091234567891011121314151617181920212223242526272829303111

category :スケッチ

  • 2017.07.17(月)
  • 2017.07.07(金)
  • 2016.11.28(月)
  • 2016.09.26(月)
  • 2016.06.25(土)
  • 2016.06.14(火)
  • 24/7
  • 2016.03.29(火)
  • 2016.01.07(木)

記念日

青空を
切り裂くやうな
音がして
胸騒ぎを誘う
轟音が聞こえ
空を見上げる
きつと飛行機でせう
ずいぶん低くを
飛んでいますね
人々は
小さな胸騒ぎを
呑み込んで
何事もなかつたやうに
日常に
すぐさま戻つてゆく
それが
義務でもあるかのやうに
轟音は
近づいてくる
人々は
そのとき
眠りに就かうとしていたり
食事を摂らうとしていたり
妻子と遊んでいたり
なにかの努力をしていたり
世界平和を祈つていたり
その人々の
からだは
数秒後
大小無数に千切れて散らばり
焼け焦げて
灰になる
轟音の正体が
なんであるかも知らぬまま
それは
誰かが切つた
トランプのカードだ
死神の顔を載せた
冷たい愛国心が
人々の頭上に届く
日常のままに
影になる
うち崩れた壁に
コンクリートの瓦礫の上に
人々は影になる
一瞬のことだ
権力者の
政治的射精のために
武器商人の利益のために
人々は影になる
塵になる
歴史を思へば
螺旋状に脈打つてきた
幾多の殺戮が
きらめいている
誰かが切つた
トランプのカードが
誰かの日常の上に落ちる
光が破裂する
おおきなきのこが
幾千万のいのちを吸う
もうわかつていることだらうに
人はそのボタンを押す
必ず押す
その日は記念日になるだらう
長崎や広島のやうに
語り継ぐものが
残つていたなら

詩人にそのとき
できることはなにもない
きつと皆と一緒に
冷たい影になるのだらう





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

花園

ぼくのもとに
誰もいなくなったとしても
世界中に
ぼくだけがとり残されても
なお
詩を書くだろう
それがぼくという詩人であり
それがぼくの思想のすべてだ

詩を書く者は
ひとよりなにかが秀でている
そう思っている人は少なくない
みずから詩を書きながら
そう思っている人も少なくない
ぼくの考えはちがう
詩を書く者は
詩を書くことができるものではなく
詩を書かずにはいられないものであって
それははっきり云ってしまえば片輪なのだ

人が平気でいられるのに
煙草を欲する
酒を欲する
薬を欲する
それらは依存症などをふくめた病だ
人が平気でいられるのに
詩を書くことを欲する
頭をかきむしらんばかりの
心の内の擾乱にせかされて
書かずにはいられない
それも病だ
こんな明白なことはないだらう?

たった一言でいい
その言葉をひねりだすために生きてる
詩の本質はそれを発することであり
そもそも読まれることすら
端から当てにしていないものかもしれない
蓋し詩人という生きものは
その言葉を発するときに
誰に読まれるかなど考えていない
どうすれば売れるかとも考えない
それらはみな文飾屋のやることだ
読まれるための文章というものを否定するわけではない
ただし、それは詩ではありえない

ぼくは詩人だ
書こうと思って書いているのではない
書かなければいられないから書いている
評価も流行もくそくらえだ
ただ己のことばかりをおもうがゆえに
詩を書き続けるのみの道だ
わびしく
不毛で
無意味な道だ
それでも
夢か幻のような一生において
ぼくはそれのみをなすべく
生まれてきたのだから

日々くるしみの園は
そのふところを深めるばかり
生きたら生きただけ
恥やくるしみを上塗りしてゆく
薔薇のつぼみがたえずふくらみ
ほぐれては咲いていくように
日々は毎日のくるしみを咲かせる
その花のひとつひとつを
筆先でちょんと摘みとってゆくのが
ぼくの仕事だ
花はときに飾られ
ときに撃ち捨てられ
ときにむしゃむしゃ食べられる
くるしみの園
ぼくはそこの庭師

これがぼくの詩人としての
思想のすべてです




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

旅人

なぜ旅にでたのか
居場所がなかったからだ

なぜ旅をつづけるのか
居場所が見つからないからだ

旅はいつ終わるのか
そんなことはわからない

旅はいつはじまったのか
そんなことは考えない

どこへ帰るのか
帰る場所などない
ふるさとなどない
だから旅人なのだ

旅をするから旅人なのではない
帰る場所がどこにもないだけだ




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

雨夜

スターアニスの強烈な香りが
まだ鼻のちかくに漂っている
外は、いま、雨
一杯のパスティスに
病み上がりの頭を酔わせながら
わたしは人生ではじめての蔵書票を
ある一冊の本に貼った

外は雨

わたしが生まれたとき
病院の外は嵐だったと母から聞かされた
真夜中一時過ぎ
雨風の音の谷間に
産声をあげたのだ
「おまえはあらしの夜に産まれたのよ」
わたしはそのことを強く記憶している
いったいなぜか
おそらくそれはわたしの気に入ったのだ
晴天の昼に生まれてくるわたしではない
嵐の真夜中が
なぜかしら自分にふさわしく思えたのだ

わたしが生まれたとき
戸外にいる人たちはみなきっと
うつむいて憂鬱な顔をして歩いただろう
嵐だ
おまけに真夜中だ
もしかすると
外は人々より
魑魅魍魎のほうが
多く出歩いていたかもしれない
だれもそれには気づかない
だってみんな傘をさして
下を向いて歩いているのだから

パスティスの酔いと
睡眠薬の酔いが混ざりはじめている
意識は、白濁してゆく
水を注いだアブサンのように

外は雨

父は雨音を聴くのが好きだった
雨が降ると
家中のあかりをすべて消し
窓を開けはなち
その雨の吹きこんでくる窓辺に横たわり
死んだように横たわり
全身で雨音を聴いていた
わたしも一緒になってその雨音を聴いた
暗い家から見える外の雨は
街灯や他家のあかりを反射させ
みだらなほどに輝いていた
父はいつもそういうとき
いつもよりずっと穏やかになっていた

雨、外は、雨

わたしは今夜も胸のなかをのぞいてみる
自殺への衝動は、そこにいる
そこにいて、ふるえている
ぽ、ぽ、ぽ、
と、雨の音にうたれるように
胸の中でちいさくうごいている

外は雨

蛙がよろこんで走り回っているだろう
今日の昼にわたしが植えた花も

わたしが死ぬときも
どうか今日のように
雨が降ってほしい
なぜという
特別な理由はない
なぜかしら、それがわたしにふさわしく思えるのだ

外は雨

指の先まで
血管のなかをすさまじい勢いで
水が流れていくのがわかる
心臓が一定のリズムで
水を送りだしているのがわかる

外は雨
ただの、どこにでもある一夜
けれどこれは、わたしだけの一夜




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

美徳

昨夜からの熱をぶらさげて
草を刈る
一日に
一万二千円が
ほしいので
草を刈る
熊手をひっぱる

夏の最後っ屁のような今日の昼
やつらは半袖でやっているというのに
わたしはといえば
阿呆みたいに
長袖を二枚も着こんでまだ
27℃の晴天にこごえている

「なにがあっても仕事を休まない」
とか
「病なんてものは働いてふきとばす」
だの
彼ら植木屋の美徳はすばらしい
簡潔にして精悍だ
おお、すばらしい
けれど
それはわたしの美徳ではない
ただ
一日に
一万二千円がほしいだけ

めまいがしようと
骨が凍ろうと
草を刈る
熊手をひっぱる
一万二千円がほしいだけです



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

自画像

眉のうえに角がみえる
眉骨というふくらみが
ひとよりすこし
発達している
わたしの横顔は
ゴリラのそれに似ている
その横顔を見て
まるで角が生えてくるようだと
無邪気に怖れる妻にわたしは
「それはコンプレックスなのだから
あんまり触れてくれるなよ」
といい、苦笑だけしてみせる

ところが
それは別段、コンプレックスでもなんでもないのだ
それは顔に歴史が映っているだけなのだ
わたしの眉の上には事実、角が生えていたのだ
肉親を呪い
社会を呪い
運命を呪い
周囲の物事、人物、現象のことごとくを
疎ましくおもい
常に反撃にでられる体勢で
堅固にこぶしをにぎりこんで
人を憎み
己を憎んでいた、わたしの歴史

母が
「この子はいつもなにかを睨んでいる
眠っているときでさえ
眉間にしわが寄っている」
と嘆いていたことも過去にあったが
それもすこし違うのだ
眉間にしわが寄っていたのではなく
それは刻まれたもので
さらに言えば、それはしわではなく怒りだ
その刻まれた怒りが
ゆるやかに歳月をたくわえて
眉骨をすこしづつ
すこしづつ隆起させていっただけのことなのだ

そういったわけで
わたしの顔には
わたしの歴史が刻み込まれている
鏡をみるたび、思い出すように
決して忘れることのないように




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

詩人

それは莫迦げた考えだというだろう
現実的ではないと
嗤うだろう
後ろ指をさすことだろう
腹をかかえて
気の毒がる人もいるだろう
更生させようとするかもしれない
どうも、ご親切に!

でもぼくは決めたのだから
この暗くて
せまいのかどうかすらもわからないほど暗くて
寒いのか暑いのかもわからないほど暗くて
険しいかどうかもわからないほど暗い
この道をゆくだろう
己の言葉をたいまつに燃やして
一本のペンに命を吸いこませて
綴るだろう

君に語るだろう
君のかわりに語るだろう
そして死ぬまでそれをやめないだろう
駄作でいい
愚かでもいい
恥じるものはない
これはぼくとぼくの勝負なのだ
ぼくはもう宣戦布告をしたのだから
この、往く人の少ない道を選んだのだから

これは誓いではありません
自ら詩人と名乗るからには
なにがあっても、死んでも、
ペンを折ってはいけない
そういったあたりまえの
つまるところ覚悟の話なのです





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

石を積む

わたしの人生は
まるで賽の河原です

積んでは崩し
また積んでは崩される

鬼はやってきて崩すのではなく
鬼はすでにわたしの内にあるのです

ひとつひとつ
石を積み上げるのもわたし
もういいや、と
仕上がりつつある石塔を倒すのもわたし

はてしない徒労
繰りかえされる歔欷と緘黙

いつまでも彼岸に行かれない
お地蔵さまもまだ来ない

56億7000万年
待ってみよか
ここで、こう
またひとつ、石を積みつつ



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

ぼく、いくつまで生きられるかなあ

生まれてから、死ぬまでの時間
60秒で1分
それが60回まわると1時間
1時間は3,600秒
それが24回まわると1日
1日は86,400秒
いいことわるいこと
たくさんある1日が
いろんな人と過ごす1日が
秒にあらわせばわずかに、5桁
1日が
365回まわれば、1年
1年は31,536,000秒
それが34回まわると
いまのぼく
1,072,224,000秒
いろんなことがあった
ほんとうに、いろんなことが
たくさんの人と出会った
同じ数の別れもあった
それを秒であらわせば
たったの、10桁
人間60まで生きるとみて
ぼくに残された時間は
わずか819,936,000秒しかない
これまで生きてきた秒数より
1桁、少ない
電卓のはじきだす
冷酷で鋭利な数字
残酷なほど簡単な数字

数字の羅列を眺めていると
ぼくは0に目を奪われる
0はすごい
0は大発明
0は無をあらわすけれど
本当の無ではない
無という言葉を発すれば
もうそれは無ではないのと同じ

ぼくらはみんな0だった
まるい、まるい
無のなかにあった
1になったり
2になったり
くっついたり、離れたり
目はふたつ
鼻ひとつ
心臓ひとつ
足はふたつ
それも、秒とともに変化する
父は病で脚をひとつ失った
叔父は脳の半分ほどを失った
母は3人の子供を産んで母になった
ぼくは妻と出会って2人になった

人をあらわす数字はめぐる
目まぐるしく、狂ったように明滅をくりかえす
視力は0.1以下になり
記憶力も数%衰えて
残す時間も9桁になったいまのぼくに
かわらずあるものがひとつある
0だ
これはきっと、魂をあらわしている
ぼくの魂は0個ある
0だから、誰にもさわれない
0だから、増えもしないし、産みもしない
0だから、減りもしないし、失せもしない
0だから、目には見えない

ぼくの0はかわらず今もある
ぼくをとりまく数字の羅列の中央に
どっかと座って
ぼくを見ている
ぼくは死に物狂いで生きなくては
この身がよじれても
そして倒れても

∞に等しい1秒というものが確かにある
いまのぼくにはそれがわかる
子供のころは
一生が永遠に続くと思っていた
それがいつか終わるなどと
考えもしなかった
長かった夏休みはもう終わった
目のまえには宿題が山積みだ
税金、就職、年金、保険、借金、葬祭、遺言、家族
もう、二学期を迎えている
ぼくはこの人生の終わりまでに
一枝でいい
美しい桃色の花を咲かせたい

幹よ、太くなれ
葉よ、繁れ
1秒、1秒を、この年輪に刻め
種を落とさずともよい
あだ花でもよい
ぼくの花を咲かせるために
渾身の1秒を、いま、生きろ




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

「君はいつも自分ばかり
その書かれた詩をみてみても
そのどこを切りとってみても
自分のことばかりだ」

「自分ばかりがよければ
それでよいのか
人を思いやる気持ちはないのか
だから友達もいないのだ」

わたしは
そういうことを言われるたびに
うん、もっともだ
そのとおり、と思う

思いはするが
思うだけで
反省もしないし
なんとも思わない

わたしは一生をかけて
わたしの花を咲かせるのだ
夾竹桃のように
鈴蘭のように

内部にたっぷり
毒を蓄え
わたしに触れたすべての人を
毒でおかしてやりたいのだ

毒だけが
毒を制する
あなたの毒に
わたしの毒をかけあわせて

わたしのなかに
生まれたときから調合されたる
この毒が
わたしの目をわたしに向かせる

わたしは一生
わたしのことばかり
うたうだろう
わたしの毒のことばかり

鈴蘭のように
夾竹桃のように

毒のない人間などいるものか




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

わたしと詩

わたしの詩
わたしにとって
これ以上価値のあるものがあるだろうか
家族も
友人も
仕事も
趣味も
どれも大事なものにちがいないが
どれもわたしの詩の養分となる
そのためにあるとさえ
感じるときがある

わたしの死
昨夜も死をおもって
胸を患った
心臓を万力でしめつけられるような
喉から泥が吐きだされるような
この病は
生涯、完治するはずはない
生きている間中
わたしはつねに
「死」につき纏わられている
陰鬱な探偵
決して姿を見せることなく
執拗にわたしを尾行している
いつ、どこででも

わたしの詩
死の探偵がみはっている
わたしの後ろから、ななめ後ろから
ななめ前から、ときに、目のまえで
死を思うとき
わたしは孤独の極致へ拉致される
自分の体がふわりとうきあがって
自分のものではないように感じる
やがてくる絶対の漆黒
不可避の重く青い桎梏
それに向かいあうために
わたしの詩はある

わたしの詩
今日、仕事帰りにみたあの夕焼け
りんご飴ほどに赤い、稚けない太陽
その太陽に背中をやかれた昼の仕事
玄関でわらってわたしを出迎える妻
家中をあるきまわって思案顔する猫
掌のなかにあるかなしみ、よろこび
そこからこぼれるさみしさ、おかしさ
踏切のまえでカンカン、カンカン
わたしに訴えてくる何か
赤信号、赤い太陽、赤い血
目のまえをかすめるようにすぎる
電車の轟音と、その盗賊のごとき疾さ
共鳴するかのように身震いする心臓
わたしの赤い心臓

わたしの詩
この街並みも、この茜色の空も
あのひとも、このひとも
孤独なわたしも
おそろしい夜の闇も
あふれかえる感情も
もてあます虚栄心も
書かれるのを待っている
右も左も、上も下も
南も西も、東も北も
明日も、昨日も、はるか昔も
すべてのものが
ずっと
わたしに
書かれるのを待っている

そのときわたしは思ったのだ
わたしが詩なのだと
自分の外のものを追い求め
ないことを嘆き
新しいものをさがすことはない
それはつまり
書く必要すらないということ
なんのために生まれたのか
それがはっきりとわかった
わたしは一篇の詩だったのだ

わたしは詩
わたしが詩

皮膚の下を赤いインクが流れている
子どものほっぺたほど赤い
りんご飴ほど赤い

わたしは詩
世界を踊る




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

かつての未来

後悔の薫りがする

数多あった
あの輝かしい未来は
どこに置き忘れてきたものだろう

過去に
たしかにあった
未来のたば
未来は選べるほどにあった
煩雑をとおりこして
滑稽なほどに
未来はわたしの手のひらから
こぼれたものだ

うるさくて
うるさくてたまらなかった
こっちの未来はよいぞ
こっちの未来はよいぞ

十五、十八、二十
ノートの端に並べられた数字
その横には
その歳のころの
なるべき自分
予定
美しい調和
輝く未来

でたらめな活力だけの
その筆跡
まるででたらめ
荒唐無稽

それでも
外が嵐で眠れぬ夜には
己の胸のうちの嵐をせめて
鎮めようとして
書きなぐっては微笑んだものだ

わたしはついぞ
そういったたのしい落書きを
書かなくなっていた

「雨おとを聴くのはずいぶんひさしぶり」
外は夜で雨降りだ
妻の言った他愛もない一言に
わたしは慄然とした

過去
時間がありあまるほどあった過去
戻れぬ過去
終わったもの
とりかえせぬ時間
あのころのわたし
汚い小部屋で
書きさしの短編の構想を練るふりをして
窓の外の雨音を一心に聴いていたわたし
激しい恋をして
大笑いしたり泣きじゃくっていたわたし
シャツを血だらけにして靴をうしない
大雨のなか叫んでいたわたし


思い描いていた未来の輝きを
このいまの生活に見出せぬから
頭をかかえこむのだろう

流すための涙すらもうとうに失い
残された時間のみじかさに驚き
そしてその疾走する時間のふところに
抱きかかえらえてしまっている己の姿が
あまりに不憫で鳴くのだろう

ノートの端に
今の年齢を書く
34
もうその先には
無限のパラレルはない
胸のときめきはそこにはない
焦燥と
厭世と
矛盾と
妥協と
妥協と
妥協と
そして大きな虚無感と
さらに大きな喪失感と
それから
それだけが真理だというような顔で
一番最後には死がかまえている
玉座にすわりこちらを見ている
命の残量のすくなさに
ただただ嗚咽をおしころすことしかできない

いましがた薫製場からでてきた
つかれた農夫のように
体中に後悔の薫りがするのだ

かつてあったあの輝かしい
未来たちは
活力と意欲にみちたあの時間たちは
わたしの気づかぬ間に
いったいどこへ失せたのだ
いったいどこへ失せたのだ
いったいどこへ失せたのだ
わたしの許可もなく

盗まれるようにして
失せていったわたしの命
ちがうでしょう
浪費してしまったわたしの命
歯噛みするほど
悔しくなってしまったから
わたしは後ろをふりかえり
目をこらして探すけれど
その道程は
あんまり急なものだから
ほとんどなにも見えやしない

死が
時間を生むのだろう
だからわたしたちは
いつも時間に追われているのだろう



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

さなぎ

わたしは芋虫のように
この数日間を過ごしてきました
家からもろくにでず
別段なにかを考えるでもなく
働かず
ただひっそりと生きていました

世に棲むおおくの人が
働いている時間に
わたしは芋虫のように
布団にくるまって
過ぎてゆく時間を見つめていました

ほかになにができましょう
芋虫は芋虫です
未来、蝶になるとしても
芋虫はいま芋虫でしょう

さなぎをはさみで切ったときに
どろりと流れたあれは
芋虫でしょうか
蝶でしょうか
そのどちらでもないのでしょうか
そのどちらでもあるのでしょうか

姿、さだまらず
自力で動けず
ただ風にもてあそばれるばかりの
どろどろとした
いまのわたしは
芋虫でしょうか
蝶でしょうか

外敵からわが身を守るため
いささか堅固に過ぎたこのさなぎは
内からはもう開かないのではないでしょうか
ただ窮屈に身をかがめ
丸まることを強いられて
折角できあがったその羽も
かたいさなぎの中で
そのかたちを醜くゆがめられ
その機能をうしない
その夢見ていた明日の蝶ではない
グロテスクな畸形のかたまりに
なってしまうのではないでしょうか

芋虫は蝶として生まれるのでしょうか
芋虫は芋虫として生まれるのでしょうか

芋虫は蝶を生み出すのでしょうか
もとより蝶であったのでしょうか

わたしは明日に
蝶となれるのでしょうか






にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

東京

東京の街は
いつでもすえたにおいがする
人口が増えすぎて
はしのほうから腐りはじめている
むせかえるほどの
なみだのにおいがする

東京で生まれ
田舎で育ち
いままた東京で暮らしている
東京を呪いながら
東京を罵倒しながら
東京を軽蔑しながら

東京の街では
人はみな身をかざっている
虚しさを隠すためだけに
原色のけばけばしい街中に
するっと溶け込むカメレオンのように

同じ服を着
同じ靴を履き
同じ顔をし
同じことを話題にし

詩など読まず

東京の街では
毎日なにかを棄てている
弁当や服や家電よりも
もっと大事なものを
棄てている
毎日、毎時、毎分、毎秒
自分を少しづつ切り売りしている
ばかみたいに高い
家賃を払うためだけに

東京の街では
毎日そういうショウが見られる
ゆるやかに自殺していく人間のショウ
公園から子供の影はうせて
ビルの谷間には
泣きじゃくる大人の姿の子供がある

夕方の土手に遊んでいる子供たちは
みな幻の世界のもので
日没と一緒に眠りにつく
東京の
汚いアパートの一室に
ビルの谷間の牢獄に
公園のすみのあばらやに
子供たちの夢は眠る

東京の街はまるで
ひとつの大きな墓標のようだ
そこに眠る死体は
なぜか子供のものばかり
墓守たちのうたが聴こえる
時計のすすむ音が聴こえる




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

いのり

わたしは見た
それは老婆だった
やせた体を車いすにあずけ
汚れたタオルを首からさげ
その片端を噛み
弱く噛み
乱れた白髪は
すべてうしろにながし
枯れかけた頭皮の脂が
それをゆるりとまとめ
えりあしは汚れたタオルに
静かにかかり
微動だにせず
うすくひらいた
まぶたの奥の
黒い
黒い瞳はそっと
ななめうえのほうを
見るでもなしに
見あげている
そうして
なぜかずっと合掌している
弱弱しく
しわだらけの
しみだらけの
骨を透視できるほどの
そのうすいてのひら
小刻みにふるえるてのひら
動かないまなこ
その瞳に何を映しているのか

車いすのハンドルを握る老爺
年輪をかさねたひとつの夫婦
しずかにまわりだす車いすの車輪
それを見ているわたし
老婆は合掌している
ななめにかたむいた首筋から
天人五衰のかおりがする
老婆のかなしみはわからない
苦しみはわからない
介添えする老爺の瞳には誇り
ひとつの夫婦としてあゆんできた軌跡
車輪はまわる
診察室へ
病院の
白く残酷な待合室で
わたしはひとつの神を見た




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

鳥かご

鳥かごの鳥
おまえはなぜそこにいる
翼もある
きっとまだ飛べる
もがけば
不格好でも
きっとまだ飛べる
それなのに
おまえはなぜそこにいる
いつまでそこでそうしてる
小さなくちばし
せわしくうごかし
叫んで鳴いてなにになる
水はあり
餌もある
おまえは知らぬふりをするが
そこには自由だってほんとうはある
おまえはそのかごからいま外へ
飛びだす自由をまだもっている
それなのに
みずからおりの内にこもり
守られ
与えられ
あたたかい惰眠を啄みながら
ちいちいちちち
不満をくちざすんでばかりいる
嘆きを
憤りを
悲しみ
孤独を
寂寥
不安を
後悔
懺悔を
ああ
鳥よ
おまえがそのかごにいるあいだは
そのくちばしで歌うそれらの歌は
みんな嘘だよ
みんな嘘だよ
鳥かごの鳥
飛べないのは
鳥かごのせいではない
空はあり
おまえを待っている
いまもおまえを待っているよ


にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

風のなかを歩く

ぼくにひとつの
ポケットがある
かなしみを
いれておくための
おりにふれて
とりだして
さわってみるための
ポケットがある

そこに両手をつっこんで
ゆびさきでころころ
まさぐりながら
風のなかを歩いている
歯食いしばるうち
しめってしまったのどちんこ
空にむけて
乾かすために
言葉でないもの
叫んでみたり

ふと
風が吹いたくらいのことで
ぼくらはたやすく
狂うのだろう

ポケットから
ひらりこぼれた
ひとつの言葉
「あんたにひかりなんてなければいいのに」
蹴とばして帰り道
そのときも
あのときも
風のなかを歩いてきたのだ

ぼくらは
この夏の
青い嵐のなかに
ひとりぽっち
さみしくなんてない
ひとりぽっち
祈るように
風に向かう

ふと
雲がしりぞいて
陽がさしたくらいのことで
ぼくらは
たやすく
狂うのだろう

ぼくにひとつのポケットがある
そこに両手をつっこんで
ぶっきらぼうな顔をして
風に涙を乾かすのだ
風のなかを歩くのだ





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

鬼火

ぼくが死んだら
燃やすでしょう
腐ってゆく
すがたを
見られずにすむ
だれもそれを
見ずにすむ

そのとき
ぼくのぬけ殻を
塵にもどすために
ひとが
淡々と
事務的に
たきつけるかまのなかの炎と
この
一秒の渾身
命の炎と
どちらがはげしいものでしょう

ひとは生ごみ
燃やさなければ
腐ってゆくだけ
生きながら
腐ってゆくのは
いやだから
こうして こう
燃やしつづける
生きながら
腐ってゆくのは
いやだから
そうして祈る
死んだとき
ぼくを燃やす地獄の火より
いま生きるため
燃やしつづける
この魂の
この炎の
ちからがまさっているように
どうかまさっているようにと






にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

さくらの咲くころ
きまって憂鬱になるわたし
アスファルトの上を
音もなくすべりゆく
白いちいさな花びらさらり
それを見るたび胸にいたみ

どうしても
死にたくなる
まわりを見わたせば
ひとびとは
春のよそおい
わたしは帽子を目深にかぶる
なるべく春と
目をあわさぬよう
目をあわさぬよう

そうだ
百億枚の
さくらの花びらをあつめよう
あつめたら
東京の
高いビルの上から撒こう
きつとわたしと似たような
ひとびとが胸を両手でおさえ
その場に倒れこむだろう
その数を
わたしはビルの上から勘定しよう

やつた
これ
みな友達だ
わたしと同じ苦しみだ

きつと痛快な気分だろう
いつから咲いたかこの胸中に
ふるえているこの悪意の花を
うすももいろの花びらに似せ
世に撒くことができたらば
誰のものともしれぬこの悪意
天衣無縫の幼児のころから
かいこのようにわたしの胸を
さあさあ喰らって
きづけばほら
こんなに大きくなってしまった

花明かりの向こうがわに
今度こそわたしは
この悪意をつきかえす







にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

ねむれ

何を書いてもしっくりこない夜がある
それでも書かずにはいられない夜もある

そんな夜には
いつもの何倍も頭を掻く
頭がかゆいのではなく
脳みそがかゆいためだろう

あまりにもおおくの感情と言葉をまえに
どれを選ぶかなどというのは
あるいは正気ではできないのかもしれない
それに納得することなどは

だからそんな夜はむしろ
ぼくは正気に近いのかもしれない

にじみだす狂気が
詩を書かせるのだ

かつてはセンチメンタルがインクになり
懺悔と後悔のなかに自己愛のペンがあった
自画像を描くつもりで
いつまでも偶像を追いかけていた

いまのぼくは
詩では酔わない
むしろ醒めていく
透明な狂気がそこにある

今夜はそれをつかめない
内心の欲求には
とてもこたえられそうにない
だから眠れ

つかれたたましいよ
あわれなてのひらよ
眠れ



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

植木屋の爺が
その年輪のようなしわに模様された
ごつごつしたかたい手で
やわらかく蝉をつかまえた

やかましく
ほうぼうから聞こえる蝉の声
太い幹にむらがっていたり
こずえのほうから叫んでいるようだったり
熱せられた電柱にしがみついていたり
けれどもその爺につかまった蝉は
ずいぶん前から地上にいた

日陰で
休んでいたその蝉は
羽が片方ちぎれていて
どうやらもう飛べないようだ
植木屋のあんちゃんが来て
足袋のつまさきでころがしたときなどには
狂ったようにもがきまわり
残された片方の羽を土にこすりつけながら
くるくる、くるくる
回ったりしていたが

時雨のように降りかかる
蝉たちの声のかさなりの中で
そいつはいっこう鳴こうともしない
もっとも
おおきな声で鳴いたところで
助けにくるものもないだろう
いつどこで羽を失ったものかぼくは知らないが
ずいぶん間抜けなやつなのだろう
ちいちゃな枯葉のようなその羽
ちぎれてみすぼらしいその羽を
ぼくはぢっと見つめていた

そのちかくには
こま切れにしたなにかを運搬する蟻が無数にいた
からからに干された蚯蚓がいて
そこにも蟻がむらがっていた
仰向けにこらがったカナブンのむくろにも
いままさに蟻があつまってきて解体をはじめていた
ぼくはそれらをぢっと見つめながら
弁当をほおばっていた

夏の
鋭利なやいばのような陽のしたで
それらの活動はむきだしに晒され
ぼくのからだの骨まで晒され
あまりにも露骨に生死がそこに晒されて
どのむくろも生き生きとむくろだった

植木屋の爺は
つまみあげたその蝉を
そばのちいさなアオダモの葉によせて
ほら、がんばれよ
などと言って励ましているが
奴はびいびい鳴いてあばれるばかりで
ちっとも枝につかまろうとはしないのだ





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

今日いちにち
こころみに
自分はもう死んだのだと
思いこんで
生きてみやうか
そうすれば
あわよくば
風のやうに
生きられはしないだらうか



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

24/7

いちにちに
わたしは幾時間
詩人であるのか

植木をいぢりながら
詩人であることが
できるのか

夫でありながら
詩人であることなど
できるのか

空にむかい
木にむかい
人にむかい
真摯に生きるとき
こころの空洞のところにひびく
言葉が
こだまする
そのときに
がっしとつかむ
その掌が
わたしに言う

できる。






にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

生業

海から奪い
森から奪い
山から奪い
空から奪い
地球から
搾り取るだけ搾り取り
ついに神から奪いはじめた

けれど
わたしたち詩人は
忘れてはいない
それより遥か昔から
人は人から奪ってきたこと

人は奪うことのみで
生きてきたこと





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

ある鳩の死

ひからびた内臓
夏の酷薄な烈日と
朝からごんごんと吹き荒れた風とに
からからに乾ききった
おそらく鳩らしきものの骸

アスファルトの車道に
ぴったりとはりついた
鶴の家紋のようなその姿
それはきっと最後のはばたき
まばたきほどの短い命
祈りのようにうまれては消える

おまえのちいさな死
それは人間とておなじことだ

鳥よ
お前が生きているうちに
わたしはお前をみただろうか
それともわたしたちはすれ違ったまま
とうとう出会うこともなかったろうか
こうして骸になったお前を
ただ見つめるために出会ったのか

なぜかしら
どこからか
お前の視線を感じるようだよ

鳥よ
お前は空中をとびまわることはもうやめて
空中そのものとなるために
この夏のなかに溶けこんでいったのか
ここにぺしゃんこの骸だけを遺して

どこからかお前の視線を感じるようだよ
鳥よ




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

誕生日

なにもかもに苛立つ
なにもかもが癇に障る

40分かけてバイク
出勤しながら迷う
休みたい
なにもしたくない
このまま対向車線にはみだしたい

会社について
社長が謝る
70超えたじいさんが謝る
謝られればこっちは情けなくなる
恥じる
たまらなくなる

わかりました
社長の誠意は
おれも昨日休んで考えました
もうしこりは消えましたから

でも今日も一日休みをください
もうやってられない状態なんです
病名はいいたくないです
言えばみんなすぐに勘ぐる
おれのこと狂ったやつだという

給料もらって帰り道
ツレの会社によってお土産のメロン
バッグにつめて帰り道
対向車線に迷い込む
そんな夢見ながらなんとか運転

うるさいうるさい
莫迦みたいな車の爆音のマフラー
死ねやどいつもこいつもうざったい
音の出ないイヤホン耳の穴につっこんで
ぐうの音もでない
仕方ない
これが病気ってやつだ「人とはちがう」?

病気のせいにするなとかいうやつ
一日でも半日でもいいよ
おれとかわってみろ
「自制心がたりない」?
「メンタルが未熟」?
だから一日かわってみろって
おれの精神力の強さがわかるから

爆発、叫喚しそうなメンタルかかえて
袖とおす作業服
気がふれそうになりながらも
なんとか会社までたどりつく
五里霧中
幻想の花に悪酔いしながら
なんとか家まで帰りつく

それだけの一日になったって
どれだけの辛酸なめたって
もうどうでもいいよなんだって
言ってくれるな「頑張って」なんて
くだらねえ

反吐がでる思いで
やっとの思いで家に帰り
腐ったゴミ箱のような悪臭はなつ
自らの心臓のなかにおかえり
ただいま
腐敗の子供
抱きしめて眠れ

ああ
今日はおれの誕生日だったな

じゃじゃうまの躁と
死にたがりの鬱の
間にはさまれて
「HappyBirthday」
妻の言葉に苦笑い
それでもおれの心はひらかない
鏡にもおれは映らない
なんにも耳に響かない

ああ
今日はおれの誕生日だったな
あわや命日にもなりかけたな
ほんとよかったな
生きぞこないか
死にぞこないか
わかりゃしねえけどな






にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

不発

書いては消して
書いては消す
消された言葉は中空にある
遺らない
届かない
消された言葉は中空にあり

無残にこぼれた精子のように
着床することなくどこかへと消え
それは命の不発と見え
遺らず
届かず
おそらくどこかにあるものと思え
思いはしながらも探す気にはなれず
また書いては消し
書いては消している

こころによぎるすべてのことを
言葉にできるわけなどないのだ
書いては消して
そのたびに
自分をすこしずつ薄めていっているとしても
こころによぎるすべてのことを
言葉にできるわけなどないのだ

書かずに消す

遺らず
届かず
生まれもせず

そういう言葉が中空にまだあり
ぢっとわたしを睨んでおり
それがみずからの首を絞めるとしても
堕胎の道しか選べぬ言葉が
ある




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

宣言

わたしは文飾屋ではありません。
修辞をきわめ、
美しい文言を縦横にふりまわし、
人々を感心させるための
ペンではありません。
わたしのペンはわたしの肉であり、
わたしのインクはわたしの血そのものなのです。




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

死んでみせる

両手でにぎりしめた
つよくつよくにぎりしめた
包丁の柄につめのあとがくつきりうかぶくらいに
にぎりしめて

みずからののどを刺し貫く
その刹那を思い
うすらわらい
ふきだす血液をおもいえがいてうすらわらい

ひとりわらい
ひとりあそび
ひとりでおえかき
ひとりでわらう

肺に血がたまってくるしいだらうか
のどは裂けて痛いだらうか
頭はくらくら、気分は最悪だらうか
それはこのさき生きていくよりもつらいだらうか

生きるも死ぬも
引き算ではない
よりつらいから死ぬのではない
よりたのしいから生きるのではない

生きるも死ぬも
引き算ではない
それはカミサマのいいかげんな暗算
勝手きままなカミサマに中指たてることしかできない?

生きてやるんだつて
死ぬまで生きてやるんだつて
ぼくが生きていくことを
生まれてそうそう絶望させた
カミサマに
ぼくができる復讐はそれしかないんだつて

見てろよ
生き抜いてやる
見てろよ
立派に死んでみせる






にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

詩をかく影

そわそわそわそわ
春の風がふけば
はなびらでなくとも
散りまどう

さざなみたつ
はかない春
あまたにたつ
ことばを編む

ことばのつらなり
こころをかたどる
そわそわ
ふわふわ
ゆきまどう

とうめいの足
かぜにながされ
ただ詩をかく
この世のおばけ




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

互いに

植物がそだち
花をつけ
実をおとすのを見て
太陽の恵みだという

でも逆を云えば
可憐に咲いてる小さな花の
おかげで太陽があるのだとも
云えはしないか

花が咲かなきゃ
太陽も太陽ではいられまい




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

かくれんぼ

「もういいかい」

まあだだよ

「もういいかい」

まあだだよ

まあだだよ
まあだだよ

だれもいなくなってかくれんぼ
まだつづいているのかくれんぼ

まあだだよ
まあだだよ

鬼さんこちら
見つけてくれなければ帰れない
見つけてくれなければかくれんぼ
ひとりじゃ終われないかくれんぼ

あすこのビルとビルの隙間に
あすこの歓楽街の春売る店に
あすこの工事現場の骨組みに
ひうひう風が吹いてはぬける

あすこにも、ほら、あすこにも
ひとりでつづくかくれんぼ
見つけられるのを待っている

もう一度
もういいかい
といってくれたら
今度はちゃんと
もういいよって言うからさ







にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

言葉

書かなければいけない言葉などない。
書かれなければいけない言葉もない。

ただ、書かなくてはいられない魂だけが、在る。
そこに在る。
ぢっとしている。




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

伝書鳩さんが云いました。

人は
未来にばかり夢を見ているわけではありません。
過去を思ってみてください。
ほら、ね。
みんな、夢のようではないですか。
輪郭はもやもやとし
背景はにじんだ水彩画
あの人の声も、天使の声も
同じにように聴こえる。
過去も未来も、夢でできているのですわ。
全部、夢なのだわ。



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

琥珀

ちんけな虫けらのやうなあなたです。

それが夏にはよく働き
秋にはすこしは肥え
冬にはおとなしく読書などをし
春にはきまつて発狂してゐる

ちんけな虫けらのやうなあなたです。

どうです
詩人になれそうですか
うるしにかぶれたときのやうに
その手は掻痒にふるえていませんか

詩にかぶれてはいませんか
詩に何かを求めていませんか
書くことを創ることだと思つてやいませんか

ちんけな虫けらのやうなあなたです。

琥珀のなか
あなたの詩は
一文字として遺らないでせう。
ただ、ちんけな虫けらの遺骸がそこにあるだけでせう。




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

翡翠

草むらに落とした翡翠を探しにゆかう。
見つかりつこないと思うけれど
見つかると信じて探しにゆかう。


にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

2016328

どんどん苦しくなる。
どんどん苦しくなる。

右の耳に右の時計の秒針の音。
左の耳に左の時計の秒針の音。

頭をひらいて、脳みそを洗って干してしまいたいのに
頭蓋骨の鍵をどこにしまったか、おぼえていない。

時間はすすむ。
朝が近づく。

ここに一人、ぼくがいる。
宇宙にむけて、言葉を吐く。

目の穴の内側から誰かが見ている。
そこに誰かが棲んでいる。
それをぼくだと思っていたけど
もしかしたらちがうのかもしれない。

ああ、夜がすべりおちていく。
月が嗤っている。

血は封印されている。
叫喚は閉ぢこめられている。

その気取った横っ面、張り倒してやりたい。
壁に向かってぶん投げてやる。
血が出たって、あざがにじんだって、やめてやらない。
耳からこぼれた、一億リットルの感嘆符。

爆ぜてなくなれ。




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

鏡あそび

四つ。
五つ。
六つ。

二枚の鏡、その真ん中に私
私の顔
近づけるほどに顔はふえ
私の背後の空間ほどに
鏡のなかの空間がひろがっていく。
四つ。
五つ。
六つ。
六つの私の顔が、私を見ている。
あるいは私の顔を見ている私を見ている。
そっぽを向いている顔をみつけると、
どきり、とする。
お前はいつのまにこんなに近くに、
私のほほに、お前のほほが触れてるじゃないか。
七つ。
八つ。
九つ。
・・・
ああ
なんてことだ
それぞれの
それぞれの顔の二つの目にも
私の顔が映っている

あ、めまい

のけぞり
見上げる風呂場の天井
そこに湯気
もわり もくり
安全剃刀
十八の目の玉のなかにうごめいていた私どもの顔
その幻影が
湯気の中でたわむれている
石鹸のあわ
ぬれた腕
精神安定剤
・・・
もう一度
鏡に目をむける
一枚の鏡

一枚の鏡に一枚の顔
私の顔
鏡を伏せる
とたんに、ほら、もうわすれている
・・・
安全剃刀に
石鹸のあわ
遊牧民の夢
湯気、湯気、湯気
じゅう

私の顔はすぐこぼれてしまう





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

月に

月をしりませんか
ぼくの月を
月を見ませんでしたか
ぼくのまあるい
まあるい月を

あれに映っていたのは
ぼくの顔です
ぼくはぼくの顔を
なくしちまった
忘れちまったんです

月をしりませんか
ぼくの顔をうつした
あの
まあるい
まあるい

月を





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

二月ノ鬱

(今日)

木々に新芽が
花に蕾が
つくこのころに
焦燥に駆られるのは
いつものこと
死にたくなるのも
いつものこと


(昨日)

鬱がくれば亀になる
布団の中に隠れてしまい
頭と手足をすこしだけ出す
甲羅のない亀よわい亀
甲羅がなくてはあるけない


ああ、それとも
はつきり白状しやうか?
布団の中にしか居場所がないと
パーカーのフードを目深に
毛布で全身おおいかくして
のそのそ 這うやうに
カタツムリのやうに


(一昨日)

森田童子
ぼくのかわりに泣いてくれる
ぼくのかわりに死んでくれる
友川かずき
ぼくの怒りを叫んでくれる
ぼくの悲しみを見つけてくれる


破裂する
そこ 限界まで
なんとか生きている
と 思っているのに
まだ破裂しないし
まだ悩みはふえる
ぼくはもっと強く
あるいはもっと弱く
生まれたかった


あの頃の無垢を連れて
慟哭の汽車は走り去る
この広い
時間とよばれる平原を
追いつけやしないのだ
無垢は連れ去られていってしまった



(もっと前)

覆面をかぶった子供たちばかりが乗る
夜行列車
マイナス1℃の闇をつんざく汽笛と
子供たちの奇声

そうして鬱が来る
夢をみたんだ







にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

夏まで

夏までなんとか生き延びやう。

これがいまの
冬の
春の
目標

夏まででいい
なんとか生き延びやう。



にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

言帝

君はいつでもほっぺたのなかに
苦虫を噛んでいる
ぼくは言う
嘆きなさい
自分の手の届く範囲のものだけ
憤りなさい
自分の手の届く範囲のものだけ
望みなさい
自分の手の届く範囲のものだけ
あとはあきらめなさい





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

時間

自己弁護ではない
欺瞞による正当化でもない
そんなものは
必要なかったのかもしれない

ああ、時間だ

ただ時間だけが
それをつつんで赦してくれた
わたしの選択してきた
これまでの人生を
負いきれぬ、その責任を
時間だけが軽くしてくれた

いざなわれるままに
時間についていかう
人生の終わりという
人類未踏の地まで





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

自分だらけ

60億からなる
「自分」のゲシュタルト

かれも自分
かのじょも自分

隠されても自分
殺されても殺すのも自分

今日すれちがった人のすべてが
各々に
自分

で、あろう
という仮説にたどりついたとき
少年だったぼくは慄然とした

世界はひとつではないと知った






にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

超技巧派

純粋ともいえ
単純ともいえ
どうだっていいが
混じりけなしの感性というものがあるとして
その
感性のみで書かれた詩が
技巧を超える瞬間を
ぼくはずっと夢に見ているのだ

そしてそれをなんとなく
待つのではなく
今もむかって歩いているのだ





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

贅沢は言わない

贅沢は言わない
もしも
詩を書くことができなくなるなら
そのときは
妻にそっくりな
珠のような娘か息子を
ひとり
産んでもらって
この手に抱いたら
今生に
未練は
なくなるだらう




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

詩人

弱者を守るのは
警察の仕事ぢゃない

そう
わたしにはっきり言った警察官がいる
師走の国道357
白バイにまたがった小太りの正義が
見えざる六法をふりまわして
なんども言った
「法律は法律です」
なんどもそれを言った
まるで死におびえ
念仏をくりかえす半死者のように

警察官は弱者を守るのぢゃない
法律を守るのだ
そして自分の家族の食べるもの着るものを
守っているのだ

帰り道
わたしは何度もつぶやいた
弱者を守るのは
警察ぢゃない
警察ぢゃない
弱者を守るのは
警察ぢゃない
弱者を守るのは
われわれ詩人だ
詩人だ





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

爆弾

小型の爆弾を
いつも胸に
ひとつ抱えている

ひとり部屋におとなしくしているときも
友とかたらいわらっているときも
妻とわいわいふざけているときも
仕事をしていても
街をあるいていても
いつも胸に
爆弾がある

それが破裂すれば

肉も骨も
別段、どうにもならないが
その奥にある
心と呼ばれる
抽象的な
おそらく内臓の類いのようなそれを
一瞬で
木端微塵にくだいてしまう

その爆弾を
かかえてうつしよを歩いていくところに
ぼくの天命が存在する




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

今日はあんまり寒いからと
瓦斯の節約のために普段はお湯をはらない湯船に
なみなみの湯をそそぎこんで
とぷりとつかる

すると
湯にほだされてやわらかくなってゆく手足といっしょに
こころまでがとろりとこぼれ出て
ああ、生きているということは
これほど素晴らしいことであったのか
と、にこやかにため息をつく
湯気たつその眼前の湯をすくい
顔にぱしゃりとかける

それから
そのまま
両手で顔を覆うている
おさないころ
祖父の持っていたひょっとこの面をかぶったときに
面の暗闇から垣間見たひかりの世界を
湯船のなかで再現させている

そうして
そのまま
やがてくる死への恐怖とむかいあう
生死はつねに表裏
生の歓びのなかには死への恐怖がつねにあり
その恐怖の中にこそ歓びが咲く

掌でつくったお面をといて
ぱちゃぱちゃと湯面をひっぱたいて
言う

「ふふん、それだけのことさ」





にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

幸い

うまれたのが不幸のはじまりだ

人生を呪った若い日

だとしたら
妻と出会えたことが不幸中の幸い
誰に迷惑もかけずに詩を書いていることが
二つ目の幸い
それだけで生きている、今




にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ
にほんブログ村

自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

リンク

Welcome!

OfficeK

応援おねがいします

ブロとも一覧

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR