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目次

○自己紹介

こちらから

☆詩・散文・心象スケッチ

「スケッチ」

「私の断片」


★最近のもの

2016年の「第十二回 文芸思潮現代詩賞」に以下の三篇が「入選」しました。
風のなかを歩く
鬼火



コメント・批評、大歓迎です。


「経済社会が値を付ける、花屋の花ばかりを志したくない。
野の花もまた精一杯咲くことの出来る世の中でありたい」
(石垣りん)


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6/12

アシナガバチを見た
目のまえを
新幹線のようなスピードで
擦過していった

それから
夜盗虫やらコガネムシの幼虫を見た
眠っていた花壇を掘り起こしたときに
スコップでちぎれたぶよぶよのからだ

腕が黒くやけはじめ
目は真っ赤に充血して
はたらくアリのようなわたしを見た
トラックの鏡で
店先のおおきな窓で

それらを空から見下ろしてみた
すべて
夏の始まりをうたっていた

蚯蚓が
狂ったように飛びでてきて、立夏

日陰をさがす昼休み
日夏耿之介の詩集を読む
後ろで結った髪の先まで
汗でしっとり濡れている

もうじき蝉たちが躍りでてくれば
わたしの34度目の夏が来る
じーん
じーん
つくつくつくつく
もう耳の奥から聞こえてくる

おや、赤ん坊の泣き声がする
ずっと聞こえる
数分たち
数十分たち
一緒に働いている仲間に
おそるおそる問うてみた
「赤ん坊の泣き声、聞こえる?」
しばらく無駄な問答をしてわかった
それは幻聴だった
あんなに明瞭なものだったのに
あれはわたしにしか聞こえていなかったのだ

それが今日のこと




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わたしと詩

わたしの詩
わたしにとって
これ以上価値のあるものがあるだろうか
家族も
友人も
仕事も
趣味も
どれも大事なものにちがいないが
どれもわたしの詩の養分となる
そのためにあるとさえ
感じるときがある

わたしの死
昨夜も死をおもって
胸を患った
心臓を万力でしめつけられるような
喉から泥が吐きだされるような
この病は
生涯、完治するはずはない
生きている間中
わたしはつねに
「死」につき纏わられている
陰鬱な探偵
決して姿を見せることなく
執拗にわたしを尾行している
いつ、どこででも

わたしの詩
死の探偵がみはっている
わたしの後ろから、ななめ後ろから
ななめ前から、ときに、目のまえで
死を思うとき
わたしは孤独の極致へ拉致される
自分の体がふわりとうきあがって
自分のものではないように感じる
やがてくる絶対の漆黒
不可避の重く青い桎梏
それに向かいあうために
わたしの詩はある

わたしの詩
今日、仕事帰りにみたあの夕焼け
りんご飴ほどに赤い、稚けない太陽
その太陽に背中をやかれた昼の仕事
玄関でわらってわたしを出迎える妻
家中をあるきまわって思案顔する猫
掌のなかにあるかなしみ、よろこび
そこからこぼれるさみしさ、おかしさ
踏切のまえでカンカン、カンカン
わたしに訴えてくる何か
赤信号、赤い太陽、赤い血
目のまえをかすめるようにすぎる
電車の轟音と、その盗賊のごとき疾さ
共鳴するかのように身震いする心臓
わたしの赤い心臓

わたしの詩
この街並みも、この茜色の空も
あのひとも、このひとも
孤独なわたしも
おそろしい夜の闇も
あふれかえる感情も
もてあます虚栄心も
書かれるのを待っている
右も左も、上も下も
南も西も、東も北も
明日も、昨日も、はるか昔も
すべてのものが
ずっと
わたしに
書かれるのを待っている

そのときわたしは思ったのだ
わたしが詩なのだと
自分の外のものを追い求め
ないことを嘆き
新しいものをさがすことはない
それはつまり
書く必要すらないということ
なんのために生まれたのか
それがはっきりとわかった
わたしは一篇の詩だったのだ

わたしは詩
わたしが詩

皮膚の下を赤いインクが流れている
子どものほっぺたほど赤い
りんご飴ほど赤い

わたしは詩
世界を踊る




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かつての未来

後悔の薫りがする

数多あった
あの輝かしい未来は
どこに置き忘れてきたものだろう

過去に
たしかにあった
未来のたば
未来は選べるほどにあった
煩雑をとおりこして
滑稽なほどに
未来はわたしの手のひらから
こぼれたものだ

うるさくて
うるさくてたまらなかった
こっちの未来はよいぞ
こっちの未来はよいぞ

十五、十八、二十
ノートの端に並べられた数字
その横には
その歳のころの
なるべき自分
予定
美しい調和
輝く未来

でたらめな活力だけの
その筆跡
まるででたらめ
荒唐無稽

それでも
外が嵐で眠れぬ夜には
己の胸のうちの嵐をせめて
鎮めようとして
書きなぐっては微笑んだものだ

わたしはついぞ
そういったたのしい落書きを
書かなくなっていた

「雨おとを聴くのはずいぶんひさしぶり」
外は夜で雨降りだ
妻の言った他愛もない一言に
わたしは慄然とした

過去
時間がありあまるほどあった過去
戻れぬ過去
終わったもの
とりかえせぬ時間
あのころのわたし
汚い小部屋で
書きさしの短編の構想を練るふりをして
窓の外の雨音を一心に聴いていたわたし
激しい恋をして
大笑いしたり泣きじゃくっていたわたし
シャツを血だらけにして靴をうしない
大雨のなか叫んでいたわたし


思い描いていた未来の輝きを
このいまの生活に見出せぬから
頭をかかえこむのだろう

流すための涙すらもうとうに失い
残された時間のみじかさに驚き
そしてその疾走する時間のふところに
抱きかかえらえてしまっている己の姿が
あまりに不憫で鳴くのだろう

ノートの端に
今の年齢を書く
34
もうその先には
無限のパラレルはない
胸のときめきはそこにはない
焦燥と
厭世と
矛盾と
妥協と
妥協と
妥協と
そして大きな虚無感と
さらに大きな喪失感と
それから
それだけが真理だというような顔で
一番最後には死がかまえている
玉座にすわりこちらを見ている
命の残量のすくなさに
ただただ嗚咽をおしころすことしかできない

いましがた薫製場からでてきた
つかれた農夫のように
体中に後悔の薫りがするのだ

かつてあったあの輝かしい
未来たちは
活力と意欲にみちたあの時間たちは
わたしの気づかぬ間に
いったいどこへ失せたのだ
いったいどこへ失せたのだ
いったいどこへ失せたのだ
わたしの許可もなく

盗まれるようにして
失せていったわたしの命
ちがうでしょう
浪費してしまったわたしの命
歯噛みするほど
悔しくなってしまったから
わたしは後ろをふりかえり
目をこらして探すけれど
その道程は
あんまり急なものだから
ほとんどなにも見えやしない

死が
時間を生むのだろう
だからわたしたちは
いつも時間に追われているのだろう



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2/17

このままの日々が
いつまでも続いていいわけがない
そんなことはわかっている
死に体だ
まったく
生きているとはいえない
何をするでもない
ただひっそり息を
隠すように息をして
時間が過ぎていってくれるのを
待っているだけ
縁側の老猫のようだ
誰にも関わらないように
自分とすら会話もせず
なにも思わず
なにもせず
ただひたすら
今をやり過ごしている
それが病気のせいだとは
頭では理解していながらも
やはりどうしようもない
自己嫌悪と罪悪感がしょうじる
この日々に出口がないように
思えてしまう

時よ過ぎろ
早く過ぎろ
おれにはもう耐えられない
なにもしない一日に
もう耐えることはできない
早く外に出なくては

春一番
こころにはまだ乾いた寒風が
吹いている


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さなぎ

わたしは芋虫のように
この数日間を過ごしてきました
家からもろくにでず
別段なにかを考えるでもなく
働かず
ただひっそりと生きていました

世に棲むおおくの人が
働いている時間に
わたしは芋虫のように
布団にくるまって
過ぎてゆく時間を見つめていました

ほかになにができましょう
芋虫は芋虫です
未来、蝶になるとしても
芋虫はいま芋虫でしょう

さなぎをはさみで切ったときに
どろりと流れたあれは
芋虫でしょうか
蝶でしょうか
そのどちらでもないのでしょうか
そのどちらでもあるのでしょうか

姿、さだまらず
自力で動けず
ただ風にもてあそばれるばかりの
どろどろとした
いまのわたしは
芋虫でしょうか
蝶でしょうか

外敵からわが身を守るため
いささか堅固に過ぎたこのさなぎは
内からはもう開かないのではないでしょうか
ただ窮屈に身をかがめ
丸まることを強いられて
折角できあがったその羽も
かたいさなぎの中で
そのかたちを醜くゆがめられ
その機能をうしない
その夢見ていた明日の蝶ではない
グロテスクな畸形のかたまりに
なってしまうのではないでしょうか

芋虫は蝶として生まれるのでしょうか
芋虫は芋虫として生まれるのでしょうか

芋虫は蝶を生み出すのでしょうか
もとより蝶であったのでしょうか

わたしは明日に
蝶となれるのでしょうか






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東京

東京の街は
いつでもすえたにおいがする
人口が増えすぎて
はしのほうから腐りはじめている
むせかえるほどの
なみだのにおいがする

東京で生まれ
田舎で育ち
いままた東京で暮らしている
東京を呪いながら
東京を罵倒しながら
東京を軽蔑しながら

東京の街では
人はみな身をかざっている
虚しさを隠すためだけに
原色のけばけばしい街中に
するっと溶け込むカメレオンのように

同じ服を着
同じ靴を履き
同じ顔をし
同じことを話題にし

詩など読まず

東京の街では
毎日なにかを棄てている
弁当や服や家電よりも
もっと大事なものを
棄てている
毎日、毎時、毎分、毎秒
自分を少しづつ切り売りしている
ばかみたいに高い
家賃を払うためだけに

東京の街では
毎日そういうショウが見られる
ゆるやかに自殺していく人間のショウ
公園から子供の影はうせて
ビルの谷間には
泣きじゃくる大人の姿の子供がある

夕方の土手に遊んでいる子供たちは
みな幻の世界のもので
日没と一緒に眠りにつく
東京の
汚いアパートの一室に
ビルの谷間の牢獄に
公園のすみのあばらやに
子供たちの夢は眠る

東京の街はまるで
ひとつの大きな墓標のようだ
そこに眠る死体は
なぜか子供のものばかり
墓守たちのうたが聴こえる
時計のすすむ音が聴こえる




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いのり

わたしは見た
それは老婆だった
やせた体を車いすにあずけ
汚れたタオルを首からさげ
その片端を噛み
弱く噛み
乱れた白髪は
すべてうしろにながし
枯れかけた頭皮の脂が
それをゆるりとまとめ
えりあしは汚れたタオルに
静かにかかり
微動だにせず
うすくひらいた
まぶたの奥の
黒い
黒い瞳はそっと
ななめうえのほうを
見るでもなしに
見あげている
そうして
なぜかずっと合掌している
弱弱しく
しわだらけの
しみだらけの
骨を透視できるほどの
そのうすいてのひら
小刻みにふるえるてのひら
動かないまなこ
その瞳に何を映しているのか

車いすのハンドルを握る老爺
年輪をかさねたひとつの夫婦
しずかにまわりだす車いすの車輪
それを見ているわたし
老婆は合掌している
ななめにかたむいた首筋から
天人五衰のかおりがする
老婆のかなしみはわからない
苦しみはわからない
介添えする老爺の瞳には誇り
ひとつの夫婦としてあゆんできた軌跡
車輪はまわる
診察室へ
病院の
白く残酷な待合室で
わたしはひとつの神を見た




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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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