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date :2013年09月

最強の敵

昔、堤幸彦のドラマが好きだった。

なかでも、「ケイゾク」が一番。

竜雷太がかわいくておもしろかった。あ、中谷美紀も。


最近それをYouTubeで全話みれること発見。

ちょっとでも暇ができれば見てるから、妻がIpadに嫉妬してる。


なもんで、昨日は勉強あまりできなかった。

今日はひとり休みだから、とことん、やろう。

すくなくとも一週間以上のブランクを埋めたい。


んー。甘いもんほしいなあ。

いや、だめ。

洗顔、散歩、帰ってきて勉強!

じゃあ、散歩がてらコンビニで、チョコでも…

だめ!勉強すすんでから。

独学はひとりでこんなやりとりをすることが増える。


古谷実の名言を思い出す。

人類最大最強の敵、「めんどくさい」

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きびしー

まる一週間以上、勉強がストップしていた。

今日は休みだったので、ちょっと頑張ってみたが…

かなりきつい。

頭も筋肉と一緒だな。


ちょっくら、筋肉痛で動けなくなるくらいまで

追い込んでみようか。

超回復、ねらういしかないね。

ふむう、しんどい。



がんばれ、自分!!

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私にたいせつなこと。

繋ぐこと。

紡ぐこと。

築くこと。


支えること。


讃えること。

伝えること。


想うこと。

知ること。

わかること。

わかろうとすること。


かえられないものをうけいれること。

うけいれられないものをかえること。


見ること。

聞くこと。

走ること。

跳ぶこと。


みずから足りること。

0から創ること。


誇ること。

守ること。

掲げること。


歩くこと。

歩き続けること。


生むこと。

育てること。

見守ること。

信じること。

憂うこと。

報いること。


愛すること。


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おかか、その後

うちのねこがふたりしてゲリPで

朝から病院いったり、おしもの世話したり。

動物と会話できたらいいのに、ってこういうときだけ

都合よく思う。

クスリ飲んで、ちっちゃな体で一所懸命たたかってる。

頑張れ。


午後、実家へ。

父に線香をあげがてら

先日妹にあずけた里子「おかか」ちゃんの様子をみにいった。
















保護したときは目ヤニだらけで

顔中くしゃくしゃだったが、すっかりよくなった。

妹と母に甘えている姿をみて、ほっとした。

強い子だ。

過酷な体験は、命を強くするのだな。

いや、強いから、過酷に生きぬいてこれたのかしら。


父の遺骨を前に、えりを正す。

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海賊王

一度とだえてから勉強スイッチがうまく入らない…と

ここ2,3日、がむしゃらにあがいていたけれど

今日はすこし、俯瞰でみれた。と思う。


焦ったって仕方ない。

自分の現在地が確かにかわったのに、今までと同じ地図じゃダメだし。

今日、新しい地図に書き換えることができた、と思うのだ。





やっぱり、何するにしても

目的意識が大事だ。ぼくにとっては。

それを確認することが、必須だ。

毎日だって、やりすぎじゃない。


目的のための、資格取得であって

その資格取得のための、勉強なのであって

資格取得が目的ではないし

まして勉強が目的であろうはずもないわけだ。

それがうまくできない日が続いたといって

落ちこむ必要はまったくないのだ。



行きたいのは、この山のはるか彼方。

この山の先に、どれほどの山が、谷があることだろう。

先へ行けば、いま目の前にあるこの山なんて

ほんのちいさな丘のように思いだす日がくるはずなのだ。


ぼくの尊敬する男がいった。

つまらねえ冒険なら、おれはしねぇ!!!

うーん。格好いい。

ほんとそうだよ。

山あって、谷あって、洞窟あって、いばらの道があるから

おもしろいんじゃないか。








今日のおかか。




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あーあ。

だめだ、だめだ。

無理するな。

やることはやった。ぜんぶやった。

体調は悪くなる一方だ。

気分は沈む一方だ。

躁と鬱が

ぐちゃぐちゃにまざりあって

落ち込んでいるのに神経はするどくとがって

四六時中イライラしている。

なにもてにつかない。


無理するな。

明日にでも病院へいこう。

なんど再発したっていいんだ。

くるならこい、だ。

なんどだって、立ち直ってやる。


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ジリジリすすむ

昨夜、久しぶりに飲んだ薬にふらつきながら

ひるに実家から届いた父の机を整理した。








引き出しには、いまのぼくくらいの頃の父の写真と形見。

ちと、感傷的すぎるけど、しばらかはしかたない。

この気持ちをごまかすほうが、こころに負担をかけるから。





茶とらのちゃちゃくん。本がだいすき。


今日は昼まで起きれなかった。

けど、この机のおかげか、自然と二階へ行き、机に向かった。

仕事までの数時間、勘を取り戻すために、テキストを読み返した。


なんとか、学習再開の糸口をつかめたか?


妹から、毎日、おかかの画像が送られてくる。

これは嬉しい。






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夜型

植木屋でよかったこと、それは

早起き、ゆえに早寝。

いまのバイトは遅番で昼間たっぷり時間があるから

勉強するのにいい、と思って選んだのだが

結局ヨルガタになりつつある。

帰宅して風呂にはいって、いまから勉強。

どうも、昼間は腰をすえて勉強できなくなってきた。

でもいまは、こうして机にむかえることが、最優先。

しばしヨルガタでもしかたあるまい。


岡崎へ長期出張していた義兄弟(兄貴分)が今日帰ってきた。

明後日久しぶりに会う。

それがここ数日のこころの支えになっていたのだ。


ああ、楽しみだなあ。

たくさん、話すんだ。



今夜のBGMはFranz Schubert. Piano works

変ホとか変トとかいろいろある、どれも意味はさっぱりわからないけど

聞いててここちいい。



アントニオ猪木は、いいこと言った

「やはり、トレーニングしかない」

やりつづけること。これにまさるものはないんだろう。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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雨月物語




はなっつらのにんじん、である。

今日の昼、行きつけの古本屋で見つけた。

剪枝畸人こと、上田秋成・著「雨月物語」

Amazonの便利さもいいが、あれはどうしてもすぐに欲しいときにつかう。

基本、本とはめぐり合わせを大事にしている。

ずいぶん長いこと、待っていた。

やっと出会えた。

ばななんさん、これ、恋に近いんですよ、ぼくにとって。


雨月物語のなかに(巻の一) 菊花の約というものがある。

これを、読みたかったのだ。

買ってきた本を読む時間はいくらでもあった。

けど、あえて、開かずにおいた。

今日の自分のベストまで、勉強できたら読もうと思っていた。

はなっつらのにんじん、である。

いひひ。

これから読書タイムです。

まずは「菊花の約」を!

讃岐に配流された崇徳上皇を題材にした「白峯」も

とっても魅力的だけど、これは明日の分のにんじん。

腹八分目が一番、と最近教わったばかりだ。


読書の秋は、出社時間二時間遅くなったりすればいいのに。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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忠節ということ。


ノブノブと国取りごっこ -皆様の読解力に支えられたブログ- 遊びだよ、遊び!(って昭和か!)



ノブノブさんのブログはおもしろい。

考え方、見方というのは千差万別。

いつも刺激的。


今日もその「国取りごっこ」の記事を読んでいた。

考えることをやめていた脳みそにはいい薬…

いや、ちがうか。

考えてはいたのだ。

でもそれを披瀝することを、やめていたんだ。

だけど、今日は久々にやってみようか。


(トラックバックを使ったのは、単にきかっけとなったノブノブさんのブログを

紹介したいからで、今回のノブノブさんの記事に賛成も反対もありません)



権力者と大衆

この図式がぼくは感情的に、きらい。

権力者、大衆、なんなんだろう、この言葉は。

それって、どちらも人間じゃないの。

ただ、立場の違いでしかないんじゃないの。

それとも、神と人ほど、ちがうものなの。

会社で権力に平身低頭、あたまをさげてまわり

家にかえって奥方にふんぞりかえって酌をさせる。

それって、どちらも人間じゃないの。



そもそも…

権力者は、どうして権力をもっているの。

みんながそれに賛成したからじゃないの。

大多数の人が、彼に賛同したからでしょう。

ならば、大衆も彼の味方でしょうに。

彼のステークホルダーなんでしょうに。

それならやはり、権力者とともに栄え、ともに滅びるのがスジじゃないの。

「人の生きるスジを踏みはずしてでも、自分を守る」って

それは大衆が声高にさけぶ「権力者の欲得」の図にうりふたつじゃないの。

だから、つまりは、どちらも人間なんでしょう。


「権力者はずるい」という人おおいけど、大衆の狡猾さだってある。

権力者がひとたび失脚したとする。

するといままでかれを支持していた人たちが

「実はあれは無理じいだった」とか「我々はやつに騙されていたんだ」とか

簡単に手のひらを返すじゃない。

それでも人なの? って思わずにいられない。

(いいえ、それこそが人なのかもしれない)


雑なたとえかもしれないけど…たとえば

戦中戦後の報道において、朝日新聞さんの論調がまったく違うという。

でも、当人たちは、あれは検閲のために仕方なくー、なんて言う。

そんなもの、言い訳にもならないんじゃない。

検閲あったって、どれほど追及厳しくたって

いいたいこといって、言い続けて、それで拷問されて死んでしまった人だっている。

そうしなかったのはなぜ?

社会正義より、家庭の幸福をとったんじゃないの。

それでいいじゃない。

でもそれって、世の中の権力者のしてるいわゆる「私腹を肥やす」の図と、

どこかちがうの?


米英を鬼畜と言ったその舌の根もかわかぬうちに

東条は戦犯、あいつもこいつもA級戦犯!って叩いたのはなぜ?

アメリカのひとがそういうのはわかるよ。

怨と自己弁護と利益がそうさせるのでしょ。

でも、東条ていどの権力なんて、たかが知れていたはずだよ。

その権力だって、もうとっくに米軍にはぎとられているんだから

それなのに、無体だよ、あんな裁判も報道も。

もしかしてさ、そのときあなたがたの「権力者」は

もうとっくに米英にとってかわってたのじゃない?

だから今度はそっちにおべっか、っていうことじゃないの。

だから石田三成を嗤うのかな。

時勢が読めない、とか言ってね。

ぼくは感情として、石田三成の方がすきだ。

判官贔屓ではないんだ。

ぼくは忠節の話をしているのだ。



大衆がまつりあげる権力者、という姿も歴史上に多くあるでしょう。

そしてその権力者を、また別の大衆が引きずりおろす場面もあったでしょう。

それじゃあまるでサクリファイスじゃないか。


ぼくが生まれてから見てきた世界では

マスコミとよばれるひとたちが、情報の上流をつかんでいると思う。

(ノブノブさんの言うとおり、情報で戦争できる世の中で)

なのに、かれらも大衆なんだって。

新聞記事やNEWS報道と、ツイッターやブログがおなじってこと?

ちがうんじゃないの。

とんでもない権力をもっているじゃない。


ようは、あれですか。

弱者ぶりたいのですか。

日本人は判官贔屓が多い、と未だに言われているし。

自分はか弱い大衆で、強権に虐げられていますと、いいたいのですか。

誰かのせいに、しておきたいのですか。

おセンチな、くさい小芝居じゃないの。


話それるけど、原発だってそうでしょ。

最初は科学の進歩だって、喜んだのでしょう。

有効利用だって。

湯川秀樹は「慎重に」と抗議してたけど、大衆の力でぐいぐい進めて

そしてみんなでそれを享受してきたんじゃないの。

豊かな電力を、甘受してきたんじゃないの。

いまになって、責任者でてこい、はないんじゃない。

地震であんなことになるまで、原発反対って言ってた人ってどれくらいいるの。

マスコミが連日報道するようになって、肩書のある人たちの意見にさらされて

蒲焼でもやくようにさっと手のひら返した人ってどれくらいいるの。

自分たちで決めたことじゃない。

自分たちで、けじめつけるしかないでしょう。



いたずらに長くなってしまったけれど…

要するにさ、

自分を大衆って言ったらダメじゃない。

それは責任の放棄じゃない。

個人主義が流行ってるっていうけれど

それなら個としての責任をしっかり背負わなければ、いけないんじゃない。

個として、意見を変えるなというんじゃないんだ。

意見は変わって当然。

大衆に流されて、まげるな、って言いたいのだ。

それなら、まげない独裁者のほうが、ぼくはいい。

その権力者を支持するかどうかは別の話だけど。



うーんと、つまり…

家族主義、個人主義のぼくとしては

個も公もぼやかしてしまう「大衆」という言葉が

またそれを隠れ蓑にしようとするひとたちが

きらいということ、でした。


なあんだ、一行で済んだじゃん。




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ダウン(9-27)

おっきいな。

この波は、なかなかおおきい。


昼過ぎまでは、あたまもピカピカに冴えていたのだけど。

旧友との再会もあったし、いろいろ書きたかったのだけど。

こりゃ、ダメだ。

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言葉はちから

ピピネラさんのコメントはいつもシャープで素敵。

今日はタイトルに和江さんの詩の冒頭が。

思い出す、その詩は、忘れていた物を見つけたときのような

安堵感をくれた。

この詩にはじめて触れた時の昂揚を、そのまま再現してくれた。

以下、新川和江さんの詩

「わたしを束ねないで」



わたしを束ねないで

あらせいとうの花のように

白い葱のように

束ねないでください わたしは稲穂

秋 大地が胸を焦がす

見渡すかぎりの金色(こんじき)の稲穂



わたしを止めないで

標本箱の昆虫のように

高原からきた絵葉書のように

止めないでください わたしは羽撃(はばた)き

こやみなく空のひろさをかいさぐっている

目には見えないつばさの音


わたしを注(つ)がないで

日常性に薄められた牛乳のように

ぬるい酒のように

注がないでください わたしは海

夜 とほうもなく満ちてくる

苦い潮(うしお) ふちのない水


わたしを名付けないで

娘という名 妻という名

重々しい母という名でしつらえた座に

座りきりにさせないでください わたしは風

りんごの木と

泉のありかを知っている風



わたしを区切らないで

,(コンマ)や .(ピリオド)  いくつかの段落

そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには

こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章

川と同じに

はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩




こやみなく空のひろさをかいさぐっている

目には見えないつばさの音…!!


なんてしずかでつよい自己表白なんだろう。

風のようにいきたい、と思うのに

なんて鈍重な自分の体であることか。

子供の頃は、背中にはねがあったのに。

いつのまにか、地に足をつけて

目を血走らせて、獣のように彷徨している。

こころを漂白するすべがあるのかな。

ゼロに戻すことはできるのかな。

この体に、脳髄にはりついた世の常識という妄執を

ふりほどいて、泉の上を、りんごの木のそのわきを

ふきわたることができるのかな。


こころの自由は、守らなければいけない。


今日は一日、自分と対座して

懇親、ゆっくり話をきいてあげよう、と思うのだ。



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ひとつずつ。

昨日は沈んだまま眠り

朝起きてしばらくほうけていた。


午後いちで、病院へ。

ぼくの主治医は名医だと思う。

これまでのことを話し、最近のことを話す。

先生の話を聞き、処方をもらう。

実家へ向かうバイクのうえで、

ひさしぶりに、フラットなこころに戻った。

太陽のあったかさと、乾いた風が、きもちよかった。


実家で書類をやっつけておかかと遊んで

帰ってきてうちのねこと遊んでる。

勉強しなくては

じゃなくて

勉強したくて、ウズウズしてる。

でも、今日は、今日こそは早く眠る。

久しぶりに睡眠薬をつかう。



変えられないもの。

過去。
起こってしまったこと。
事実。

変えられるもの。

自分のこころもち。
それらを、どう受け止めるか、という選択。
自分の現状。
これからの行動。


変えられないものを嘆く時間はない。

変えられるものに集中したい。


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遠足

ねえ、みんなー

歩くの早いよう

ついてこれない子が、たくさんいるよー

誰かがそう呼びかけます

先頭の子供たちは、ずんずん、まえへ、進んでいきます

えっへん、どうだ

ぼくがいちばんのりだっ

いや、いちばんのりはぼくだよー

ぼくだって

あたしだって

みてろよー

えいっ

先頭から、二番目の子が

先頭の子の足をひっぱりました

なんてかわいそうなことでしょう

先頭の子は、すってんころりん、転んでしまいました

いたいよー

これでぼくがいちばんのりだぁ

えっへん、えっへん!

足の早い子たちにおいつけない、うしろの子たちは

息を切らして、がんばっています

せんせいが、そばで励ましています

頑張って

ほら、頑張って

頑張らないと、置いていかれてしまうのですよ

でもせんせい

ぼくたち、これでも、がんばってるんです

でも足が、これいじょう早く、うごかないのです

でも、頑張らないと

置いていかれてしまうのですよ


遠足の列は、まだまだつづきます


もっとうしろにいる子たちは、どうしてるでしょう

ねえ、みてごらん

わあ、きれい

おうちのちかくでは、こんなきれいなお花みたことないよ

お花だけじゃないよ

ほら、こんな虫、みたことないよう

きゃっきゃと、楽しそうに

自分たちの笑い声とおんなじリズムで

遠足を楽しんでいるみたい

たまに、先生から声がかかると

はーい、って

みんなで声をそろえて、お返事して

ちょっと急ぐふりをするけど

またすぐに、おしゃべりしているみたいです


遠足の列は、まだまだつづきます


もっとうしろの子たちは、どうしてるでしょう

おやおや、みんな浮かない顔です

遠足がいやなのかな

せんせいにしかられたのかな

おかあさんのお風邪が心配で、たのしめないのかな

みんなとちがうボロボロのリュックが、恥ずかしいのかな

頂上でみんなと食べる約束の、おやつが買えなかったのかな

具合がよくないのかな

体が上手に動かせないのかな

せんせいの励ましの声は

この子たちのところへは

すこし遠くて届きません

みんな、小さな声ではなしています

前の子たちは、いいよね

遠足なんて、なければいいのに

おうちにかえりたいなあ

いやだなあ

ぼくはさっきまで先頭だったのになあ

転ばないようにあるこうね


遠足の列は、まだまだつづきます


遠足の列は、まだまだつづきます



一番うしろで、ひとりであるいてる

あなたは、だあれ?





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初めて読んだ宇宙の本

かこさとし(加古里子)さんをしっていますか?



とこちゃんはどこ(こどものとも絵本)とこちゃんはどこ(こどものとも絵本)
(1970/07/01)
松岡 享子

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「とこちゃん」はかこさんが絵を担当しています。

だるまちゃんとてんぐちゃん(こどものとも絵本)だるまちゃんとてんぐちゃん(こどものとも絵本)
(1967/11/20)
加古 里子

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からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))
(1973/09)
加古 里子

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幼いころ、これらの絵本が大好きだった。



今日、宇宙という本を読んだ。

宇宙―そのひろがりをしろう (かがくのほん)宇宙―そのひろがりをしろう (かがくのほん)
(1978/11/15)
加古 里子

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久しぶりに、脳みそに衝撃をうけた。

本文はすべてひらがなで、難しい表現はいっさいないのに

バカなぼくでも、宇宙のすごさがよくわかった。

ノミなどの小さな虫から、冒険ははじまる。

地球の外にでて、太陽系の外にでて

銀河系の外にでて、アンドロメダをはるかにのぞんだとき

涙がでた。

胸が震えた。

すげーってなった。

そこまで知り得た人類がすごいのか

ただ宇宙がすごいのか

それをぼくにもわかるように伝えてくれたこの絵本がすごいのか

なにやら、ぜんぜん、わからないのだけど

すげーって、なったのだ。


手塚治虫の火の鳥を読んだ時に似ているけど

ちょっとちがう。


とってもいい本に出会えた。にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
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将来、というやつ。

将来、未来ってさ

来る、来るっていいながらさ

一度もきたことないんだよねえ。

いつも、来るぞ来るぞ、どまりでさ

あ、未来がきたなって確かな瞬間、ないんだよねえ。


結局、「 今」の連続で。

「明日」だって、得体がしれなくて怖いけど

朝がきたら、「明日」はきえてなくなっていて

結局、そこには「今日」しかなくって。


「今」のぼくは、よく「明日」の予定をたてるけど

明日の予定のなかに「明日の予定をたてる」っていう予定はいれてないんだ。

でも、気がつくと考えてる。


将来、なにになりたいの?って

ちいさいとき、いろんな人に聞かれたけれど

ぼくはいつまでたっても、ぼくのまんまで

きっと、ぼく以外の何かには、なれそうもないのだ。


でも、それでいいのだ。


未来なんて、いつまで待ってもきやしないのだ。

だっから、あっるいて、いっくんだねって。

一日、一歩。

三日で三歩。

三歩あるいて、二歩さがる。


だから、たくさんのひとが言ってるじゃない、「今でしょ!」って。

あれは、真理じゃない。

ぼくにはそう思えるのだ。


生きて、悩んでるのは今。

明日が不安で、泣いてるのは今。

でも、歩こうって

歩きだそうって思うのも、今。

歩こうと決めたのも、今。

じゃあ、いつその一歩をふみだすの?


ちいさくていいのだ。

人からみたら、動いてないような

ちいさな動きでいいのだ。

自分が、わかっていればいいのだ。



「明日の自分」は

つまりは寝て起きたあとの「今の自分」なのだ。

当たり前だね。

でも、その当たり前が、大事だと思うのだ。


なにが言いたいのか…。


つまり、いまの自分、オッケーということ。

どんな無様な姿でも、ばかみたいにフラフラしてても

苦しくてのたうちまわってても、うかれて騒いでても

それは、今しかない今の自分だから

全力で肯定するのだ。

横にふろうとする首を、無理にでもたてに

うんうん、って肯定するのだ。

それは、今すぐにやれるはずなのだ。

できるできないじゃなくて、やるかやらないかでいえば。



いまここにある、自分を、ぜんぶまるごと肯定して

明日もよく生きるために

今をいのちがけで生きる。

それしかないんじゃないかしら。


マークトウェインも言ってるじゃん。

私は人生の苦難を味わってきたが、
実際に起きたのはほんのすこしだった。




なんとも雑な記事。

いそいで書いたからなあw

後日、修正しよっと。
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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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