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目次

○自己紹介

こちらから

☆詩・散文・心象スケッチ

「スケッチ」

「私の断片」


★最近のもの

2016年の「第十二回 文芸思潮現代詩賞」に以下の三篇が「入選」しました。
風のなかを歩く
鬼火



コメント・批評、大歓迎です。


「経済社会が値を付ける、花屋の花ばかりを志したくない。
野の花もまた精一杯咲くことの出来る世の中でありたい」
(石垣りん)


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かつての未来

後悔の薫りがする

数多あった
あの輝かしい未来は
どこに置き忘れてきたものだろう

過去に
たしかにあった
未来のたば
未来は選べるほどにあった
煩雑をとおりこして
滑稽なほどに
未来はわたしの手のひらから
こぼれたものだ

うるさくて
うるさくてたまらなかった
こっちの未来はよいぞ
こっちの未来はよいぞ

十五、十八、二十
ノートの端に並べられた数字
その横には
その歳のころの
なるべき自分
予定
美しい調和
輝く未来

でたらめな活力だけの
その筆跡
まるででたらめ
荒唐無稽

それでも
外が嵐で眠れぬ夜には
己の胸のうちの嵐をせめて
鎮めようとして
書きなぐっては微笑んだものだ

わたしはついぞ
そういったたのしい落書きを
書かなくなっていた

「雨おとを聴くのはずいぶんひさしぶり」
外は夜で雨降りだ
妻の言った他愛もない一言に
わたしは慄然とした

過去
時間がありあまるほどあった過去
戻れぬ過去
終わったもの
とりかえせぬ時間
あのころのわたし
汚い小部屋で
書きさしの短編の構想を練るふりをして
窓の外の雨音を一心に聴いていたわたし
激しい恋をして
大笑いしたり泣きじゃくっていたわたし
シャツを血だらけにして靴をうしない
大雨のなか叫んでいたわたし


思い描いていた未来の輝きを
このいまの生活に見出せぬから
頭をかかえこむのだろう

流すための涙すらもうとうに失い
残された時間のみじかさに驚き
そしてその疾走する時間のふところに
抱きかかえらえてしまっている己の姿が
あまりに不憫で鳴くのだろう

ノートの端に
今の年齢を書く
34
もうその先には
無限のパラレルはない
胸のときめきはそこにはない
焦燥と
厭世と
矛盾と
妥協と
妥協と
妥協と
そして大きな虚無感と
さらに大きな喪失感と
それから
それだけが真理だというような顔で
一番最後には死がかまえている
玉座にすわりこちらを見ている
命の残量のすくなさに
ただただ嗚咽をおしころすことしかできない

いましがた薫製場からでてきた
つかれた農夫のように
体中に後悔の薫りがするのだ

かつてあったあの輝かしい
未来たちは
活力と意欲にみちたあの時間たちは
わたしの気づかぬ間に
いったいどこへ失せたのだ
いったいどこへ失せたのだ
いったいどこへ失せたのだ
わたしの許可もなく

盗まれるようにして
失せていったわたしの命
ちがうでしょう
浪費してしまったわたしの命
歯噛みするほど
悔しくなってしまったから
わたしは後ろをふりかえり
目をこらして探すけれど
その道程は
あんまり急なものだから
ほとんどなにも見えやしない

死が
時間を生むのだろう
だからわたしたちは
いつも時間に追われているのだろう



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2/17

このままの日々が
いつまでも続いていいわけがない
そんなことはわかっている
死に体だ
まったく
生きているとはいえない
何をするでもない
ただひっそり息を
隠すように息をして
時間が過ぎていってくれるのを
待っているだけ
縁側の老猫のようだ
誰にも関わらないように
自分とすら会話もせず
なにも思わず
なにもせず
ただひたすら
今をやり過ごしている
それが病気のせいだとは
頭では理解していながらも
やはりどうしようもない
自己嫌悪と罪悪感がしょうじる
この日々に出口がないように
思えてしまう

時よ過ぎろ
早く過ぎろ
おれにはもう耐えられない
なにもしない一日に
もう耐えることはできない
早く外に出なくては

春一番
こころにはまだ乾いた寒風が
吹いている


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さなぎ

わたしは芋虫のように
この数日間を過ごしてきました
家からもろくにでず
別段なにかを考えるでもなく
働かず
ただひっそりと生きていました

世に棲むおおくの人が
働いている時間に
わたしは芋虫のように
布団にくるまって
過ぎてゆく時間を見つめていました

ほかになにができましょう
芋虫は芋虫です
未来、蝶になるとしても
芋虫はいま芋虫でしょう

さなぎをはさみで切ったときに
どろりと流れたあれは
芋虫でしょうか
蝶でしょうか
そのどちらでもないのでしょうか
そのどちらでもあるのでしょうか

姿、さだまらず
自力で動けず
ただ風にもてあそばれるばかりの
どろどろとした
いまのわたしは
芋虫でしょうか
蝶でしょうか

外敵からわが身を守るため
いささか堅固に過ぎたこのさなぎは
内からはもう開かないのではないでしょうか
ただ窮屈に身をかがめ
丸まることを強いられて
折角できあがったその羽も
かたいさなぎの中で
そのかたちを醜くゆがめられ
その機能をうしない
その夢見ていた明日の蝶ではない
グロテスクな畸形のかたまりに
なってしまうのではないでしょうか

芋虫は蝶として生まれるのでしょうか
芋虫は芋虫として生まれるのでしょうか

芋虫は蝶を生み出すのでしょうか
もとより蝶であったのでしょうか

わたしは明日に
蝶となれるのでしょうか






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東京

東京の街は
いつでもすえたにおいがする
人口が増えすぎて
はしのほうから腐りはじめている
むせかえるほどの
なみだのにおいがする

東京で生まれ
田舎で育ち
いままた東京で暮らしている
東京を呪いながら
東京を罵倒しながら
東京を軽蔑しながら

東京の街では
人はみな身をかざっている
虚しさを隠すためだけに
原色のけばけばしい街中に
するっと溶け込むカメレオンのように

同じ服を着
同じ靴を履き
同じ顔をし
同じことを話題にし

詩など読まず

東京の街では
毎日なにかを棄てている
弁当や服や家電よりも
もっと大事なものを
棄てている
毎日、毎時、毎分、毎秒
自分を少しづつ切り売りしている
ばかみたいに高い
家賃を払うためだけに

東京の街では
毎日そういうショウが見られる
ゆるやかに自殺していく人間のショウ
公園から子供の影はうせて
ビルの谷間には
泣きじゃくる大人の姿の子供がある

夕方の土手に遊んでいる子供たちは
みな幻の世界のもので
日没と一緒に眠りにつく
東京の
汚いアパートの一室に
ビルの谷間の牢獄に
公園のすみのあばらやに
子供たちの夢は眠る

東京の街はまるで
ひとつの大きな墓標のようだ
そこに眠る死体は
なぜか子供のものばかり
墓守たちのうたが聴こえる
時計のすすむ音が聴こえる




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いのり

わたしは見た
それは老婆だった
やせた体を車いすにあずけ
汚れたタオルを首からさげ
その片端を噛み
弱く噛み
乱れた白髪は
すべてうしろにながし
枯れかけた頭皮の脂が
それをゆるりとまとめ
えりあしは汚れたタオルに
静かにかかり
微動だにせず
うすくひらいた
まぶたの奥の
黒い
黒い瞳はそっと
ななめうえのほうを
見るでもなしに
見あげている
そうして
なぜかずっと合掌している
弱弱しく
しわだらけの
しみだらけの
骨を透視できるほどの
そのうすいてのひら
小刻みにふるえるてのひら
動かないまなこ
その瞳に何を映しているのか

車いすのハンドルを握る老爺
年輪をかさねたひとつの夫婦
しずかにまわりだす車いすの車輪
それを見ているわたし
老婆は合掌している
ななめにかたむいた首筋から
天人五衰のかおりがする
老婆のかなしみはわからない
苦しみはわからない
介添えする老爺の瞳には誇り
ひとつの夫婦としてあゆんできた軌跡
車輪はまわる
診察室へ
病院の
白く残酷な待合室で
わたしはひとつの神を見た




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鳥かご

鳥かごの鳥
おまえはなぜそこにいる
翼もある
きっとまだ飛べる
もがけば
不格好でも
きっとまだ飛べる
それなのに
おまえはなぜそこにいる
いつまでそこでそうしてる
小さなくちばし
せわしくうごかし
叫んで鳴いてなにになる
水はあり
餌もある
おまえは知らぬふりをするが
そこには自由だってほんとうはある
おまえはそのかごからいま外へ
飛びだす自由をまだもっている
それなのに
みずからおりの内にこもり
守られ
与えられ
あたたかい惰眠を啄みながら
ちいちいちちち
不満をくちざすんでばかりいる
嘆きを
憤りを
悲しみ
孤独を
寂寥
不安を
後悔
懺悔を
ああ
鳥よ
おまえがそのかごにいるあいだは
そのくちばしで歌うそれらの歌は
みんな嘘だよ
みんな嘘だよ
鳥かごの鳥
飛べないのは
鳥かごのせいではない
空はあり
おまえを待っている
いまもおまえを待っているよ


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吐き出す 2

いま、この時
社長は現場で働いているだろう。
ぼくは休んだ。
休んで、台所の換気扇のした
たばこの煙をもくもく吐き出しながら
このブログに思いを吐いている。
それは一円にもならない仕事。
人から見れば「停滞」でしかないひととき。
これがぼくの最大の「格闘」なのだと思うとき
悔しくて涙が出そうになる。
ここで泣ければ、ストレス耐性もあがるのだろうが
ぼくは自分のことでは泣けない。
だから漫画を読む。そこで涙を流す。

日曜から休みつづけ
漫画も読み切ったし、ゲームも飽きた。
寝て過ごしていたから筋肉は落ちているし
体のあちこちが痛い。
これが「格闘」の一環だというのだから
自分自身、苦笑いがでてしまう。

しかし格闘である以上、
防戦しかできない場面もあるのだ。
いま攻勢にでれば必ずカウンターで沈められる。
ただの一撃で、積み上げてきたものが壊される。
そんな体験を何度も何度も何度も繰り返してきた。
だから胸を張って、会社を休む。
全部ゼロにもどってしまうよりは、格段にましだからだ。

自殺未遂から数年。
「数年」を詳しく調べる気にはなれないが
おそらく七年くらいだろうか。しかしそれは数字でしかない。
長い格闘を経てきた。
何度も地に這った。辛酸など、舐め続けてきた。
そうして、大事なことがなんなのかわかった。
病気を含めたぼくを、
理解するのではなく、抱擁してくれた妻の存在。
わからないままに赦し、抱きしめてくれた。
そして今では、ぼく以上にぼくの病気を知り、
そのうえで何も言わずに支えてくれる。
ぼくが迷ったときにだけ、そっと教えてくれる。
このかけがえのない人に出会えたことだ。
この人ととの暮らしを死ぬまで楽しみたい。
それが一番。

二番はものを書くということ。
売れなくていい。
評価されなくてもいい。
そのために書くのではないから。
歌うのが好きな人は鳥のように歌う。
曲を「売りたい」人は売れるように歌う。
ぼくは後者の歌はまったく聞かない。
聞いたところですぐに忘れる。
鳥の歌う歌は、いつでも聞いている。
ぼくもそうありたい。

だから、仕事はどうだっていい。
ほんとうにどうだっていい。
人に迷惑をかけない、という前提はあるけれど
いやになったら辞めればいいと思っている。
ぼくと妻、2匹の猫。四人が食えればそれでいい。
大金はいらない。
高級車も、ブランドの靴も、ロレックスもいらない。
この暮らしを明日に紡ぎたい。
ただそれだけを願っているから
だから、仕事はなんだっていいのだ。

こうした考えに至ったのは
刹那主義からくるものでも、投げやりな結論でもない。
ぼくがこれまでの人生のすべてをかけて
やっと描いた答えなのだ。
それを誰にどう説明すればわかってもらえる?
無理だ。
諦めでいうのではなく、これまでも無理だったし
もう一切それに期待などしない。
だから無理なのだ。

いまいる会社では、ぼくはまだ正規雇用ではない。
アルバイトに近い。
給料は普通の職人の額。過不足は感じない。
もともと同じ現場に入っていて仲良くなった人が
会社をつくり、そこに社員第一号になる予定で
いま一緒にやっている。
最初は友人の手伝いという感じで
のんきにやっていたが、それはさすがに
まずいということで、ちゃんづけで呼んでいたのも
社長と呼ぶようにしたし
仕事の関係に完全にスイッチすることにした。
つまり、友人を一人失った。
そしてよい社長に巡り合った。
そう思っていた。

有能な社長は、ぼくにも高いハードルを用意した。
数年前のぼくなら、喜んで、全力で突進したに違いない。
ずっとそういう上司を求めていたのだから。
いつでも上司には物足りなさを感じていたから。
けれど、この一、二年で、ぼくの考えは大きく変化していた。
仕事はなんだっていい。という考えに。
仕事において、妥協はしない。
成果をあげることにも、余念はない。
でも、つきつめれば、仕事はなんだっていいのだ。
そういう思いでいるぼくにたいして
社長はハッパをかけつづけた。
考えが一致したので、昨年末に資格試験も受けた。
その合否の発表が三月。
三月までは、次の試験の準備をゆっくりやるつもりだったし
実は勉強もはじめていた。
けれど、社長には物足りなかったようだ。
自分が三年かけてとった三つの国家資格を
ぼくに一年でとれ、と言ってきた。
ハッパ、だとは思ったが、そうやってモチベーションを
高めていこうという考えだともわかった。
でも、それを行うには、ぼくには準備するものが多すぎた。
その試験の性格上、車を買わなくては練習もできないし
その資金は貯蓄している途中でまだ無理だ。

(これはただのグチなのか?
せっかく読みに来てくれる人にグチをだらだらしゃべるのか?
読まれることを前提で書いているのではないのだから
仕方がないのか?
そもそもこれを書く必要があるのか?)

とまあ、いろいろあったのだ。
書き連ねようと思えば、キリの見えないほど。
結局、過度の期待をかけられることに嫌気がさしてきたころに
鬱がじわじわ忍び寄ってきた。先々週ごろだ。
その静かな足音に気づいてはいた。対策もうった。
けれど、日に日に悪くなっていった。
だから辞めようと思った。
それとなく、そういう話をした。
社長は態度を一変させ、休めばいい、といった。

(つまらないことを書いてる。
本当はこんなことが書きたいのじゃない)

昨日、社長から電話がかかってきた。
夕方にかける、と前もって言っていたので
夕方から携帯をマナーモードにした。
音がなると、パニックになる可能性があったから。

その電話で聞かれたのだ。
「体調のわるい原因ってなんなの?」
持病だといったじゃないか。
持病の話は、何年も前から話してるじゃないか。
そう思った。
でも彼にそれを求めるのはおかしい。
彼はぼくの主治医でも、妻でもない。
ぼくの病気を熟知する理由も義務もない。
でも持病だというよりほかない。
体が動かないし、頭も停まったままだ。
だから現場にでても、役に立たないよ。
経験上、あと一週間くらいはかかるよ。(短くてもね)
「それじゃあ困るよ。来週の作庭工事には
絶対に出てもらわないと。
それが終わったら○○さんとこの工事にも
手伝いに行くって言ってあるし…」
ぼくは社員ではない。
そのうえ病気を抱えてる。それがひどく悪い。
でも、会社のスケジュールがある。
だから出てこい。そう言ってるようだ。
実に沈黙の多い電話だった。
社長はストレスを感じているだろう。
それはぼくだってそうだ。
迷惑をかけずに辞めるためには
まだまだ、身を削らなければならないようだ。

昨日はその電話一本で精根尽きた。
今日、状態は芳しくないものの
昨日よりはいいようだ。
迷惑かけずに辞める、というベクトルが
定まったのかもしれない。
彼のところで働くメリットは多いが
それでも、仕事はしがみついてまでやることではない。
いま決まってしまっている工事を終えたら、別れよう。
それを前提に話をしよう。

人はなぜ働くのだろう。
うすっぺらい紙幣を眺めながらそう思う。
こんな紙切れのためではない。
与えられた頭と体を動かし
何かをなすため?
人のために?
社会に貢献するため?
自分の存在誇示のため?
ぼくはそのどれも必要としていないのに。
ただ、妻と猫とのんきに暮らしたい。
それだけのお金があればいいのに。
病気と仕事にはさまれてぶっ倒れてしまうなら
第一に大切にしている妻を悲しませる。
本末顛倒な話なのに、社会ではそんなことが日常茶飯事だ。
ぼくはそれをどう切り抜けるのだろう。
策はまだない。



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自己紹介

偕誠

Author:偕誠
a.k.a.破裂
1983年生まれ。
東京都在住。
双極性障害と苦闘しながら
詩作に励んでおります。


※拙文ではありますが著作権は当方にあります。
無断転載等はご遠慮くださいませ。

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