 案山子はないか――あるまい
馬嘶くか――嘶きもしまい
ただただ月の光のヌメランとするまゝに
従順なのは 春の日の夕暮か

ポトホトと野の中に伽藍は紅く
荷馬車の車輪 油を失ひ
私が歴史的現在に物を云へば
嘲る嘲る 空と山とが

瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮は
無言ながら 前進します
自らの 静脈管の中へです

中原中也




「自らの静脈管の中へです」
の一文に鳥肌がたった。
中也詩集 『山羊の詩』より



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

ほしいもの

なにも
ほしくはありません
目をごまかすものの数々
舌をたぶらかすものの数々
精神を嘲るものの数々
心臓を裏切るものの数々


なにも
ほしくはありません
とりたてて
なにも必要としていません
見栄
虚飾
怠惰
傲慢
無慈悲
軽蔑
この街にあふれるものの数々


なにも
ほしくはありません
誰をうらやましくもありません
先達の道標も
成功の秘訣も
清らかな精進も
芸術の悲嘆も
まるで舞台役者のような華々しさで
華麗におどりまわる人の数々


ぼくはただ見ています
生まれてからずっと
ただ見ています
そのことに、ただみているという事実に
ぼくは涙をこらえることがあります
それでもこれからもこうして
ただ見ているのだと思います

頽廃の精神を
無価値な価値を
踊り狂う人の数々を


なにも
ほしくはありません
ほしがるほどの何物も
この世界にはありません

それでも
強いて言うのなら
あの真昼の青い空にふうわり浮かぶ
あの残月がほしいです
あの残月の透明さがぼくにほしいのです
あの残月がほしいです



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

PISTOL

ピストルを握って
おい、なにを撃つんだ?

あっちには人が
こっちにも人が
そんな往来のまん真ん中で
なきっつら、うつむけて
おい、なにを撃つんだ?

鳥がおどろいて逃げていく
猫がおどろいて逃げていく
つながれた犬がおどろいて吠えている
その手に握ったピストルで
おい、一体、なにを撃つんだ?

友達も去っていくぢゃないか
恋人も去っていくぢゃないか
去れぬ家族が泣いているぢゃないか
なにをそんなに怒っているのだ
なにがそこまで悲しいのだ
おい、一体、なにを撃つんだ?

殺したいやつばっかりだ
ふくれっつら、唾はいて
ぶち壊したいものばっかりだ
容姿ばかりの美の痴呆
なんでこうも腹立たしいのだ
なんでこうも心むなしいのだ
おい、一体、なにを撃つんだ?

ピストルもって飛びだした
十五の夏は暑かった
かんかん照りの陽の下で
ぼくはこめかみにぶちこんだ
鉛のかなしみぶちこんだ
黄色い血液とびちって
ぼくの青春、息絶えた


おい、一体、次はなにを撃つんだ?
ピストルもって
人ごみにかくれる
狙いをさだめて
引鉄をひく
その瞬間を夢見ながら
ぼくのピストル棺桶で眠る




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

友川かずき×中原中也

わたしのBGM




(歌詞は追記に)
にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

裏切る春

待ちわびていた春の訪れの
歓迎会に遅刻したんだ
春はみんなにあたたかく迎えられ
みんなをあたたかく包み込んだろう

ぼくはあれほど待ちわびていたというのに
歓迎会に間に合わなかったので
気づけばもう春はすっかり知らん顔で
あたりまえのように町にあふれていた

野良猫にも池の亀にも蜜蜂にも
春はあたたかいその手を差し伸べているのに
歓迎会に間に合わなかったぼくには
どこかよそよそしい態度でいるのだ

四月はもう終わろうとしているのに
歓迎会に間にあわなかったぼくからすれば
まだ四月は始まってすらいないわけで
ぼくはまだ春の訪れを待っているというわけなのだ

一人
暗い部屋から
まるでサンショウウオのように
外の明かりをぢいっと見つめているのだ

外には四月の光が惜しげもなくあふれているのに
ぼくには外に出かけるだけの理由という権利がない
仕事にまだありつけず、いや、それだけの気力もなく
ただ薄暗く涼しい家の中から春の光をうかがっているのだ

ときおり四月は玄関からのそりのそりと侵入し
廊下をしずかにあるいて台所までやってくる
ぼくはあわてて煙草をもみ消し
目をあわさぬように急いで布団をしいて隠れるのだった

ぼくを狂わせるもの春
ぼくを待たせるもの春

何かを待つこと大嫌いなぼくに
春はその訪れを待たせるけれど
いつだってそれは裏切られてばかり
春がやってくるより先にいつもぼくの気がふれる

ぼくを狂わせるもの春

ああ四月
四月はもう、うしろ姿
そのかすかな足跡さえ追いかけられたら
その肩に手が届くかな
そして和解の意をこめて
その頬にくちづけできるかな





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

黒い服

あいつはいつも黒い服きてる
晴れた昼でも、祝いの日でも
全部の色たせば黒になるって
いまでも本気で信じてる

赤い服きるの恥ずかしい
黄色い服きるの恥ずかしい
青い服きるの恥ずかしい
白い服きるのおこがましい

あいつはいつも黒い服きてる
いつでも喪服きているみたい
あいつはいつも黒い服きてる
今日が葬式でもいいように
あいつはいつも黒い服きてる
今日があいつの葬式になってもいいように




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

日記4-29

病気が何かを与えてくれてるという発想は
嫌いじゃないです。
でも、何かを奪っていってること、これは
間違いない事実なんです。
時間もそうだし
人間関係もそうだろうし
お金もそうだし
人生設計もそうだろうし。
感謝はできない。
いつかできるのか、そもそもしたいと思うのだろうか。
病気はやはり病気でしかないのじゃないか。

病気とはそもそもなんなのか。
正常じゃないということだろう。
体温が平常より高いとか
関節が平常より曲がらないとか
遺伝子レベルで平常じゃないとか。
ぼくの精神疾患の場合
脳内伝達物質が、平常じゃないのであって
それは「あたまがおかしい」という意味ではないし
「あたまがわるい」という意味でもないし
「きちがい」ってことでもないのだと思う。
単に、平常じゃない。
平常じゃない、というのは、言い換えると異常ということ。
異常というのは、多くの人や場合と違う、ということ。
やや違うのか、大きく違うのか。

平常な人は、脳内伝達物質の異常のせいで襲ってくる
メランコリーをしらないのか。
それはなんとも、爽快な気分でいられるのだろうな。
でも平常な人にもイヤなことはあるし
イライラしたり焦ったりもするだろう。

先日も居酒屋で聞かれたのだが
返答が長くなりそうなので答えなかったのだけど
つまりこういうことでしょう。

イライラも、焦燥も、暴力的怒りも
メランコリーも、希死念慮も、
すべての人に起こりうる「状態」だけども
平常な人はそれに必ず原因があるのでしょう。
会社が倒産した、とか
妻子が出てった、とか
恋人が死んでしまった、とか。
平常でないぼくらは
それがなんのきっかけも前触れもなく
いかなる脈絡も無視して強引に
ある時、突然やってくる、ということでしょう。
友人と酒酌み交わして冗談いって高笑いしてる最中にも
メランコリーに襲われて死の夢をみるのです。

それがぼくらの病気だ。
そうして、それが、それだけのことなんでしょうね。


久しぶりの友人たちとの酒席のあと
なんとなく、そんなことを考えていました。




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

溺れる

底で溺れてる魚のぼく
肺呼吸だけではもう
どうにも間に合わないようで
つまり部屋の底で溺れているのです

底抜けにダメな男のぼく
貯金もないし売るものももうない
それなのに古ぼけた詩集を抱いて
部屋の底にただ溺れる魚です

もがいて暴れればなお苦しく
しずかにあきらめてぢっとして
頓服の安定剤をかっと飲んで
あとは窒息の苦しみとにらめっこだ

部屋中の酸素がよどんで
まるで泥のように感じるとき
すこし冷静になれたならよく見てみるといい
よどんでいるのはそれぼくの肺腑だろうよ

底で溺れてる醜いぼくを
掬ってくれるのはいったいなにか
薬か、睡眠か、それとも死か
死ぬまで溺れ続けるのなら
こっちもそうだ
死ぬまであがいてやろうじゃないか

部屋の底に沈みひとり溺れるぼく
底を抜け出す名案とてもたないが
ぎりりとにらみ唾を吐く
それだけの準備はできましてそろ
いざ、いざ、いざ
死ぬまであがいてやろうじゃないか




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

コップの春

コップに春をコポポコいれて
銀のスプーンでかきまわしている
撹拌された春の香りが
朝の途方もない憂鬱にかおる

毎朝、妻の胸をかりて
赤子にもどる儀式する
とても生きていけはしない世の中に
今日も船出するのだから

1、2、3、秒目を閉じて
妻の細いわき腹に手をまわし
その背中で手のひらを組んで
1、2、3、秒赤子に戻る

コップに春をかきまわす
アンニュイとメランコリーがごっちゃ混ぜ
表に浮くのは滑稽な空想の花
朝の途方もない憂鬱にむせる



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

とりとめない夜の話

トランキライザーを一粒
床におとしちゃった夜
暗闇の中はいつくばって探すより
電気をつけて眼鏡をかければよかったのかもしれない

でも往々にしてそうだろう
方法はいつも間違いで
言葉はいつも過ちて
行動はいつも誤解だらけだ

はいつくばって探しても
いくらさがしても見つからない
小さなトランキライザー一粒が
ぼくにこうまでさせたことが
それが悔しくてたまらなかった
あまり悲しくて仕方がないので、笑った




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

斎藤庸一

死ぬってなんだや
(なんだがな)
わがんねか
(わがんねえ)
バカなごった
(バカでねぐなるごったよ)
そうか ありがてえな
(眼ば 見えねぐなっと)
まっくらだあな
(耳ば 聞こえねぐなっと)
せいせいすべえ
(歩くこたねえ)
なんぼか なんぼか いいごった
炭しょって薪しょって
山道のぼりくだりはこりごりだ
(手もうごがねえ)
そうが 夜なべして藁ぶつごたねえな
麦も稲っごも刈っごとねえな
(そだ まんま食わねがら
まんま焚ぐおかかもいらねだ)
おかかは死んでもいっぺて!
(どしてだ)
仕事させねで いいべべ着せてや
あめい栗の花さぐ山ん中でな
おら 死んだらな
のんべり湯治さでも連れてくべ
そうしてはあ
めんこくめんこく 抱いてやっぺよ。

「死」
斎藤庸一



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

リンク

Welcome!

OfficeK

応援おねがいします

ブロとも一覧

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。