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date :2015年03月

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「いつかする」 はしないと同義 by石川浩司

今週もなんとか無事に終わった。
東京千葉は雨が多くて
仕事では泥だらけになるし
メンタルのバランス維持も一苦労したけれど
いまこうしてゆっくり振り返れば
いいほうだ、と思える。
苦労を買ってでもしろとは、いい言葉だと思う。
つらい時期を思えば、多少のでこぼこ道はなんでもない。
むしろそのささいな凸凹にいとおしさを感じないでもない。

今週のでこぼこは、「人間関係」だった。

ぼくらの仕事は
ガテン系と呼ばれる現場仕事は
ぼくが思うにチームワークで成り立っている。
一人ではできないことがあまりにも多いからだ。
十数メートルある木を植えるとき
何十メートルも続く舗装をこさえるとき
何十キロもあるものをかつぎあげるとき
レインボーブリッジも、スカイツリーも
そうした人と人の手で作り上げられているんだ。
ぼくらの目にするほとんどのものが
そうしたチームワークの中で生み出されたものなんだ。

よく、「人づきあいが苦手で」といって
この業界に入ってくる人がいる。
おおきな誤算だと思う。
一人親方という言葉もあるし、職人はひとりコツコツと
というようなイメージもあるんだろうから
勘違いしやすいのかもしれない。

そうした人と、一緒に仕事をする中で
(今週がとくにそうだったのだけど)
本当に難しいなあ・・・と思った。
怒りを、露わにしないことって。
自分勝手に動いて、そのせいで現場全体の
士気をさげたり、工程を遅らせたり
そうしてそれを会社や環境のせいにする
そういう人たちと、笑顔で接するのって。
昔のぼくなら、即ケンカだった。
自分を「正しい」と思って、正義と称して。
でもいまのぼくにはそれがもうできない。

だって、ぼくはできれば、どんな相手であれ、
ひとしく、へらへらしていたいからだ。
「何十憶といる人類のなかで、この一人くらい」
と、鼻歌まじりで許容できるような
でかい男になりたいのだ。
「あの人の悪いところはこういうところだ」と
他人を評価したり、
「あいつのせいで工期がおくれた」と
他人にだけ責任を求めたり、
そういう男になりたくないのだ。

一週間、考えた末の
ぼくの今日の行動は、まったく
ぼくを失望させ、落胆させた。
相手が正しいとか誤ってるとか
ぼくが決めることじゃないんだから。
チームワークって、ファシズムのことじゃなくて
本当にがっちりと手を握り合うことなんだから。

ぼくは怒鳴ったんだ。
いつもへらへらしてるぼくに怒鳴られた同僚は
さぞ驚いたと思う。
彼は今日、あまりにも周囲を無視したスタンドプレーを続けていて
現場の足並みはぐちゃぐちゃになっていた。
職長は「もういやだ」と言わんばかりになっているし
その同僚は「ひとりで仕事している」気になっているように見えた。
ぼくはその間にいて、なんとかバランスを保とうと
終日、神経を使い続けていた。
その時に、その同僚からあまりにもマトのはずれたツッコミを受けた。
彼は焦っていたんだ。
受け止めてやればよかったんだ。
でもぼくは怒鳴った。
「物には順序だよ、ひとりで慌てて、お前が忙しくしちゃってるんだよ」
そういう思いを、大きな声で言った。
同僚は、そのとき、はっと動きを止め
聡い頭で何かをキャッチしたらしく
それからは声をかけあって、協力して
なんとか今日の分の仕事を終わらせることができた。
職長は喜んでいた。

帰りの車中でも、ぼくらはすっかりいつも通りだった。
笑顔で話し、今日の振り返りもした。
誰もぼくの怒声にはふれなかった。

ぼくは、誰が正しいとかなんて、考えたくもない。
ただ、自分に過ちがあることを、認めた。

皆が帰り、その同僚と二人になった時に
誠意を込めて、謝った。
「今日はごめん、一度、がなっちゃって」
同僚は驚き、それから泣きだしそうな顔で
「おれのほうこそ、なんだかテンパっちゃって・・・」
と弱々しく謝った。
ぼくが手を差し出して、同僚がそこへばちっと手をあてた。
絆っていうのは、ほころぶものだとしても
そのたびにこうして繕えば、きっとつよくなれるし
そこにチームワークの本当の意味が
あるんじゃないかって、感じた。


人間にある、喜怒哀楽。
喜びを配るような人になりたい。
怒りは風に吹かせて飛ばしたい。
悲哀は心の隅にそっとしまって
みんなで楽しく暮らしたい。
当たり前のような
とても難しいような
そんな生き方をしたい。

いつか・・・


って、
ちがう、ちがう。
違うんだよ。

いつかやる、って
そのうち、たぶんって
それは明日の自分に責任転嫁してるんだよ。
明日の自分は、明日になったらいまの自分なんだよ。
だから
「いつかやる」は、「いまやらない」ってことで
いまやらない」ってことは、やらないってことだよ。

なんで、今日できないことが明日ならできるって思うの。
明日にはできるようになっていたいのなら
明日はじめちゃ遅すぎるでしょう。
この人生でそうありたいなら
いまはじめなきゃ間に合わないんだ。


この一週間、別の仕事仲間の
無責任な仕事ぶりに振り回されてきて
心身ともに疲れてしまって
もう人づきあいなんて!と思いかけていたけれど
今日の帰りにがっちり交わした握手は
自分への誓いにするには十分だ。


反省の上に、成長がある。
ほめられて伸びるのはハナだけだ。
今日の反省を、今日ここから活かしていこう。
明日に、笑顔で暮らせるように
いま、ここから、はじめよう。


できれば死ぬまで
だれにも怒りをあらわにしない
そんな生き方がしたいので
(笑われようと、無謀と馬鹿にされようと)
そうあるようにいまを生きます。



これでいいのだ(∩´∀`)∩



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魂を慰めてくれ

友川かずき
「無残の美」

鉄道自殺した、詩人・及位覚は
友川さんの実の弟です。
詩人といっても、詩で食べていた人ではなく
むしろ詩によって、さらに奥深くまで
死に誘い込まれたのだと思います。
覚さんが自殺したのは、阪和線富木駅南一番踏切。
肉親の誰もが目をそむけ「見ないほうがいい」という制止を拒み
ばらばらになった弟を直視し、受け止めた友川さんは
やっぱり本当にやさしい人だ。

ぼくはこの1週間、仕事を休んでいる。
月曜の昼、降り出した雨で現場は終わり
ぼくは大きな無念と、ひとりではどうにもできない怒りを
はらわたに抱えて帰宅した。
そこから、いままで
まるで夢の中にいるようにおぼろげな自分と
つぎつぎ沸いてくる不安と、恐怖と、
自殺への衝動と
闘っていた。

ずっと続けていた筋トレもダイエットも勉強も
ひとつ、「うつ」がやってきただけで
スタートライン近くまでひきもどされる。
まるでそこが自分の定位置であり、
そこから一歩も動いてはいけないのだ、と
言わんばかりに。
ぼくの努力をあざ笑うかのように。
でも、何もかもが手につかず
終日布団の中にいるしかない。
そのことがまたぼくを悲しくさせ
「うつ」に拍車をかけるのだ。

ぼくはいま
世界のすべてを呪っている。
世界というのは、ぼくの頭の中のことで
この狂った頭の中の脳髄に
ぼくは怒り、あきれ、泣き、すがっている。

勘弁してくれ。
もうほっといてくれ。

なにもかもがいやになるのは病気のせいだ。
わかってる。
世界から色を奪っているのは病気なんだ。
わかってる。
誰もが憎く思えるのは病気のせいだ。
わかってる。
でも、「その世界」を見た後に
見なかったときのようにふるまえっていうのが
難しいのだ。
歯噛みして、心の出血に耐え、身震いして
明日をにらむしかないのだ。
いまのぼくには、なにも見えないのだ。
それでも、明日のほうを向いて
頭を抱えながら、笑顔の練習に挑むしかないのだ。

じゃなけりゃ
死ぬしかない。
でも、ぼくは自殺をしないと決めた。
だから、生きるしかない。
死ぬつもりで、必死に、生きるしかない。

懸命に生きてるぼくを笑え。
おかしな脳みそを笑え。
人が笑って過ぎる平坦なところで
いとも簡単につまずき、転び
わめきながら血を流しているぼくを笑え。



体を休ませるのか
心を休ませるのか
それとも魂をやすませるのかよ
慰めてほしいのはどれなんだよ
魂なんだって?
誰がそんなことできるのだよ

友川かずき以外に





「無残の美」





詩を書いたくらいでは間に合わない
淋しさがときとして人間にはある
そこを抜け出ようと思えば思うほど
より深きものに抱きすくめられるのもまた然りだ

あらゆる色合いのもののあわれが
それぞれの運を持ちて立ち現れては
命脈を焦がして尽きるものであるとき
いかなる肉親とて数多の他人の一人だ

その死は実に無残ではあったが
わたしはそれを綺麗だと思った
ああ覚
いま木蓮の花が空に突き刺さり
かなしい肉のように咲いてるど

阪和線富木駅南一番踏切
枕木に血のりに染まった頭髪がゆれる
迎えに来た者だけが 壊れた生の前にうずくまる
父 母 弟 兄であることなく

最後まで自分を放さなかったものの
孤独に割り引かれた肉体の漂泊よ
水の生まれ出づる青い山中で
待つのみでいい どこへも行くな
こちら側へももう来るな

その死は実に無残ではあったが
わたしは綺麗だと思った
ああ覚
そうか 死をかけてまでやる人生だったのだ
よくぞ走った 走ったぞ
無残の美






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断片、わらえれば

ぼくは全身が腐ってぐずぐずに溶けていくのを
なんとか阻止するべく
台所にほうりなげてあった果物ナイフで
ぼくを断片的にきりとって捨てていくことにしました。

あの夏、あの冬、あの春、あの秋
それから
あの雨天、あの晴天、あの曇天、あの嵐の日に
見た
ぼくの断片を
えぐりとり、たたきつけ、ふみにじり、
ここにさらして、びかびかに乾くまで放置し
眺めて笑ってやろうと思うのです。


活かす死、殺す生。


あの夏。

ぼくは植木屋でした。
彼もまた植木屋でしたが
彼はそれ以外に様々な顔を持っていました。
ブレイクダンスができるし
スケボーもスノボもできるし
ギターも弾けるし、幼少からピアノをやっていたから音感も冴えてるし
黒人ばかりのバーでプロ顔負けのダーツの腕も披露してくれました。
ぼくと同じ中卒で、年も2つくらいしか離れていないのに
あらゆる職種を経験し、各地を放浪して様々な体験を積んでいるのです。
バッグ一つでヨーロッパを縦横無尽に旅するなど
ぼくは考えたことすらありません。
そんな彼が、小笠原のちいさな島から、
生まれ故郷のU市に帰ってきて植木屋をはじめたのです。
それでぼくはいま、彼と一緒に働いているというわけなのです。

彼との最初の接点は「植木屋」
その次が「シュールな言葉遊び」
二人して、でたらめな言葉でもって無理やり
会話を成立させようと遊ぶのですが
これがほんとにおかしくて、おかしくて。
それでだいぶん、仲良くなったのです。
その次が「死生観」でした。
これは接点というより、逆ですが。

あの日は、空気を重く感じるほど暑かった。
毛布を何重にもくるんで肩からかけて歩くような
「暑い」を超えて「重い」のです。
ぼくと彼は、二人で軽トラに乗り
現場から次の現場へ、移動していました。
相変わらず馬鹿な話で、げらげら笑いながら。
丸太のような腕を褐色にもやして
シャツをまくり上げ、トラックのエアコンを最大にして
夏を謳歌するように。
その時、彼がぼくの病気について尋ねてきたのです。
ぼくはわかりやすく簡単に説明し、
自殺への衝動と、自殺未遂の話もしました。
彼はそれを否定しました。
彼は日本国内でも事例の四件しかない
難病にかかっていたのです。
それも10代の遊び盛りのころに。
そのころ、ぼくは自分が何をして暮らしていたか
思い出そうとしましたが、恥ずかしいのでやめました。
彼で5人目であるこの難病は生存率が極めて低いもので
4人中3人の方が亡くなっていたのです。
彼が生き残ったことで、生存率は変わりましたが
それだけではなく、彼のその後の生き方をも
変えたのではないかと、ぼくは思いました。

後日、とある駅前で朝までふたりで呑んだときに
その病気のとき彼の母親がどれだけのことをしてくれたのか
泣きながら教えてくれました。
いつでもふざけて笑っている彼が
親子丼のたまごの上に、ぽたりぽたりと
涙を落しながら、生きててよかった、
生きているのは母ちゃんのおかげだ、と泣いたのです。
結局その親子丼は、二人とも、夜が明ける前に
どこかの路地裏に吐いてしまったのですが
それでもあのときのことは忘れることができません。

だから、死ぬなよ。
死のうとするなよ。
と彼は言いました。
その真心の、あたたかい人間の言葉を前に
ぼくはなんだかうれしくなり、そうだね、とは言いながらも
決して伝えきれぬものがこのぼくの病気にはある、と
心の中でうちひしがれていました。
彼は生を賛美し、適当を愛し、死を純粋に恐れています。
ぼくは違います。
生は、ぼくを苦しめる原因であり
死は恐怖ではない、ということです。
死ぬことは怖いが、生きるほうが苦しい、という日が
その逆の日を圧倒しているということなのです。

真夏の炎天下、どこまでも日焼けした腕やほほ、
流れ続ける大粒の汗に、きらきら輝く濡れた髪、
はてしなく突き抜けるような、馬鹿みたいな青空の下で
ぼくらは本当に神の子の兄弟のように、笑った。
30歳にして、無垢が帰ってきた。
15歳の時、山梨の、山奥深くに捨ててきたあの無垢が
帰ってきたのです。
ぼくは無垢を抱きしめ、撫でてやり、そいつに顔をうずめて
大声で泣き出したくなるほど、うれしかった。

でも、わかりあうなんてことは
結局は幻想のようなものなのです。
こと、このぼくの病気に関しては
誰にも伝えられぬし、わかってもらえないのでしょう。
彼と過ごす時だけ、ぼくはぼくの病気を忘れますが
結局はいつもと同じ時間に薬を飲むし
無理をすればすぐに鬱に呑みこまれる。
その時も彼はあの生命賛美の楽園にいるけれども
ぼくは一人、失楽園に鳴くのですから。

彼の生への賛美が
美しい旋律でぼくの胸に迫ることは事実です。
そうあれたら、と思ったことも白状します。
挑戦もしました。
でもやはり、ぼくには生を賛美するなど、できないのでしょう。
この一刻、懸命にいきることだけで必死です。
障害物競走のように次々襲ってくる段差を
正確に見抜き、飛び越えたり、くぐったりするのです。
失敗すれば転ぶだけではなく
スタートラインまでひきずり戻されます。
ならば、走り出すことも、もしかしたら無駄なのかもしれません。
じっと、スタート付近でじっと、待っていればいいのかもしれません。
この生の終わりだけを、ただ、じっと。

それは、ゆるやかな自殺。
生きる苛烈に、身を焼き焦がして
煩悶する日々の何がいいのでしょう。
何をするにも、ぼくは人よりうまくできない。
ぼくは、生を賛美するだけの根拠をもたない。

それでも
それでも
それでも、彼と出会ったことで
ぼくの人生観はかわり
笑うことが増えたのです。
それはそれだけで、よしとしようじゃないか
そう思うのです。


笑えるなら、それがどんな状況であれ幸せなのですから。
さあ、笑いましょう。
病気の渦のまんまんなかで
呵々、笑いましょう。
さあ、笑いましょう。
けなげで、みにくい、くさりかけの
自分を笑ってしまいましょう。



全部、なかったことにしてください。



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断片、同根異株

物心ついたころから、と人は言いますが
ぼくはその物心というものがよくわかりません。
何も考えず、ぼーっと生きてきたせいでしょう。

小学校で「将来なりたいもの」という作文を書かされた時も
いったい何のことを言っているのか、
やはり見当もつきませんでした。
ぼくはぼくじゃない別の何かに
ならなくてはいけないのだと、うっすら恐怖を覚えました。
みな、野球選手とか、ケーキ屋さんとか
お医者さんとか、学校の先生とか、いろいろ書いていましたが
ぼくは何も書けませんでした。
なんでもいいから、と教員にうながされて、
ぼくは友人と同じ「野球選手」にしました。
なんの意味もない作文だと感じました。

将来なんて、考えもしなかったし
明日のことだって考えていなかった。
ただ言われるままに学校に行き
遊んだり騒いだりは、その日の気分で
勉強したりしなかったりもその日の気分でした。
成績はいつも優秀でした。
勉強は面白くもあり、無意味にも感じられました。
分数の割り算、掛け算で、
はじめて教員とけんかしたと思います。
こういうことだから、それを覚えなさい、といわれ
こういうことってつまり何ですか?
と聞き、答えられない教員に、叱られました。
そういうものだから、覚えなさい、テストに出るから、と。
まったく、意味が分かりませんでした。

友達は多かったと思います。
今では一年に一度会うか会わないかという頻度の
でも会えば楽しくてしようがない、という友人が2人と、
もう何年も会ってないけどたまに無事を確認しあう
15歳からの腐れ縁が1人、あるばかりです。
小学校のころは、いつも輪の中心にいました。
リーダーというつもりはなかったけれど
その輪の連中で悪さをしたとき
叱られるのはいつもぼくだったから
はた目にはそう見えていたのでしょう。

ぼくの記憶にはふたつのぼくがあります。
友達をひっぱって、中心になって、町内を遊びまわるぼくと、
おばあちゃんの部屋でひとり毛布をかぶって
毛布の中で洗濯バサミをつかって人形劇をしているぼく。
その人形劇はいつも最後は凄惨な殺人事件でおわり、
出演者全員死亡というケースが多かったの覚えています。
観客はぼくひとりであり、しかしぼくも出演者のひとりでした。

そのふたつの記憶、
どちらかが本当で、どちらかが嘘なのでしょうか?
あるいはその両方が、本当だったのかもしれませんし
どちらも嘘の記憶かもしれません。
記憶というのは、あまり信用できません。

父母をあまり好きではありませんでした。
父は酒に酔うと乱暴するし、読売ジャイアンツが負けると暴れます。
ぼくはいまだにジャイアンツが大嫌いです。
それでも、作文に「野球選手」になりたいと書いたころには
必死で好きなふりをしていました。
仕事にいく父の足にすがりついて「行かないでー」と
駄々をこねたことは、今でも家族の語り草で
ほんわかした印象の思い出話になっていますが
それをぼくは計算づくで行っていた可能性があります。
そうやってかわいい、と思わせれば、ぶたれないかもしれない。
そうやってかわいい、と思わせれば、夫婦げんかもなくなるかもしれない。
母は父と違って、社交的で、仕事が好きで、年中うちの外にいました。
ぼくは首から鍵をぶら下げているのが当たり前でした。
おばあちゃんは三人姉弟のうち、ぼくだけをかわいがりました。
姉も、妹も、おばあちゃんとはあまり仲良くありませんでした。
おばあちゃんと母は、とても仲が悪く
よく、ぼくごしにけんかをしていました。
夫婦げんかも多く、そのたびにぼくは
消えてなくなりたいとおもっていました。
父は急に怒り、暴れる人でした。
後年、ぼくもそういう性格になっている自分をみつけ
嘔吐するほど、自己嫌悪に陥りました。
ある日、けんかもクライマックスにはいり、
ついに母が家を出ることになりました。
追い出す父は、タンスから母に向けて物をなげました。
それはほとんどが母の下着でした。
母に対して性的な疑惑を父が持っていたのは明らかでした。
年の離れた妹が、その時うまれていたかどうか、覚えていません。
ただ姉が母に手をひかれ、家を出ていく姿を見ました。
ぼくは追いかけていき、駐車場で母を説得しましたが、母からは
ついてくるな、あなたは残りなさい、と言われました。
このときぼくは、母に見捨てられた、と感じました。
泣きながら家に戻ると、今度は父に
お前もでていけ、戻ってくるなと言われました。
ぼくはそのときから、孤独なのです。

父は糖尿病をわるくして、もう他界しました。
今では尊敬していますし、いまわの際には
きちんと愛していることを告げました。
母は今でも元気です。毎年母の日には感謝をこめて
贈り物をしています。
もちろん、父が死ぬまで母は添い遂げましたし
晩年の介護は大変だったと思います。
愛人の存在も発覚したりしましたけれど
それでも最後まで離婚はしませんでした。
だからぼくも、親なし子にはならなかったのです。
表面的には。

時間が、
いろいろなことをうやむやにしています。
よく人が言う「時間が解決するさ」という表現は
ぼくからすると、うやむやにしているだけなのです。

小学校低学年で、両親から「向こうへいけ」といわれたぼくは
その時から、親なし子でした。
自分は必要とされていない、ということがわかったのです。
その時と、そのあと、都合二回、母は家出をしていますが
そのたび、ぼくだけは学校を休み
隣県の伯父のもとへあずけられました。
そこでもぼくは、ただ終日もの憂くだらだら過ごし
もうなにがどうなってもいい、と無関心になっていました。

父の仕事の都合で、2,3年に一度引っ越しをしました。
「転校生」というのは多くの人から見て
外からくる別種の刺激的ななにか、でしょうけれど
ぼくにとってはぼくのことであり
なんら刺激的ななにかではありませんでした。
友人との付き合いも、2,3年の短い賞味期限のようなものが
ちらほらと見えたので、どうせ別れるなら、と
親友というものを必要としなくなりました。
東京から、浦和へ、それから市原へ、そして甲府へ
小中学生にとっては、海外ほどの距離感のある引っ越しで
たまに遊びにもどっても、ぼくだけとまった時計を持っているようで
とても一緒に遊んでなどいられませんでした。

学校の教員は、ぼくが年を重ねるにつれ
とても醜く、怠惰な生き物に見えはじめ
嫌悪を募らせていきました。
だって、ぼくらはまだ肉の若さを保っていたから。
大人が醜く見えるのは仕方がありません。
反抗の芽が、12歳ごろには立派な花を咲かせました。

ぼくは常に怒り、人を寄せ付けず、
何かあればすぐに怒鳴り、わめきちらし
暴力をふるい、だれかれ構わずけんかを売りました。
とくに教員には、殺意さえもっていました。
「悪い仲間」が集まってきて、一緒に悪さをしても
ぼくは別に彼らを仲間とも思っていませんでした。
天気のようにころころ変わる、そんな子供だったのです。

早く死にたい。
そういう言葉をつかい始めたのも、このころでした。

常に何かに怒り、と同時に深く悲しみ
いや、怒りと悲しみは同根なのでしょうけれど
すきま風のふくやせた胸を抱きしめながら
触れる世界すべてに、威嚇しつづけました。
やがてそれにからめとられるとも知らずに
なんとも愚かで、滑稽で、世間知らずな子供でした。
どこの高校へ行くかとか、周囲がそんな話をしだしたころも
ぼくはその「未来」とか「将来」とかは信じられず
進路相談など一度も出ませんでした。
教員に相談する必要などありませんでした。

ぼくは、とびっきりの悪者になりたかった。
それはしかし、やくざでもなく、政治家でもなく、警察でもありません。
それらを意に介すことなく、平気で生きていくほどの
極めつけの大悪人です。

ぼくは大ウソつきになりたかった。




いや、もうとっくに、大ウソつきだった。
ぼくはずっと嘘ばかりついて生きてきたのです。






恥ばかりを重ね、どんどん汚れて
かつて罵倒した大人に、どんどん似てきて
早く死ななければ、といいながら
いけしゃあしゃあと生き延びて。

ぼくはほんと、大ウソつきです。





全部、なかったことにしてください。



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脳内散歩

バランスを失った心が

孤独に転び
ごろごろごろところげおちる

悲しみに転び
その羽をかきむしる

怒りに転び
突き立てた爪から
はずかしいほど赤い
血が
飛び散る、しぶきをあげて

心のバランスを失えば

何もなくなるまで
時間はみじかい

風はなにも笑わない
痛みは尽きるようで尽きることがない
恐れはあっちの地平から
羊飼いのようにやってくる
大地には一握ほどの希望もない
雲が、空を、低く偽装し
絶え間ない雨にもみえるそれはまぼろしだ
みんなうそで、でたらめだ

頭の中にある
きこりの小屋の
真ん中のてーぶるにおかれた腕は
太いその腕はいまもなお
なにかをつかもうと緊張している

ずっと続いているこの行列が
いったい何に出くわすのか
並んでる人たちからは察せられない
実際、尋ねてみたところで
彼らがそれを知っているとは思えない

むしけらの悲鳴が聞こえた

ぷち
ぷち

そうして踏まれたぼくらの家族は
あくせく働く泥の中の蚯蚓に似て
明け方の空をすべるようにおちていく
母さんのえぷろんを燃やすみみずく

よろこぶためだけの宴会
ぼくはかなしみが限界を超えそうだ
限界はこえるためにあるとか
なんとか、かんとか、わめく鴨たち

うしろの髪にかくれているのは
日本銀行のめも用紙だろうか
みえない神の手が見えるのなら
それはもう盲目のザトウクジラの座礁と一緒

はかなく塵塗る
誰もここには帰ってこない
明け方の空をわめきながらのぼってくる
ヤギの顔した数多の小坊主

殺伐、殺、伐、殺伐、殺、伐、
ああきこえる天使のはばたき
絶望のわいんぐらすを満たすのは
母なる海のひとしずく

夕暮れ時に下駄がなる
小僧はとっくに東京の
花の飾りの下あるく
牛とかの革の靴履いて

夕暮れ時に下駄が鳴く
夕暮れ時にかっぱがおどる
庭いっぱいの胎児たち
へそのひもをひっぱり遊ぶ

かごのなかのぼくらは
いつきっと出あう?
夜明けた晩に
弦と甕がひねった
うしろのあの子の首つりしたい



ああ
そうだ
それが不思議なのです

医師「なにがきっかけでもなんでもないです」
母 「でもきっかけがあるのでしょう」
医師「ただのくるくるぱーですから、きき、き、きっかけは不要です」


このこはうまれたときからおかしいのです


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断片、罪びとの伏す

シューベルトっていかれてるよね
ああ、AveMariaのことだね
そうそう
クレイジーだよね


あの夏。



鳥は狂うだろうか
山は狂うだろうか
月は狂うだろうか
恋人は狂うだろうか


ナイフのような風を知っているか
嗚咽のような雨を知っているか
その目は、その肩は
狂うほどの叫びを知っているか


ぼくのかかとがぱっくりと裂けました
裂けました
そこから黒い水があふれてながれ
ヤマナシ県コウフの
土手の水たまりの
つぶつぶのあつまりの
そのきめこまやかなあつまりの
あいだをぬうように
ぬうように
しみわたっていったのです

雷はぼくのかわりに叫び
雨はぼくのかわりに地をたたき続け
風はどこか知らぬ顔で
ぼくの顔面をなぐり、またなぐり
それでもたりず、なお、ぼくは
叫び、叫び、叫びつづけました
雷のように
ヤマナシ県コウフの
真っ黒い夜に

だれか
答えをくれ

この人生は、いったいなんなんだ
答えをくれ
ああ、AveMariaを聴かせてくれ
雷よ、雨よ
ぼくをここで殴り殺せ


靴はどこで脱げたかわかりません
きっとぼくを殴ったあいつらが
その辺のくさむらに蹴り飛ばしたのでしょう
なにも見えぬ右目をさわると
まるでちいさな赤ん坊のような
血だまりがぷくりとありました
冷たいような
熱いような
血がどくりどくりと
あちらこちらから流れています

誰に
何のために殴られたのか
いまはもう思い出せないけれど
かかとから流れる黒い血と
あの夜の嵐
あれは思い出すというのではなく
いつでも再び体験できる
ぼくだけのタイムマシン


AveMariaが聴こえていました

暴力の波に沈んだぼくは
土手の斜面にうちすてられました
いつ、嵐がきたのかはわかりません
気がつけば歩いていたのです

どこへ

家には帰れません
母はぼくの行いのために身を崩したのだし
父はぼくをみれば殴りとばすでしょう
それをみて、ちいさな妹は泣くでしょう

友人の家には行けません
そもそも、友人はもういません
友情を、ぼくはその日、捨てたのですから
いえ、ぼくが捨てられたのでしょう

では


いや


あはは
あはははは


これは、まいった
どくり、どくり、血が流れる
これが、孤独というものか
どくり、どくり、心が溶ける

ああすべてなくなれ
この雨も
すべて壊れろ
この心も


雨の煙幕のむこうに
光は見えない

ぼくは深海魚のような心地よさで
ヤマナシ県コウフの
雨にたたきつけられるこの土手で
膝をおり
背中からたおれ
まっすぐこの眼を射る雨をにらみ
ただ
ただ
泣きました


わーーーーーーーーーん


うわーーーーーーーーーーーーーんんんん




あの夏。

祈っても、祈っても
マリアは逝ってしまった
体にのこるドラッグのかけらか
マリアの幻は逝ってしまった

痛みはなく
寒さもなく
恐れもなく
かまわないと思ったのです
このまま死んでも

それでも
やはり
あんまり悲しすぎるので
泣いたのです
力の限りに泣いたのです


あの嵐。

ぼくは嵐の夜に生まれたと
母が言っていたのを思い出しました
ならば死ぬときもやはり嵐だろうと
幼いうちに空想したのを思い出しながら
それでも
暴力と幻覚と汚辱の日々に
埋もれるように死んでいくのは
ぼくにはあんまり悲しく思えたのでした


あの夜。


シューベルトの
AveMariaが
雨音にまじって
ずっと
ずっと
聴こえていたのです






Ave Maria! Jungfrau mild,
erhöre einer Jungfrau Flehen,
aus diesem Felsen starr und wild
soll mein Gebet zu dir hinwehen.
Wir schlafen sicher bis zum Morgen,
ob Menschen noch so grausam sind.
O Jungfrau, sieh der Jungfrau Sorgen,
o Mutter, hör ein bittend Kind!
Ave Maria



ああ、マリア

全部、なかったことにしてください。










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時計のほうがまだ働く

ぼく
うつのとき
鏡をみない

ひげはのび
目ヤニもとらず
ぼさぼさの髪で

歯もみがかず
なにも思わず
ただすわっているばかり

時間の
進行を
管理するかかり

うん
今日も
何もせずとも
時間はすすむ

世界はきっと
ぼくをのこして
回ってる

ぼくがいようと
おるまいと
何もかわらぬ世界がわらう

ちいさなため息をつくとき
そのぼくのため息が
ちきゅうの裏で
おおきな
おおきな
竜巻になればいいのにな

仕事にもいかず
誘いを断り
ただすわってる

てのひらには
何もない



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死んだはずの日

四年前の今日
ぼくは自殺をしました。

なにかしら
朝からどうもけだるく
これまでにまして
もの憂い気がしたのは
そのせいなのかもしれません。

時間が止まったみたいです。
猫は昼寝を
町内も静まり返って
起きてから一度も外に出てない
ぼくの目は
目ヤニが凝り固まって
まるで野良猫みたいです。

顔を洗って
お手洗いに行って
すこし遅い昼ごはんを食べて
机に向かう。

昔、ぼくに小説を書くようすすめた
友を思い出し、ひとり苦笑し
たばこをくゆらせながら想像しました。
ああ、いや、やはりぼくにはかけません。
とてもぼくの手には負えません。
せいぜい散文を書き散らかすていどのもので
とてもじゃないけど
起承転結なんて、いや、お恥ずかしい
と、ひとりで小芝居するのでした。

もしぼくが小説を書くとしたら
それは私小説であり
書き終わったと同時に封印し
誰の目にもさらさず
死んだとき棺桶にそっといれてもらいます。
だから、書かないのと同じです。

ぼくはひとつの小説の中をいきています。
筆者はきっとぼくではないでしょう。

泣いたり、笑ったりするかたわら
こっそりと文を紡ぎ
こっそりとそれを晒し
その上から他愛もない日記を
どんどんかぶせていき
埋没させる
ぼくは幽霊文章家。

ああ、また
陽光の下で
草や土のにおいを噛みながら
大きく腕を動かしたり
大粒の汗をこぼしたりしたい。

でも、もう
しばらくは
人に会いたくない
ぼくは幽霊文章家。

死ぬはずだったぼくは
今もこうして生きながら
一年に一回ほどくる
この大きなうつの波のなかで
なぜ生きてると問うばかりで
生きているとは言えません。
この波がされば
ああ、そのときにはよほどのおおくの
宝物が
その引いていく波に奪われるのですが
この波がされば
またぼくは陽のあたる場所へもどり
何事もなかったかのように
歌ったり踊ったりするのでしょう。

それが、つらい。

この振幅が、ほんとに、きつい。

もういっそ、このままでいいとさえ
思う時がまれにあります。
また元気になったところで
この波はまた必ず来るのですから。
あれだけ警戒して
こつこつと防波堤を築きあげ
慎重に、綿密に防御策をねりあげたのに
いともたやすくそれをとびこえ
侵入してきたこの大波に
手足をすっかりからめとられ
涙もながせぬ失望のそこへ
どすんと突きおとされたのですから。

こんなことを
あと何回繰り返すのでしょうか。
それを思うと
回復への気力も萎え
凋落する希望を拾う気さえ起きません。

いまの自分には
なにもないのです。

おそろしいほど無気力な今日。
これが未来になげた一粒の種であれば。
やがて花咲く種であったなら。


ああ、こ、こ、こ、こ、この
この、脳髄の、重さよ。
いったい誰が分かってくれる。
この脳みその重さを。




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脳内散歩、片手にオーケストラ

なぜ言葉をならべ
文章をつむいでいくのか

なぜ音符をならべ
音楽をつむいでいくのか

なぜ色をならべ
絵画をつむいでいくのか

なぜ
人は今日生き
明日に生きようとするのか

酸素の存在理由を明らかにできぬように
それらはとうていわかりようもない

人のわかることなど
どれほどのものか
わからぬままにつむぎ
かなで
うたい
わらうのだろう



星雲にのぼろう
フラッグをたてよう
涙はおぼれるほどの
光のなかへほうりなげて

こっちへおいでと
宇宙の闇がてまねきしてる
こんなにもふかい闇の中に
こんなにもはげしい光をみる

舞い散るさくらの花びらにとびのって
錆びた鉄棒をくぐって
運動場のはしからはしまで
あのこのハーモニカの音にあわせて

がりりとかじった
れもんのすさまじい存在誇示
はじき出されてよろめくあれが
ぼくの青春の血豆のようだ

沈黙
ぼくのもっとも愛する音が
その中にある
そう呟いて、その時にはもう沈黙はいないと気づき舌打ち

鍵盤をはねるのか
絵筆をはじくのか
それとも万年筆をけしかけるのか
どれも同じだどれもどれもどれもどれも
どれもどれもどれもどれも
自分が自分にする最低限度のつぐないだ

うたえ
うたえ
さけべ
夜があける

逃げ転がる魂を犬のように追いかけて
ごろごろごろごろ
どこまでもかけ続けていくのが人生だ
飯を食うなどそのあとでいい
月をめでるのもそのあとだ
まず走れ
まず走れ
まず走れ

気づけば砂漠にひとり
気づけば月面にひとり
気づけば電線にひとり
気づけば棺桶にひとり

「ぼくを幸せにしようとしないで
どうかそれはぼくに任せて」
お仕着せの幸せに苦笑い
コーヒーの淡い渦にのまれろ

馬鹿をみたくて笑ったんじゃない
笑われたくて笑ったんじゃない
幻想的なセレナーデに寄せる
立体駐車場の上の道化師

はちみつのように甘い真実
はちのように痛い真実
鳥かごの中にいまもつかまえてあるよ
あの日君がおとしたあの青空

音楽は人間から離れ自由
絵画は人間から離れ自由
詩歌は人間から離れ自由
どれもこれも結局は人間のことだとしても


一枚の葉っぱにひとつの詩を

今日の朝に
今日の昼に
今日の晩に
この深夜に
ひとつずつの詩を

詩は労働を離れ自由
言葉の弾丸をこめるぼくは銃

どこまでも貫くただひとつのものは
君がほめたこの魂の色彩だけ
あとは余白
すべて余白

存在を描くなら余白が必要
光を描くなら影が必要
ぼくの光を描くのは
ぼくの影をおいてほかにない

思うままにつづれ

思うままにつづれ

言葉において
ぼくは自由だ






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復帰することに・・・

そろそろ仕事に復帰しなければ、と思っているところへ
社長から連絡あり、明日から復帰することになった。
まだ全然、本調子ではないので、逡巡したのだけど
こういうきっかけでもなければ
また長いこと働けなくなるかもしれないと思い、出ることにした。

明日を思うだけで憂鬱だ。
でもこれは遅かれ早かれ
いつかは味あわなければいけないことだし、仕方ないか。

どう生きるにしろ、試練のおおいこと。
食うためにやらなければならないことの、なんと多いこと。

働けば、詩作はとまる。
鬱がくれば、詩作がはじまり、仕事がとまる。

「人には炎の時と灰の時がある」

いま、ぼくは灰のままに
炎の時へとうながされている。

燃えろと言われても
灰のこの身のどこを燃やせばいいのか。
結局、魂を削りながら、それを薪のかわりにくべて
燃やしていくしかないのだろうか。

明日から、いつまで続くかわからないけど、仕事に戻る。
吹き出す汗と、春の陽光とが
明るいほうへ導いてくれればいいが。
それ以上に、人間関係への不信と不安が多い。
仕事は大好きなのだけどなあ。

本当はまだまだ休養したい。
しかし必要とされているうちに働いてみて
向こうがダメだといえば、そこからまた休めばいいだろう。

さて、どうなることやら。


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春の不安

苦しみの午前を起きて耐えた
人がみな汗を流してはたらく時間に
家にいることがつらくて
いつも眠って過ごしていたが
今日はずっと眼を開いてた
ついでのように呼吸をし
なにするでもなく
ただ眼を開いていた

あたたかな和室には猫が寝ている
あんまり部屋が明るいので
カーテンを開ける腕が軽かった
いつも狂暴にみえた陽光も今日は
すこしだけおだやかに
やさしくみえた

妻を迎えに駅までいこう
二日ぶりに出る家の外
さらに何日かぶりの昼の外
すずしい風がつよく吹き
梅や木蓮の花びらを
いともたやすく散らかしていた
咲くのに半年がんばった
咲いたとみるや風が散らかす

アスファルトの上を無残にころがる
白い木蓮の花を眼でおいかけ
そこにいくらかでも
己を重ねたのではなかったか
足跡をつけ
黒く
腐ったように黒くくすんだ
木蓮の花びらに

この強風は春一番ですか
TVもみないし新聞も読まない
この二週間
妻以外と話しもしない
この強風は春一番ですか
それとももう吹きましたか
いまださなぎのなかのぼくに
答えてくれる人もいない

春のももいろの始発列車に
ぼくは乗り遅れているのですか
春の列車はもう出ましたか
みんな、風の中を暮らしている
ぼくはずっと家にいたから
春の列車はもう出ましたか
ぼくはいったいその列車に
乗りたいのか、厭なのか
自分でもよくわかりません

いったい何枚脱ぎ捨てたでしょう
このさなぎは重すぎる
好きで籠もったわけじゃない
さなぎのなかはドロドログルグル
何枚脱いでも飛びたてない
何枚脱いでも翼が出てこぬ
いったいぼくはこの春に
飛びたちたいのか、厭なのか
さなぎのなかはドロドログルグル

ぱちんと実が割れ
みずから種子のはじけるような
そんな春が来てほしい
わが子のふとんを剥ぐような
酷薄の春に唾を吐く
この強風にさからえず
ぼくの頬に唾がつく

試しに二週間
なにもせずに寝てみてください
膝が、腰が、あちこち痛いし
片頭痛は消えないし
体は重くふくれるし
頭も鈍くはれあがる
久しぶりの外をあるいて
ふらふらよれよれあるいてみて
道ゆくひとの足取りが
ねたましいほどたくましい

風に揺られてふらふら漂う
黒くしめった木蓮の花に
己を重ねてみてたのです
明日への不安と恐怖と猜疑が
ぼくを台所においつめて
たばこの煙をいいわけに
己の人生にやつあたり
ああ
真白の花が散りゆきます
それは昔の懺悔のように
ゆらりゆらりと散りゆきます
やめてください、いぢわるの風
春の死人の夢遊病

夜の柵にかこまれました
これから薬で眠りにつくまで
ぼくは不安とつきっきり

明日など





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きっとあるはずさ

昨日、うつの波がひいていくような気がした。
油断せず、今日も一日様子をみていた。
あ。復帰は結局できなかった。
前日の晩になってパニックに陥り
情けない話だが妻ちゃんに電話してもらって
ドタキャン欠席となった。
それでも怒られない。やさしい社長に出会えた。
電話で説明した内容をあとで教えてくれた。
まったく、ぼくとぼくの病気にとても深い理解を
もってくれている、よい妻に巡り合えた。

感謝。


そうして今日。
元気だったころの日課だった筋トレを
おそるおそるやってみた。
運動もせず、それでも食事だけはいっちょまえにとっていたので
とても心配だったが、思ったほどきつくもなかった。
有酸素運動はきついだろうけど、
それもこの週末にできたら、月曜には復帰できる気がする。

このブログ上でも、多くの人から励ましてもらいました。
みなさん、ありがとう。

といいつつ
明日にはまたぶり返して
さらに深刻なうつになる可能性があります。
あるいは一気に躁転して
とんでもない失態を演じてしまうかもしれません。
でもそれらのリスクは
ぼくがこの病気とともに生きていくうえで
終生、道をともにしなくてはいけないものであり
そんな中でも
希望を見出すことができた今を
信じて
前をしっかり向いて生きたほうがいいだろうと思うのです。



明日はどうなるのでしょう。
それはいつも、わかりません。

「心に咲いた花に とまどいながら
明日へと続く道を さがしているのか・・・」


オクノ修さんの歌が
胸で何度もリフレインするのです。




ウクレレを奏でながら歌っているのが
ぼくの大好きなミュージシャン知久寿焼さん。
むかし「たま」というバンドにいて一世風靡しました。
ぼくがウクレレをやっているのも
この人の曲を弾き語りで、どっかそのへんの
にぎやかなところで、歌ってみたいからです。(ギターは挫折w)

曲はオクノ修さん。
これまた大好きな歌手である高田渡さんの
「お弟子さん」のようなポジションにおられる方で
本業はコーヒー店のマスターなんです。

一緒に演奏するのは真黒毛ぼっくすのみなさん。
彼らや笹口騒音さんなどのすてきな音楽も、みんな
この知久さんとのからみをきっかけに、ぼくは出会いました。


今日もこれを聴いて寝ます。

おやすみなさい。



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more than human

人に
あの服は似あうとか
この酒は似あわんとか
いうように
春が似あわんとか
夏が似あうとか
いうかしら

ぼくには
春の衣装がない
春に似あう衣装をもたない

今日も
目ざまてみれば
なんと優しい穏やかな陽よ
しかめっつらも和やかに
日曜の朝の春風のプールを
泳ぐようにゴミ捨てにでかける
このままどこかへ出かけて行ってしまいたくなる
春はぼくをうわっつかせる

時間は
静かに流れているときが
一番こわい
静かと言うのは表面のことで
みなもの一枚下は激流なのだ
静かに感じながら
いつのまにかとんでもないところまで
ながされていることに気づくのだ


という響きは
明日
によく似ていて
希望
のようなにおいがして
とてもこわい
それが夏のあとにくるならまだしも
冬の厳しさを抜けた先に
突然、ばかげた調子でやってくるから
とてもこわい
三寒四温のリズムもこわい
はじめて黒人BARにはいっていったときのような
一人だけ皆のリズムの裏をたたいているような
そんないたたまれなさを感じる
初春のステップ、ぼくにはむつかしい

それでもこうして
木々が新しい葉をはぐくみ
樹液の音がどくどく聴こえてきそうな
この景色は
やっぱりどうだ
素晴らしいじゃないか
木蓮の、梅の花が落ち
さあ、桜が、待望の花をさかせる
この一季
素晴らしいじゃないか

ぼくの病気など
ぼくの懊悩など
どこか遠くの山の向こうの
自然豊かな村に引っ越して
土を耕したり
花をめでたり
虫を追ったりしていれば
すぐに消えてなくなるのだろうな
あるいはずっと
ずっと軽くなるのだろうな

夏はすきさ
秋もすきさ
冬もすきよ

さて、みなさん、春ですよ
土の中からでてきませう
みなさんは冬を越えました
寒く厳しい冬でした
穴からでて、見渡せば
ほら、豊穣の
あふれんあかりの色彩と
果実のなるのが見えるでせう
ばーどいずしんぎんぐ
べあいずうぇいくあっぷ

ほら
大きな月!!

新しい春
つきつけられる古い自分
新しい一年生
六年生のままではいられない
新しい一年生
こどものままではいられない
ぼくもうんと脱皮して
この春にはばたくつもり
そうなの
それはいいじゃない
がんばってはばたくがいいよ
うん
でもぼくみみずなの
とべるかな


ああ、春!
狂おしい季節!
そうこうしているうちに
逃げ道はなくなった
ぼくはこのあまりにも明るい
春の昼の光のなかへ
この重い一歩を
踏み出さなくてはいけない
明日に似た恐怖の季節に
似あわぬ衣装をぶらさげて

おどけているの?
いいえ、真剣です
ほんとに春がこわいのです
季節のせいにしてちゃダメです







「どうやらこの世界は、ときどき
くらしてゆくのがやりきれなくなるところなのね
そして、ある人にとっては
そこからはなれて
お休みをしなくちゃならないこともあるのよ」

シオドア・スタージョン 『人間以上』




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つぶやき3-31

朝五時に起きて、作業服に着がえてコーヒーをわかす。
といっても、復帰するわけじゃなく
そのリハーサルといった感じ。
そうそう、いつもこんな感じだったよな、と
ひとつひとつ確認するようにパタパタ動く。
今日は弁当は作らないので
その時間で皿洗いなんかをして
いつも家を出る時間まで待ってでかけた。
春のよそおいで出かけたのだけど
やっぱり早朝のバイクだとまだまだ寒い。
適当なところまで行って、引き返してくる。
なんだそりゃ、なんて思いますか。
でもこれ、大事なことなんですよ、ぼくにとって。
これで、感触を実際につかむことができた。
復帰できる、という自信をうんだ。

あとは親方に電話して
謝って、お礼して、明日からいけます!と言えばいい。
それだけのことなんだけど、この一歩が大変だ。
さあ、連絡するぞ、となるとガタガタ震えだすほど
緊張?不安?はたまた・・・

厭世感は消えた。
希死念慮も消えた。
より多くの陽光を欲している。
激しい運動ととびちる汗を欲している。
その反面
できれば誰にも会いたくない、という気持ちが
根強くのこっている。
仕事はすぐにでもしたい。
でも人に会うのがいやなのだ。

人間関係、ぼくは多くを求めているのかもしれない。
なにも期待しなければ、疲れることなどないのに。
へらへら笑って、「適当」に付き合っていけばいいのに。
来月四日は、花見にも誘われている。
冗談じゃない。
とても、そんな気分にはなれない。
いまから、断る理由を探している。

でも、そんなんじゃダメだ、なんて思わないようにしてる。
結局、年季のはいった「人間ぎらい」であるぼくが
本当に、芯から、人間を好きになるのは無理なのかもしれないから。
いままで何度も挑戦してきたけど
そのたびに今回みたいにつまずいて
転げまわって、損ばかりする。
得るものは果たしてあるのか、わからない。

ぼくの心の玄関には
赤いペンキで激しい筆跡で
「土足厳禁」とおおきく書かれてある。
そしてその玄関はあまりにも狭く
あまりにも重い。
内側から開けるのも
多くの手続きをこなす必要があり
簡単ではない。
誰彼と、容易にはいれる場所ではないのだ。

社交的な人たちからはそれを批難されてきたし
恋人とケンカ別れするのもたいていそれが理由だった。
だから「なおそう」と思った。
持って生まれたものなのに、「なおそう」と思った。
そうして自分の周りの社会にあわせて
自分を矯正してゆくことが
大人になる、成熟する、ということだと信じて。
で、実際
大人になってみて、
ああ、大人ってやつはなんてつまらないんだろう、と思う。
自分を殺して、自分を演じて
ピエロのようにふざけている。
そのうち、心の中に強盗が入ってくる。
それでおしまい。

ぼくは心の玄関に
再びがしゃんと戸をおろし
守りを強化しようと、思いはじめている。

いままで守ってきたのには
それなりの理由があったのだろうから。
守るべきものが、そこにあったのだろうから。
それは小さな天使のような
脆弱な、危険な、美麗な、なにかだ。
それがためにぼくは生まれ
そしてそれがために生きてきたのに
大人になるという下らない理由のために
自分の心臓を裏切ってはいけない。

この方寸に従っていきる。
そういう生き方を、改めて、望み始めている。



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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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