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目次

○自己紹介

こちらから

☆詩・散文・心象スケッチ

「スケッチ」

「私の断片」


★最近のもの

2016年の「第十二回 文芸思潮現代詩賞」に以下の三篇が「入選」しました。
風のなかを歩く
鬼火



コメント・批評、大歓迎です。


「経済社会が値を付ける、花屋の花ばかりを志したくない。
野の花もまた精一杯咲くことの出来る世の中でありたい」
(石垣りん)


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石を積む

わたしの人生は
まるで賽の河原です

積んでは崩し
また積んでは崩される

鬼はやってきて崩すのではなく
鬼はすでにわたしの内にあるのです

ひとつひとつ
石を積み上げるのもわたし
もういいや、と
仕上がりつつある石塔を倒すのもわたし

はてしない徒労
繰りかえされる歔欷と緘黙

いつまでも彼岸に行かれない
お地蔵さまもまだ来ない

56億7000万年
待ってみよか
ここで、こう
またひとつ、石を積みつつ



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ぼく、いくつまで生きられるかなあ

生まれてから、死ぬまでの時間
60秒で1分
それが60回まわると1時間
1時間は3,600秒
それが24回まわると1日
1日は86,400秒
いいことわるいこと
たくさんある1日が
いろんな人と過ごす1日が
秒にあらわせばわずかに、5桁
1日が
365回まわれば、1年
1年は31,536,000秒
それが34回まわると
いまのぼく
1,072,224,000秒
いろんなことがあった
ほんとうに、いろんなことが
たくさんの人と出会った
同じ数の別れもあった
それを秒であらわせば
たったの、10桁
人間60まで生きるとみて
ぼくに残された時間は
わずか819,936,000秒しかない
これまで生きてきた秒数より
1桁、少ない
電卓のはじきだす
冷酷で鋭利な数字
残酷なほど簡単な数字

数字の羅列を眺めていると
ぼくは0に目を奪われる
0はすごい
0は大発明
0は無をあらわすけれど
本当の無ではない
無という言葉を発すれば
もうそれは無ではないのと同じ

ぼくらはみんな0だった
まるい、まるい
無のなかにあった
1になったり
2になったり
くっついたり、離れたり
目はふたつ
鼻ひとつ
心臓ひとつ
足はふたつ
それも、秒とともに変化する
父は病で脚をひとつ失った
叔父は脳の半分ほどを失った
母は3人の子供を産んで母になった
ぼくは妻と出会って2人になった

人をあらわす数字はめぐる
目まぐるしく、狂ったように明滅をくりかえす
視力は0.1以下になり
記憶力も数%衰えて
残す時間も9桁になったいまのぼくに
かわらずあるものがひとつある
0だ
これはきっと、魂をあらわしている
ぼくの魂は0個ある
0だから、誰にもさわれない
0だから、増えもしないし、産みもしない
0だから、減りもしないし、失せもしない
0だから、目には見えない

ぼくの0はかわらず今もある
ぼくをとりまく数字の羅列の中央に
どっかと座って
ぼくを見ている
ぼくは死に物狂いで生きなくては
この身がよじれても
そして倒れても

∞に等しい1秒というものが確かにある
いまのぼくにはそれがわかる
子供のころは
一生が永遠に続くと思っていた
それがいつか終わるなどと
考えもしなかった
長かった夏休みはもう終わった
目のまえには宿題が山積みだ
税金、就職、年金、保険、借金、葬祭、遺言、家族
もう、二学期を迎えている
ぼくはこの人生の終わりまでに
一枝でいい
美しい桃色の花を咲かせたい

幹よ、太くなれ
葉よ、繁れ
1秒、1秒を、この年輪に刻め
種を落とさずともよい
あだ花でもよい
ぼくの花を咲かせるために
渾身の1秒を、いま、生きろ




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「君はいつも自分ばかり
その書かれた詩をみてみても
そのどこを切りとってみても
自分のことばかりだ」

「自分ばかりがよければ
それでよいのか
人を思いやる気持ちはないのか
だから友達もいないのだ」

わたしは
そういうことを言われるたびに
うん、もっともだ
そのとおり、と思う

思いはするが
思うだけで
反省もしないし
なんとも思わない

わたしは一生をかけて
わたしの花を咲かせるのだ
夾竹桃のように
鈴蘭のように

内部にたっぷり
毒を蓄え
わたしに触れたすべての人を
毒でおかしてやりたいのだ

毒だけが
毒を制する
あなたの毒に
わたしの毒をかけあわせて

わたしのなかに
生まれたときから調合されたる
この毒が
わたしの目をわたしに向かせる

わたしは一生
わたしのことばかり
うたうだろう
わたしの毒のことばかり

鈴蘭のように
夾竹桃のように

毒のない人間などいるものか




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6/12

アシナガバチを見た
目のまえを
新幹線のようなスピードで
擦過していった

それから
夜盗虫やらコガネムシの幼虫を見た
眠っていた花壇を掘り起こしたときに
スコップでちぎれたぶよぶよのからだ

腕が黒くやけはじめ
目は真っ赤に充血して
はたらくアリのようなわたしを見た
トラックの鏡で
店先のおおきな窓で

それらを空から見下ろしてみた
すべて
夏の始まりをうたっていた

蚯蚓が
狂ったように飛びでてきて、立夏

日陰をさがす昼休み
日夏耿之介の詩集を読む
後ろで結った髪の先まで
汗でしっとり濡れている

もうじき蝉たちが躍りでてくれば
わたしの34度目の夏が来る
じーん
じーん
つくつくつくつく
もう耳の奥から聞こえてくる

おや、赤ん坊の泣き声がする
ずっと聞こえる
数分たち
数十分たち
一緒に働いている仲間に
おそるおそる問うてみた
「赤ん坊の泣き声、聞こえる?」
しばらく無駄な問答をしてわかった
それは幻聴だった
あんなに明瞭なものだったのに
あれはわたしにしか聞こえていなかったのだ

それが今日のこと




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わたしと詩

わたしの詩
わたしにとって
これ以上価値のあるものがあるだろうか
家族も
友人も
仕事も
趣味も
どれも大事なものにちがいないが
どれもわたしの詩の養分となる
そのためにあるとさえ
感じるときがある

わたしの死
昨夜も死をおもって
胸を患った
心臓を万力でしめつけられるような
喉から泥が吐きだされるような
この病は
生涯、完治するはずはない
生きている間中
わたしはつねに
「死」につき纏わられている
陰鬱な探偵
決して姿を見せることなく
執拗にわたしを尾行している
いつ、どこででも

わたしの詩
死の探偵がみはっている
わたしの後ろから、ななめ後ろから
ななめ前から、ときに、目のまえで
死を思うとき
わたしは孤独の極致へ拉致される
自分の体がふわりとうきあがって
自分のものではないように感じる
やがてくる絶対の漆黒
不可避の重く青い桎梏
それに向かいあうために
わたしの詩はある

わたしの詩
今日、仕事帰りにみたあの夕焼け
りんご飴ほどに赤い、稚けない太陽
その太陽に背中をやかれた昼の仕事
玄関でわらってわたしを出迎える妻
家中をあるきまわって思案顔する猫
掌のなかにあるかなしみ、よろこび
そこからこぼれるさみしさ、おかしさ
踏切のまえでカンカン、カンカン
わたしに訴えてくる何か
赤信号、赤い太陽、赤い血
目のまえをかすめるようにすぎる
電車の轟音と、その盗賊のごとき疾さ
共鳴するかのように身震いする心臓
わたしの赤い心臓

わたしの詩
この街並みも、この茜色の空も
あのひとも、このひとも
孤独なわたしも
おそろしい夜の闇も
あふれかえる感情も
もてあます虚栄心も
書かれるのを待っている
右も左も、上も下も
南も西も、東も北も
明日も、昨日も、はるか昔も
すべてのものが
ずっと
わたしに
書かれるのを待っている

そのときわたしは思ったのだ
わたしが詩なのだと
自分の外のものを追い求め
ないことを嘆き
新しいものをさがすことはない
それはつまり
書く必要すらないということ
なんのために生まれたのか
それがはっきりとわかった
わたしは一篇の詩だったのだ

わたしは詩
わたしが詩

皮膚の下を赤いインクが流れている
子どものほっぺたほど赤い
りんご飴ほど赤い

わたしは詩
世界を踊る




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かつての未来

後悔の薫りがする

数多あった
あの輝かしい未来は
どこに置き忘れてきたものだろう

過去に
たしかにあった
未来のたば
未来は選べるほどにあった
煩雑をとおりこして
滑稽なほどに
未来はわたしの手のひらから
こぼれたものだ

うるさくて
うるさくてたまらなかった
こっちの未来はよいぞ
こっちの未来はよいぞ

十五、十八、二十
ノートの端に並べられた数字
その横には
その歳のころの
なるべき自分
予定
美しい調和
輝く未来

でたらめな活力だけの
その筆跡
まるででたらめ
荒唐無稽

それでも
外が嵐で眠れぬ夜には
己の胸のうちの嵐をせめて
鎮めようとして
書きなぐっては微笑んだものだ

わたしはついぞ
そういったたのしい落書きを
書かなくなっていた

「雨おとを聴くのはずいぶんひさしぶり」
外は夜で雨降りだ
妻の言った他愛もない一言に
わたしは慄然とした

過去
時間がありあまるほどあった過去
戻れぬ過去
終わったもの
とりかえせぬ時間
あのころのわたし
汚い小部屋で
書きさしの短編の構想を練るふりをして
窓の外の雨音を一心に聴いていたわたし
激しい恋をして
大笑いしたり泣きじゃくっていたわたし
シャツを血だらけにして靴をうしない
大雨のなか叫んでいたわたし


思い描いていた未来の輝きを
このいまの生活に見出せぬから
頭をかかえこむのだろう

流すための涙すらもうとうに失い
残された時間のみじかさに驚き
そしてその疾走する時間のふところに
抱きかかえらえてしまっている己の姿が
あまりに不憫で鳴くのだろう

ノートの端に
今の年齢を書く
34
もうその先には
無限のパラレルはない
胸のときめきはそこにはない
焦燥と
厭世と
矛盾と
妥協と
妥協と
妥協と
そして大きな虚無感と
さらに大きな喪失感と
それから
それだけが真理だというような顔で
一番最後には死がかまえている
玉座にすわりこちらを見ている
命の残量のすくなさに
ただただ嗚咽をおしころすことしかできない

いましがた薫製場からでてきた
つかれた農夫のように
体中に後悔の薫りがするのだ

かつてあったあの輝かしい
未来たちは
活力と意欲にみちたあの時間たちは
わたしの気づかぬ間に
いったいどこへ失せたのだ
いったいどこへ失せたのだ
いったいどこへ失せたのだ
わたしの許可もなく

盗まれるようにして
失せていったわたしの命
ちがうでしょう
浪費してしまったわたしの命
歯噛みするほど
悔しくなってしまったから
わたしは後ろをふりかえり
目をこらして探すけれど
その道程は
あんまり急なものだから
ほとんどなにも見えやしない

死が
時間を生むのだろう
だからわたしたちは
いつも時間に追われているのだろう



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2/17

このままの日々が
いつまでも続いていいわけがない
そんなことはわかっている
死に体だ
まったく
生きているとはいえない
何をするでもない
ただひっそり息を
隠すように息をして
時間が過ぎていってくれるのを
待っているだけ
縁側の老猫のようだ
誰にも関わらないように
自分とすら会話もせず
なにも思わず
なにもせず
ただひたすら
今をやり過ごしている
それが病気のせいだとは
頭では理解していながらも
やはりどうしようもない
自己嫌悪と罪悪感がしょうじる
この日々に出口がないように
思えてしまう

時よ過ぎろ
早く過ぎろ
おれにはもう耐えられない
なにもしない一日に
もう耐えることはできない
早く外に出なくては

春一番
こころにはまだ乾いた寒風が
吹いている


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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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